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【妄想】刀剣乱舞二次創作 「私の祖母のお話し」

これは、私の祖母のお話しです

私の祖母は、不思議な人でした
そして、とてもきれいな人でした

若かりしときの祖母の写真をアルバムで見た時、不思議な雰囲気と美しさを持った祖母に、同じ女性である私も目を奪われたものです
そして私の母は、昔の祖母と私の顔を見比べて言うのです
「纏っている雰囲気は全然違うけども、どことなく似ているわね」と

私は、祖母との思い出がほとんどありません
私が小さかったから覚えていない、ということではなく、本当にほとんど祖母と会ったことがなかったのです
そして母も、実は祖母とともに暮らしていた期間は短かったのだそうです

祖母のその身にまとっている不思議な雰囲気は、なんとなくそう感じるというものではなく、
実際に祖母には不思議な力があったのだといいます
どんな力だったのかは誰にも教えてはくれなかったそうで、詳しいことは誰も知らないのですが
祖母は不思議な力を持つせいで、普通の人と同じように生活をしたりすることが、小さいころからできなかったそうです
その不思議な力は祖母に良くも悪くも影響を与えていたのでした

子供の頃は、その力のせいで周りから気味悪がられ、友達ができずいじめられていたそうで、心を閉ざすようになったのだそうです
大人になるにつれて薄まるだろうと思っていたその力は、むしろ成長とともに強くなり、身も心もすり減っていた時に、
「時の政府」の役員と名乗る人が突然家に訪ねてきたのだとか
「時の政府」なんて組織は聞いたこともないし、ましてや祖母の持つ不思議な力を聞きつけてやってきたのだというのですから、
家族も親戚もみんな、大変怪しんだそうです
そりゃあそうだと思いました
ですが祖母は、なぜかほっとしたような表情で、やいのやいのと横やりを入れて来る親戚たちをなだめて家に招き入れ、自室に案内してお話を聞いたそうです

数時間ほどして部屋から皆出てきて、心配そうに家族が見守る中、
祖母も「時の政府」の役員たちも何も言わずに玄関へと向かっていったそうです
そのなんともいえないひりついた空気をまとった祖母たちを見て、皆自然と黙りこくってしまったそうです
玄関で役員たちを見送った後、そっと大丈夫かと声をかけた曾祖母に向かって、祖母は言ったそうです
「話がある」と
それが、祖母が16歳になる年のことです

リビングに一堂に集められた祖母の家族と、家の近くに住んでいた親戚たちは、祖母から告げられた言葉に耳を疑ったそうです
それもそうでしょう
なにせ当時祖母は16になる年
高校生になってやっと一年が経とうという時期に、急に「学校を辞めて家を出たい」と言い出したのですから

もちろん全員反対しました
当然でしょう
曾祖母は子供になかなか恵まれず、待望の第一子として生まれたのが祖母
そして祖母が6つになる年に妹が生まれ、
二人とも家族そして親戚一同から珠のように大切に育てられ、愛されてきた子たちなのですから
もちろんいずれは自分たちの手を離れて旅立っていくだろうということはわかっています
その時がそう遠くない日なのもわかってはいましたが、あまりにも早すぎる
それにまだ高校生なのだし、六にお金も稼げない状態でどうやって生活をして行くのか、と

そういうたくさんの言葉を聞いても、祖母はあきらめません
いや、あきらめないというよりも、もとよりあきらめる気がない、何があっても家を出なければならないのだという強い意志を、
曾祖母は感じたそうです
そして曾祖母は尋ねました
「家を出たいのは、貴方が持つその不思議な力のせいか」と

曾祖母も、祖母の持つ力の詳細を知っていたわけではありません
でも、小さいころから、「櫛が私にしゃべってくる」や、
「あそこに立っているかかしがこっちにおいでと手招きしてくる」など、
不思議な言動が多かったことは、もちろん曾祖母も気になってはいたのです
そしてそういった不思議な力が原因で、学校で苦労していることも、なんとなく察していたのでした
ですが、もちろん曾祖母には櫛が話す言葉など聞こえませんし、少し遠くに立っているかかしが手招きをしているのが見えたわけではありません
無垢な子供がそういう、この世のものではないものと通信できてしまうことはよくあることだと思っていたので
曾祖母は「なにもないわよ」と言って流していたのですが
もしその不思議な力によって、祖母が家を出たいと思い悩むほどに参っているのなら
自分にも責任があるし、何より本人がそうしたいと言って聞かないのなら、
母である私は、もう首を縦に振るしかないのではと思ったのです

曾祖母の言葉を聞いて、祖母は少し表情を硬くした後、小さくこくりとうなづいたといいます
そして同時に曾祖母は決意しました

この子を家から出してあげよう、と

やいのやいのと横やりを入れて来る親戚たちを無理やり家から追い出して、明日の明朝に発ちたいという祖母のために、荷造りを手伝います
とはいっても、祖母はそこまで持っていくものはないのだと言って、必要最低限の衣服とお金、そして少しの思い出の品をもって、もう大丈夫だといいました
祖母の妹である大おばは、その日の祖母のことをよく覚えているといいます
何かを悟ったような澄んだ顔で、淡々と荷造りをし、最後に自分の頭をやさしくなでてくれたのだと

そして次の明朝
皆がまだ寝静まっている時間に、祖母は何も言わずに、家を出て行ったといいます

それが、祖母が16歳になる年のこと

そこから、大おばが祖母に再開するのは、10年後
大おばが20歳になった年です
当時は携帯などもないですから、急にフラッと帰ってきた祖母に、皆大変に驚いたそうです
そして不思議なことに本来なら26歳になっているはずの祖母ですが、なぜか自分と同じくらいの年の少女に見えたそうです
「今いくつになったの?」と、少しの恐怖を覚えて尋ねた大おばでしたが、祖母はあいまいに笑って答えてはくれませんでした

10年ほどの月日を経て、祖母はより一層美しい女性になっていたといいます
真黒だった御髪はほんのりと茶色く染められて、ささやかではあるけど、
祖母の本来の素材を存分に生かして施された化粧は、祖母を大変色っぽく見せたといいます
そして、実家にいた時には決して着て見せたことがなかったきれいな着物を着て、片手に少ない荷物、もう片手に御見上げをもって、帰ってきました

お金が満足にない15の時に家を出たというのに、妙にいい恰好をしている祖母を見て、皆がこう思ったそうです
実は家を出ると決めた時点で、どこかの良家の男性と婚約をしていたか結婚をしていて、そのまま家に入って良い暮らしをしていたのでは、と
そう推測して訪ねて来る皆に、祖母はいやいやと首を振って、さらに驚くことを言うのでした

「私はこれから結婚するのだから」と

もちろんこの言葉にさらに驚いた皆は、いったいどこの誰なのかと尋ねますが、やはり曖昧にごまかして教えてはくれません
しかし、お相手の方はとてもお優しい方で、自分のことを第一に考えてくれて、私が無理をした時にはそばにいてくれて、頑張ったとき褒めてくれて、大変に自分を愛してくれているのだと教えてくれました
少し恥ずかしそうに頬を染めてそう語る彼女を見て、嗚呼、きっとこれは嘘ではない、本当に愛した人がこの子にはいるのだと、皆は確信したといいます

そして祖母は、明日ここに彼も連れて来るからと言って、夕方ごろに実家を後にしました
祖母がいた場所には、大変良い金木犀の香りが残っていたのだそうです

次の日、彼女は本当に、結婚のお相手を連れて家に帰ってきました
お相手の方もしっかりと着物を身に着け、頭にかぶった帽子を取ってお辞儀をすると、ふんわりと微笑んだそうです
その方も見目麗しい方で、礼儀も正しく、祖母が言っていたように、大変に彼女を愛しているのだとよくわかる物腰で、結婚の挨拶をなさいました
しかし大おばには、一つ気になることがありました

曾祖母とお相手の方は大層仲良くなり、ともに夕食の買い出しに行こうと供だって家を出た後、大おばは祖母を呼び止めて言いました

「お姉さまが本当にお好きなのは、あのお方ではないでしょう?」と

そう言われた祖母は、大きな眼をさらに大きく見開いて、瞳が零れてしまうのではと思うほどに見開いた後に、大きくお口を開けて、声をあげて笑い出しました
そのように満面の笑みで声をあげて笑った祖母を初めて見た大おばは、大層驚いたのち、笑うとより一層にかわいらしいお方なのだと思ったそうです
存分に笑った後、祖母は目じりにたまった涙をぬぐうと、こういったそうです

「やはり、貴方には敵わないわね、昔からずっとそう」と

実は、祖母が見えていた異形や聞こえていた声は、大おばにも少し感じることができたそうです
なので、祖母が何かを見たり感じたり聞いたりしたときは、大おばも一緒になって寒気を感じ、
祖母の手をぎゅっと握って、強気に「怖くないです」と声をかけていたそう
祖母にしてみればそれは、かわいい妹の戯れか、単に勘がよい子なのだと思っていたそうですが、それにひそかに救われてもいたのだそうです
そして、大きく成長した今もなお、こうして真の気持ちが見透かされてしまうとはと、驚いたのと同時に嬉しかったのだそうです
祖母は今まで見たことのないほどかわいらしい笑顔を大おばに見せて、
「良いでしょう、お話しします。しかし、私たちだけの秘密ですよ?」と
言って、こっそり教えてくれたそうです

実は祖母には、本当に好きな人が一人いて、しばらくの間恋焦がれていたのだけど、でもそのお相手はそのような恋情を抱いてはいけない人だったのだそうです
なぜなのかは教えてくれなかったけど、どうしたってこの恋を実らせるということはできなくて
お相手も同じくらい自分のことを想ってくれていたが、互いにやはりこの想いはなかったことにしようと決めて、今のお相手との縁談を結んだのだと

それを聞いて、大おばは聞きました
「なぜお互いに好きあっているのに、実らせてはいけないのですか?」と
祖母は寂しそうに目を伏せて言いました
「世界には、お互いを好く思っていても、実らせてはいけない恋もあるのです」と
大おばは納得がいかなかったそうですが、心に強く決めたのであろう祖母は、それでも今のお相手との結婚はとても楽しみだし、嘘偽りなく幸せなのだといいました

祖母が家を発つとき、大おばは聞きました
「次はいつ会える?」と
祖母は、またも寂しそうな顔をして言いました
「また長いこと難しそう、ごめんなさい」と
そして身支度を整え、玄関に立った祖母は、最後に振り返って
大おばにひらひらと手招きをしました
大おばは小首をかしげながら祖母に近づくと、祖母は大おばの耳に口を寄せ聞いてきました
「なぜ、私に別に好きな人がいるのが分かったの?」と
大おばは、祖母の真似をして同じように耳に口を近づけ、こういいました
「お相手の方のまとっている香りと、お姉さまのまとっている香りが違ったから」と
それを聞いた祖母は、また驚いたように目を見開いて、今度は悲しそうに美しく笑ったのでした

後に大おばは、その時の祖母の様子について聞いた母にこういいました
「連れてきたお相手の方は、日ごろ吸っているのだろう焦げたタバコのにおいがしたのよ」と
「最初に家にやってきたお姉さまの体からは、甘くて強い金木犀のかおりがしたの」と
「お姉さまはタバコがお嫌いだったから、きっと金木犀のお方を好いているのだろうとおもった」
「それでもタバコのあの方を選んだということは、よほどそのお方がよかったのか、はたまたタバコのお方を選ばないといけない理由があったのかしらとおもったの」
「結果的にはきっと、後者だったのだろうね」と

それを聞いた母は、さらに大おばに聞きました
「なぜ、そう思ったの?」と
大おばは、祖母とよく似た寂しそうな笑顔でこう言いました
「女の勘よ」と

祖母が次に家に帰ってきたのは、思ったより早かった3年後のことです
大おばは、その時帰ってきた祖母を見て、大層驚いたそうです
なぜなら祖母は、ちょうど3歳ほどになる自分の子供を連れて帰ってきたのですから

この時祖母が連れて帰ってきたというのが、私の母です
母は、幼いころに自身の叔母、私から見て大おばの家に預けられて、
自分の実の母とはほとんど会ったことがなかったそう
ですがたまに、夢のような世界で、母と会って遊んでもらっていたというのです
どういうこと?と聞くと、母も「自分ではよくわからないのだけどね」と笑って、
「でもことあるごとにお母さんが夢で逢いに来てくれるから、なにも寂しくなかった」のだといいました
ちなみにその夢のような場所とは、どういうところだったの?と聞くと、母はいつもこう答えます

「神様みたいなところ」と

その次に祖母が帰ってきたのは、幼かった母を連れてきた年から随分経った、21年後のことです
大おばは44歳になっていました
この時すでに大おばは結婚し、私の母を含めた5人の子供を皆成熟するまで育て上げ、
夫婦で共に働きながら慎ましく暮らしていました

またもふらりと帰ってきた祖母は、24年前と同じく、本来なら50歳になっているはずなのに、
どうも実年齢よりも幾何か若いと感じる姿で帰ってきました
さすがにもう、年を聞くことはできませんでした

祖母の傍らには、旦那様もいらっしゃっていました
これまた急に帰ってきた祖母に、家族がどうしたのかと聞くと、
「旦那様が仕事を退職されたので、今まで住んでいたところを離れてここの近くに移り住むの」だといいました
それを聞いた大おばは、大層嬉しそうに聞きました
「それなら、お姉さまも一緒にここに帰ってくるのか」と
しかし祖母は申し訳なさそうに眉を下げて、
「私はまだ仕事を続ける予定だから、ここには住まない。彼とは別居するのだ」と
それを聞いた大おばは肩を下げ、「残念だ」と言いました

家はどこにするのかと聞くと、祖母はもうすでに住む家は決めていて、契約も済ませており、明日引っ越してくるのだといいました
随分急だねというと、急に決まったんだよねと笑いました
そうして話をして行く中で、大おばは初めて、姉の旦那様が姉より5つ年上の方なのだと知りました
いや、それより、そもそも
大おばは、祖母と旦那様が何の仕事をしているのか、どこに住んでいるのかも知らないことに気付きました
そして大おばはそれを二人に尋ねましたが、24年前と同じように、曖昧にごまかして教えてくれませんでした
なぜ教えてくれないのかと、少し腹を立てて聞くと、祖母は申し訳なさそうに頭を下げて言った
「今はまだ教えることができないの、いつか必ず、伝えるから」と言われました
大おばは、それ以上聞くことを憚られて、わかったとうなづきました

その後は、自分の子供である私の母のお話し、大おばの子供たち、祖母からすると甥っ子姪っ子たちの話で花を咲かせて、一緒に夕食をとって、二人は帰っていきました
次の日、隣町に引っ越しを済ませた二人は、また家に顔を見せてくれて、そこでやっと旦那様の連絡先を知りました
大おばはもちろん、祖母の連絡先も聞きましたが、祖母は「携帯を持っていないのだ」といって、教えてはくれませんでした
それなら家の住所だけでも食い下がりましたが、それも教えられないと断られました
腑に落ちないまま、祖母はまた帰り支度を始めます

大おばは尋ねます
「次は、いつ会える?」と
祖母は答えます
「わからない。また帰ってこれたら、帰ってくるよ」と
これまたはっきりとしない答えでしたが、もういつものことだったので、
大おばは「わかったよ」と言って送り出しました

腰まで伸びた祖母の長い髪は、やはり実年齢にしてはつやつやとしていてきれいだなと思いました

祖母の旦那様が隣町に引っ越してきて、15年が経ったころ
大おばは還暦を目前とした59歳の年
祖母の旦那様が、亡くなられました
旦那様は、旦那様にとって実の子供である私の母と5年ほど一緒に住んでから、母が結婚して家を出て以降の10年間、一人で暮らしておりました
半年に一回は顔を見に来ていたという母が部屋を訪ねた時、呼び鈴を鳴らしても返事がなく、合いかぎを使って中に入ったところ、
旦那様がベッドの上で、布団に入ったまま亡くなっているのを見つけたそうです
枕もとには遺書があり、自殺を図ったのかと疑いが出て警察が動いたりしましたが、
司法解剖の末に、急性の心臓発作で眠るように亡くなったことがわかりました

大おばはもちろん、母も何とかこの事実を祖母に伝えようとしましたが、もちろん連絡先なんてものは知らないし、家の住所も知りません
どうしたものか、と頭を抱えた時
漆黒の喪服に身を包んだ祖母が、ふらりと帰ってきたのだそうです
これにはもちろん、皆驚きました
なぜわかったのだと、連絡も行ってないのに、と
すると祖母は、何をおかしなことを、と不思議そうな顔をして言いました
「新聞のお悔やみ欄に名前があったでしょう?それを見てきたのよ」と
それには皆納得、そしてすぐ駆けつけてくれた祖母に、感服したといいます

祖母は、亡くなった旦那様の御顔を見て静かに泣いた後、涙をぬぐってしっかりと喪主の務めを果たしていきました
祖母の涙は、この日以降見ていないといいます
いままでよりも一番長く滞在していった祖母に、大おばは大変うれしかったそうです
しかしやはり、この日15年ぶりに会った祖母は、実年齢で言えば65歳になるはずなのに、しわも白髪も少なく、年を重ねても若々しくて美しい姿を見て、どうしようもなく人ならざる神聖な気配を感じたといいます
どう見たって65歳のおばあちゃんには見えなかったと、大おばは言います

旦那様の葬式後、少しゆっくりと実家で過ごしてから、祖母はまた帰っていきました
家を出る間際、大おばが
「まだ仕事は続けているの?」と聞くと、祖母はふわりと笑って、
「ええ」と言いました
「どんな仕事をしているかはまだ教えてくれないのね?」と聞くと、
「そうね」と肯定しつつ、こう続けました
「でも、少しだけヒントをあげてもいいわ」と
大おばは初めて聞く祖母の仕事に胸を躍らせて、少女のように「なになに??」と聞きました
祖母はまたふんわりと美しく笑って、
「神様の仕事よ」と言いました
大おばはやはりわからず、?と頭をかしげてから「神職をしているの?」と聞きました
確かに15で家を出て以降、帰ってくるときはいつも着物だったし、
旦那様も着物をこよなく愛して着ていたから、神職と言われても納得はできました
するとそう言われた祖母は、楽しそうにくふくふと笑って言いました
「そうかもね」と

祖母は、旦那様の骨を先祖代々の墓に納骨して、また一人帰ってゆきました
次いつ帰ってくるかは、またわからない
それでもまた会えるだろうと信じて、大おばはその背を見送りました

それから、大おばの元に祖母が帰ってきたのは、旦那様の御葬式から10年後のこと
このころには私ももう24歳になって社会人として働いており、母は49歳、大おばが70歳を目前にした69歳のころでした

祖母が、名も言わぬ骨となった姿で、帰ってきました

祖母の骨をもってやってきたのは、これは地毛なのだと静かに主張するほどムラなく美しく染まった金髪を蓄えた、大変に見目の麗しい青年でした
真に人の子かと疑いたくなるくらい人間離れした、整いすぎたかんばせと、
太陽に透ける金髪に、私たちがあっけにとられている中、これまた水の流れるような美しい声音で、彼は言いました

「皆様の大切なご家族を、お連れしました」と

彼は、両手に抱えていた骨壺を大おばに手渡して、深々と頭を下げた

「大変に、美しく勇ましい最期でございました。…守れずに、申し訳ございませんでした」

そう言った青年の言葉に、私たちは、やっとわかりました
今、大おばの手に納まっているこの壺の中に、自分の姉がいるのだと
母にとっての、母が
私にとっての祖母が、いるのだと
その事実を分かった瞬間、みんなで一緒に泣き崩れました
骨壺を抱えて泣く私たちの声を、青年は頭を下げたまま聞いていました

一番最初に涙を止めたのは、大おばでした
いつまでもずっと頭を下げている青年に、大おばは声を掛けます

「頭をあげて頂戴」

言われてやっと、青年は頭をあげました
少し頭に血が上って赤くなった顔をみて、大おばは申し訳なさそうに眉を下げます
そして聞きました

「この人は…姉は、どんな最期でしたか?」

青年は、動かない表情の裏で、何と言おうか考えているように見えました
そしてしばらくした後、口開きました

「…俺を含めた、たくさんのものたちに愛されて、最後まで勇ましく戦って、散っていきました。本当に、最期まで、信頼に足るお方でした。」

彼のその言い方に、少しの違和感を感じた私は、涙で緩んだ鼻をすすって聞きました

「戦って…とは?」

彼は、迷わずに答えました

「その名のとおりです。このお方は最期まで戦って…殉職されました。」

殉職
その言葉に、私たちは戸惑いました
姉は、母は、祖母は、そんな危険な場所に身を置いて仕事をしていたのかと
神職をしていたのではなかったのかと
思いがけない言葉に戸惑い私たちをみて、青年はまた言った

「明日、また伺います。このお方の遺品をもって。…その時に、お伝えしたいことがございます、藍様。」

驚きました
もうこれ以上ないほどに、驚きました
なぜこんなにも見目麗しい青年が私の名を知っているのか
もちろん、祖母が伝えたのだろうけど、それにしたってなぜ今私の名がここで出る?
そしてなぜこの青年が、私の名を呼ぶ?
色々と頭がぐるぐるしている私たちをよそに、青年は「では」と言って礼をすると、玄関から出ていった
思いがけないことに戸惑う私と母をよそに、大おばだけは、なぜか腑に落ちたような顔をしていました

次の日、本当に青年はやってきました
しかも、3人ものお連れのものとともに

昨日やってきた金髪の青年のほかに、真っ白な猫っ毛を蓄えた小学生くらいの男の子と、黒い髪をセンターで分けた釣り目で赤い爪の青年、
そして太陽よりも濃いオレンジ色に染まった髪をした、少しガラの悪そうな背の高い男の人
あまりにも凸凹な組み合わせなのに、相も変わらず見目が麗しい彼らに戸惑う私たちをよそに、
彼らは見た目によらず礼儀正しくお辞儀をして、家に上がっていいかの許可を問いました

正直私と母は怖かったのだけど、大おばは何も迷わずにどうぞと家に通し、
そのままリビングに行くのかと思いきや、まっすぐ祖母の部屋へと向かいました

祖母の部屋は、15で出ていってからほとんど内装は変わっていません
途中で母が自室として使ったり、私もお邪魔していたので、布団からベッドになっていたり、小物が増えていたりはするけど、
学習机は祖母が学生の時から使っていたもののままだし、押し入れの中もほとんど手つかずです
それこそ祖母がふらりと帰ってきたときにはこの部屋を使っていました

大おばは私と母、そして4人の青年たちを部屋に残して、お茶の用意をしに行きました
一番年下であろう白髪の男の子は、祖母が亡くなって悲しいのか、家に来てからずっと泣いているし、黒髪の男の子はその子をあやしていて、
金髪の青年は昨日と同じく動かない表情でじっと待ち、オレンジ色の青年は胡坐をかきながら落ち着かないように部屋を見渡していました
私も母もいたたまれなくて、お互いに視線で会話をしていると、少しして大おばがお盆に人数分のお茶を持って入ってきました

青年たちはそれに手を付けることはなかったが礼を言い、
大おばが座ったことを確認してお互いに目配せをし、金髪の青年が口を開きました

「遺品を、お持ちしました」

そう言って、小さな折り畳み式のテーブルの上に、風呂敷で包まれた箱をそっと置きました
結び目を解くと、中から大きくて立派な木箱が現れます

金髪の青年は私の方を見ていいました
「開けてください、藍様」
「…なぜ、私なのでしょう?大おば様の方がふさわしいのでは…」
「彼女が、藍様に開けてほしいと所望されたので」
彼はそう言って、私の目をまっすぐ見て来ます
明るい茶色に見える彼の目が、一瞬透き通るような翡翠色に光ったような気がしました
私はそれに導かれるように、そっと木箱の蓋に手を添えます

かこっ、と心地の良い音を響かせて空いた蓋を床にそっとおいて、私は母と大おばと一緒に中身を改めました
中身は、祖母が着ていたと思われる着物や、つけていたであろう髪飾り、
そのほかに日記や、大おばに宛てた届かぬ手紙、母へあてた手紙などがたくさん入っていました
大おばや母にあてた手紙があるのはわかります
しかし、私は一番に戸惑ったのには理由がありました
箱を開けて一番上に、私宛の手紙が入っていたからです

大変にきれいな字で「愛し孫の、藍へ」と書かれた手紙
私はそれを手に取り、戸惑いの視線で母と大おばを見ます
ふたりはしっかりと私の目を見てうなづきました
次に私は青年たちを見ます
彼らも、しかと私の目を見返してうなづき返してきました
私は背中を押されるように、封筒を開けます
綺麗に半分に折られた便箋からは、ほのかに金木犀の香りがしました


愛し孫の、藍へ

私の可愛い可愛い孫よ
元気にしておりますか
私は、あなたのおばあちゃんです
とは言いつつ、全然おばあちゃんらしいことをしてあげられなくて、
ごめんなさい
私は、私にだけに任された大切なお仕事の関係で、
自由に貴方に逢いに行くことが叶いません
それでも、私は遠くから貴方を想っています
貴方が健やかに大きくなって、幸せになって、
たくさん笑って毎日を送れていることを、毎日祈っています

貴方は、私と似ています
どこが、と聞かれるとなかなかに答えるのが難しいのだけど、
私と貴方の持つ「気」の流れが似ている、とでもいえばいいのかしらね
うまく伝わっていないかもしれないけど、
きっと貴方の母上や大おばさまは
似ているというでしょうね
とても勘の鋭い二人だから

貴方は私とよく似ている分、心配をしています
私は昔から、いろいろなものを見たり聞いたりして、苦しんでいました
今のあなたにはその症状はまだ出ていないかもしれないけど、
もしかしたら年を重ねるごとにその症状が出てきて苦しむかもしれない
そうなったときのために、貴方を救うための術を、お教えしますね

今この手紙を届けてくれた少年たちを頼りなさい
きっと貴方にとって良き友に、そして良き家族となってくれるでしょう
貴方が本当につらくて苦しくて、どうしようもなく逃げたくなった時には、
彼らが差し伸べてくれる手を取りなさい
決して、迷わないで

私はいつまでも、どこにいても、貴方の幸せを祈っています

大好きよ、私の初孫 藍

祖母より

その手紙を読みあわって、私の目からは自然と涙がこぼれていました
そして隣で読んでいた、母と大おばも、静かに泣いていました

手紙が濡れないように封筒にしまって、涙をぬぐった私に、金髪の青年が言いました

「藍様に、探していただきたいものがあります」
「え?」
「おばあさまの…杏様の、遺品の一つです」
「このお部屋に遺したと、言っていました」

ここで初めて、黒髪の青年が口を開きました
続いて、オレンジの髪の青年もいいます
「きっとあんたになら見つけられる」
「どうして、私が…」
「杏様が…そう望まれているので…」
ずっと泣いていた白髪の少年も、そう答えました

なぜ彼らがそう自信を持って言えるのかが不思議ではありましたが、
私はなぜかすでに彼ら言うその遺品とやらの場所がわかるような気がしました
私の視線は、自然と押入れの方へと向いていました
背中をそっと押す大おばの手のぬくもりを感じて、私は押し入れへと向かいます
襖をあけて、下段に収納されている段ボールや木箱を引っ張り出します
大小たくさんある箱ですが、これではない、あれでもないと、奥から奥から取り出します
そして、押し入れの一番最奥の一番下にあった、小さな木箱に手を触れます
瞬間、何か温かいようなものを感じました
私はこれを引っ張り出し、ほこりにくしゃみをしながら箱を見つめます
ちょうど大きめの雑誌などが一冊入りそうな大きさ
箱には特に装飾もなく、よく探さないと見逃してしまいそうです

私は、皆からの注目が集まる中、箱をみんなが見やすい位置においてそっと蓋に手をかけます
少し引っかかっている蓋を開ければ、その中身は
「…ノート?」
中からは、今ではなかなか見かけることのない、ひもで閉じられた一冊のノートが入っていました
私は、だいぶ年季の入ったそのノートの表紙をそっとめくります
一番最初のページには
『私の本丸』
という文字が、祖母の字で書かれていました

「本丸…?」

私の指先を見つめる彼らの目は、ひそかに小さな炎がくすぶっているように見えました
私は一枚、また一枚とページをめくります
祖母の字で、何やら難しいことがいろいろと書かれているのはわかりました
そして、ちょうどノートの真ん中あたりまで来たとき
ひらり、と
一枚の紙切れが落ちたのがわかりました
私はその紙切れを摘まみ上げて、内容を改めます
それは、写真でした
年季が経ち、紙の端は擦り切れて、色あせた写真
そこには、何やら色とりどりで風変わりな身なりをした少年らと、
彼らに囲まれて美しく微笑む、アルバムの中でしか見たことのない若かりしときの祖母が映っていました

祖母を囲むようにして映っている彼らは、今目の前にいる彼らと、どことなく似ているような気がしました


祖母の部屋から出てきた写真

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