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幸せを殻につめて運ぶ

こんにちは。きっかけアクセサリー作家の、音海奏乃です。

今日は金曜日、かなのが思ったり感じたりしたことを書いていく、かなのわーずの日ですね。

突然ですが、皆さんはタイトルから、何を想像しましたか。答えを先に言うと、今日も今日とて、ヤドカリのお話です。もうそろそろ飽きてきたなと思うかもしれませんが、お付き合いいただけると嬉しいです。

小さな貝がらの、中身

皆さんは、自分がヤドカリになったとして、どのようなものを貝殻の中に詰めてみたいですか? 自分が入るスペース以外に、何を詰めてもかまいません。ただ、詰め込みすぎると、重たくて身動きが取れなくなります。さぁ、何をどのくらい、詰め込みましょう?

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食べるのが大好きな方は、ご飯をしまっておいてもいいですね。少し寂しがり屋の人は、かわいい星の砂。せっかちな人は入れすぎないほうが早く動けて理想的……こんな風に、人によって変わってくると思います。

人は、持てるものと量がある程度、決まっています。両手からこぼれるほどの幸せがやってきても、受け止めきれるのは手に乗った分だけ。悲しみも、持ち切れる分しかやってこない、はずなんです。なぜ、はず、とつけたかというと、これはあくまでも「自分で抱え込まない人」のスタンスだから。もしかすると、人より多くの、持ちきれない分の悲しみや苦しみまで背負ってしまっている方がいる可能性もあるからです。

最初に書いたように、あなたがヤドカリだとしたら、その貝殻に悲しみや苦しみをいっぱいいっぱい詰め込んでいる状態です。もしかすると、あなたの分ではないのに、ほかのヤドカリが落とした分まで、わざわざ拾って詰めているかもしれませんね。しかしそれでは、小さな貝殻の中で身動きがとりにくくなってきて、最終的には自分の体が押しつぶされてしまうかもしれません。そうなってしまうと、何かの拍子に、次の一歩が踏み出せなくなる日が来てしまうでしょう

貝殻の中も8分目まで

腹八合医者いらず、という言葉があります。腹八分目も同じ意味ですが、食べ過ぎることなく、8分目までにしておけば健康にいられる、といった意味。実は人の心も同じことなのです

喜びで胸がいっぱいになるのはいいことです。喜怒哀楽でいう、喜と楽はその感情が多すぎたとしても、体や心にそれほど強い影響を与えません。ところが、怒と哀は、どうでしょう。怒りは体にダメージを与え、哀は心にダメージを与えます。それなのに、その感情を満タンにしてしまったら、自分が苦しくなりますよね。

まだ、自分に原因がある場合は問題ありません。相手にひどいことを言われた、だから頭にきている、など原因と結果が明確で、かつ自分が関与するものならいいのです。けれどもし、自分が直接、関与しないものであるなら、それは手放していく必要があります。相手にひどいことを言われた場面を見て、そこに怒りを覚えても、あなたは当事者ではないので、関与しないことになるのです。周りを気にしやすい性格の方は経験があると思いますが、直接言われたとか影響を受けたとかではなくても、相手の気持ちを想像したり、空気を読んでしまったりということ、ありますよね。私はあります。怒られているあの人、きっと辛いだろうな、なんて自分は怒られていないのに、勝手に相手の気持ちを想像して、へこんでしまいます。

そういう"自分とは直接関係ないこと"までため込みすぎると、あっという間に8分目を超えて、いっぱいいっぱいになってしまいます。そうすると、自分も苦しいですよね。だから、少しずつ、気にしない癖をつけるとか、気にしちゃうならもうすごく心配して「さっきまではすごくあの人の心配をしていたけど、ここからは切り替えよう」と意識を変える練習をするとか、工夫します。そうして、少しずつ、自分の殻の中から、"ついため込んでた自分には不要な部分"を手放していくのです。

想像してみてください、抱えていたものをふわ、っと海の流れに乗せて手放すところを。どんどんあなたの貝殻は軽くなります。そうして、あなたはその空いたスペースに、自分のための幸せを詰めていくことができます。

なんだか、素敵じゃないですか?

定期点検、してますか

防災リュック、ローリングストックの在庫がある棚、ついしまい込んでいた洋服がある押入れ……。中身の点検をおろそかにしていると、いざその時が来てもかえって大変な目にあいますよね。心も同じです

定期的に、自分と向き合う時間を作って、大切にしたいものと、そうでもないものを分けていくのです。心の棚卸、なんて表現をしている方もいますよね。やることはだいたい一緒です。

落ち着ける時間と空間があれば、一番いいのですが、なくても大丈夫。声に出したり動きが伴うわけではないので、通勤途中などでも構いません。自分が最近いいな、と思ったことか、嫌だな、と思ったことを思い浮かべます。慣れないうちは、1回にどちらか一つの感情と向き合ったほうがいいでしょう。

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思い浮かべた光景に、感情はついてきましたか? いいことがあったな、あれは確か駅前で、かわいいうさぎのポスターを見たとき。いやな目にあったな、あの時は介護しているのに文句つけられたんだっけ。こんな風に、思い浮かべた光景に感情がついて来れば、その感情は必要なものです。もし、あの時嫌だったんだけど、なんだっけな、何に怒ってたんだっけ、というような場合は、もうその出来事を忘れているので、記憶もろとも手放してしまいましょう

さらにもう一歩。思い浮かべた光景と感情に、理由はありますか。それを詳細に言えますか。

かわいいうさぎのポスターを見た。私はうさぎが好きだから、かわいいしぐさで写っていたのにきゅんとした。

とか

介護していたら文句を言われた。自分では一生懸命だったのに、何がいけないんだ。介護と家事の両立は難しいのに、ちょっとおかずが少なかっただけで小言を言われたのが頭に来た。

みたいな感じです。もしここで、詳細に説明してみて「あれ?」と思う部分があったら、そこを掘り下げていきます。そしてそれが「あの時は頭に来たけど、よく考えたらこういう可能性もあったか」と納得できたなら、その感情はもう、怒りの状態で保存しておくことはありません。「そういうこともあるかもね」くらいの軽い気持ちにして、手放していきます。

慣れてくると、ちょっとした時間ができるたびに、これを行えるようになります。ノートがあったほうが取り組みやすいという方もいるので、ノートなどを用意してもいいですね。

心はため込みすぎると、処理しきれなくなってしまいます。スマホアプリが重くなると動作が悪くなるように、私たちも判断能力が鈍ってしまいます。なので、キャッシュ削除するように、定期的に自分の心を点検して、守っていきましょう。

いつでも取り出せるように

ここまで、手放し方の話をしてきましたが、最後は詰めるもの中身について、お話を。大好きなもの、大切なものを、自分の殻の中に、つまり心の中に詰め込んでいるあなたは、どんな気持ちですか? きっと、なんとなく胸が温かくなってくるのではないでしょうか。

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そうして、心の中にしまった大切な気持ちたちは、何かつらいことがあったとき、役に立ちます。悲しいことがあっても、自分の中にしっかりと保管しておいた大切なものたちがあると分かれば小さくても、希望につながります。大切なものなんてなにもないよ、というかたも大丈夫。あなたが今こうして生きていることは奇跡です。生きているだけでそれは希望につながりますよ

人生は波があるので、ずっといいことばかりとはいきません。小さくて気づかなくても、ちょっとした悲しみがやってきていたりします。普段の暮らしの中で、つらいことや悲しいことがあったときは、まず自分の「宝箱」になった心の中を探してみてください。きっと、そこから優しい明りが見えてきて、前向きな気持ちになるでしょう。

無理はしなくていい。大切なものは自分の殻の中、もとい心の中にある。苦手な背伸びをするよりも、自分の心に大切なきらめきを詰めてみませんか。

今回は、心を殻にたとえたお話をしました。少しわかりにくい表現があったかもしれません。伝えることって、難しい。でも、だからこそ挑戦したいという気持ちもあります。わかりやすい文章を書けるように、日々精進ですね。

音海奏乃


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