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物語の持つ力─『おでかけ子ザメ2』によせて

 『おでかけ子ザメ2』を買いました。私は作者のペンギンボックス先生をTwitterフォローしているので毎日のように子ザメちゃんを見ることができるけれど、描き下ろし40ページは本を買わなくては見れません。

 HMV&BOOKS SHIBUYA5Fに設置された子ザメちゃんのパネル展示&POP UP SHOPを見たくなって、それに感想も伝えたくなって、買ってきました。

八魚町を背景に作品パネル展示(8/3〜16まで)

 おでかけ子ザメとは
 ほっこりあたたかな世界観と、キュートな動物たちのイラストやマンガで大人気のペンギンボックス先生のショートコミック。ちょっぴりレトロでちょっぴり切なく、そして最高に温かいハートフルストーリー

HMV & BOOKS online

 買った日に読んで、週末に読んで、改めて読みました。何度みかえしても、何度も情動に訴えかけてきます。現実と非現実の倒錯が物語のエナジーだと思うけれど、今どころか遠い記憶までよび覚まして、個人的な気持ちがよみがえり、心細く淋しくなったり、不安になったり、その一方で得もいわれない快みたいなものも感じます。

 私は、子ザメちゃんのお話で思い出す記憶に、たしかに支えられています。子ザメちゃんは贈り物だと思うのです。

『おでかけ子ザメ』世界観の魅力

おでかけ子ザメ2表紙
おでかけ子ザメ2裏表紙

 子ザメちゃんの世界はカラーです。色味はレトロな駄菓子みたいです。
 派手、もしくはキッチュなものではなくて、シンプルながら豊かな色あいで、いきいきと生活感をもっています。

 子ザメちゃんの物語は、どれも日常のささやかだけどみちたりたエピソードでできています。

 たとえば、子ザメちゃんが図書館であおいちゃんと出会い、海みたいなところに連れていってもらうまでの、幸福な一日の物語。

おでかけ子ザメ1『海みたいなところ』

 たとえば、子ザメちゃんが映画館で「ブルーシー 美しい海」を観て目をかがやかせ、小さなぬいぐるみとともに帰る、温かな物語。

おでかけ子ザメ1『映画』

 たとえば、子ザメちゃんの足型(?) を押したらハート型になった、愛らしい物語。

おでかけ子ザメ『子ザメとアトリエ』

 どのお話も、おっとりとして、ひっそりと可愛いです。
 ひっそりというか、はっきりと可愛いのだけど、普段着のような、肩の力の抜ける感じ。安心する感じです。

 どのお話にも、誰もが持っている(持っていた)ような等身大の日常があります。子ザメちゃんというキャラクターは新しいけれど、お話は身近に感じられるものです。

キミが笑って、みんなが笑って、こんな日がずっと続きますように
穏やかな時が流れる八魚町で子ザメちゃんが出会う小さな奇跡。
お友達もたくさん!な第2巻

おでかけ子ザメ2帯コピー

 ──穏やかな時が流れる八魚町──
 子ザメちゃんの魅力は、まさにそこにあると思います。私たちは、普通の、穏やかな状態でありたいと願っています。よくあり続けても少ししんどい状態です。中途半端な状態の ‘よい’ で揺らいで安定したいと思っています。その、ちょうどよい状態の八魚町に子ザメちゃんは居るのです。

 子ザメちゃんを見ていると、子ザメちゃんを子ザメちゃんたらしめている世界のやさしさに気づきます。世界というのは、子ザメちゃんにとっての世界です。目にふれる全ての物、出来事、そして生き物。

 実際、ここに出てくる登場人物や動物たちは、みんなやさしい表情をしています。人間のお友達はもちろん、かえるちゃんもとかげちゃんも、鳥も、動物のぬいぐるみまで。

 子ザメちゃんの住む八魚町は、何があっても絶対、安心安全の場所です。草や花の匂いがします。食べものの匂いがします。つつましい輝きにみちています。ずーっとここにいたい、と思わせる場所につれていかれるのです。子ザメちゃんのように、まっすぐな心で世の中を生きられたらすてきだと思います。

ヒーローたち─『シャークマスク』と『かいじゅうさん』

 『キャラクター』というおはなしの中で、子ザメちゃんと編集さんが愛されるキャラクターを考える場面があります。そこで、シャチの『シャークマスク』は生まれます。

 『シャークマスク』と『かいじゅうさん』、それに『子ザメちゃん』も、現実世界では怖い存在です。けれど、子ザメちゃんの世界ではとてもやさしいキャラクターだということが、『ヒーローショー』というおはなしの中で十分に発揮されています。

▲○☆※▲◉!!(子ザメちゃんの叫び声)

おでかけ子ザメ2『ヒーローショー』

 『シャークマスク』を見たときの子ザメちゃんの、びっくりした顔と叫び声は目に快いです。

『ヒーローショー』紙ひこうき対決 

 『シャークマスク』とライバル『かいじゅうさん』は、紙ひこうき対決をします。勿論、勝負はつくのですが、‘ぶたいうら’ もどこまでもやさしい。シャークマスクとかいじゅうさんを、子ザメちゃんと共に見守りたい気持ちになります。

 子ザメちゃんのおはなしは、あかるくてあたたかです。純粋で、陽だまりみたいなお話が、涸れない泉みたいに安定して尽きないのは本当にすごいです。

 物語のなかで、子ザメちゃんとお友達はみんな楽しそうです。第一に、幸福の匂いがします。とっても単純なのに。

 子ザメちゃんは子どもだから世間の物事を知らず、それでいて独立した自我と好奇心を持っていて、八魚町のお友達の愛情に包まれています。言うまでもなく子ザメちゃんは物語のなかで子どもと同じなのだけど、小さな愛らしい動物でもあって、身近な誰かや、自分でもあるような気持ちになります。

おでかけ子ザメ2『グリンピース』

 つまり、いちばんすごいと思うのは、これが日常生活の再構成だということです。子ザメちゃんの物語は微風にそよぐ草くらい、わずかに動きます。毎日おなじことのくり返しではなく、毎日絶対違う日だということ。朝起きたら絶対、新しい。ワクワクしてしまうというようなこと。

『おでかけ子ザメ』構成の魅力

 私は子ザメちゃんの世界が、徹底してほぼ絵だけでできていることに憧れます。簡潔で、リズミカルで、それでいてユーモアのあるイラスト。その、なんとも言えないおかしみ。単純というのはある種、神々しいことです。

 子ザメちゃんの本はコミックの分類だけど、絵で物語るという意味において、これを絵本といわずなんという、という気持ちになります。

 私は読書好きで、何を言ってるのかよくわからない同じ本をくり返し読んで「深い!!」と陶酔してしまうのだけど、そういうときでも子ザメちゃんを見ると、あっさり楽しい気持ちになって活力がわいてきます。

 子ザメちゃんの世界は、絵によって構成されています。
 文章は、言葉によって構成されています。
 どちらが良いというわけでなく、絵によって楽しく前向きな気持ちになったり、自分の心を整理するがことができたら、それは社会にとってものすごく価値じゃないかなあと思うのです。

 子ザメちゃんの、複雑な要素のなにもないことの気持ちよさ。
 美しさとか楽しさというものは、本来わかりやすいものなのだということを思い出します。

 作者のペンギンボックスさんはイラストレーターでありデザイナーさん、ということを思い出すたび納得してしまいます。デザイナーは主観より客観を大切にする方が多いけれど、客観性があるからこんなにも調和の取れた世界を作り上げられるのだと思うのです。

ひきつけてやまない物語─ 『春になったら』

 なかでも私の心をひきつけてやまないのは、おでかけ子ザメ2の最後に収められている『春になったら』というタイトルのおはなしです。子ザメちゃんとかえるちゃん、そしてとかげちゃんの物語です。

おでかけ子ザメ2『春になったら』

 私はこのなかで、子ザメちゃんがかなしくなる場面に何度もびっくりします。

 春、夏、秋も超えて冬──。
 まだ遊べる、まだ遊べると思っているうちに、すこしずつ空気がひんやりと薄青くなっていきます。雪が降ってきて子ザメちゃんは依然としてたのしんでいるのに、かえるちゃんととかげちゃんがすっと静かになる瞬間が、こちらにもすっと寒いみたいに伝わって、そのあと焦る子ザメちゃんの体温が熱く伝わってきます。

 寒さが肌まで染みてしまいそうで、見ている私も心細くなります。

 子ザメちゃんがたのしい気持ちであったが故に、かえるちゃんととかげちゃんが動かなくなったことに気づいたときの子ザメちゃんに心底、胸が痛みます。子ザメちゃんの、その呆然とした姿。かえるちゃんととかげちゃんを想う気持ちは、みているだけでほんとうにせつなくなってしまいます。

 誰かを好きになること、失いたくないと思うことは、痛々しいようなかなしみを伴っていることを思い出します。

 もしもそこに、お友達のあおいちゃんが通りかからなかったら・・と思うとぞっとします。そうしたら、子ザメちゃんは全く不確かなぽっかり穴のあいた気持ちで冬をすごす羽目になっていたのです。

 私は、この心の深いところに眠る物語にびっくりして、何度も何度もみかえしてしまいます。もう、頭の中に強烈にインプットされてしまったほどに。

『おでかけ子ザメ』おはなしの魅力

 『おでかけ子ザメ』のよさの一つが、全体に流れている軽やかなユーモアで(つまり、劇的なことは起こらない)、それが、ふしぎなキャラクター子ザメちゃんを引き立てていると思っています。

 その穏やかな物語が、ときおり大切なものを愛している記憶に結びつくのだけど、安心して入っていけるのは、それがいつもハッピーエンドだからです。

 『春になったら』みたいに空気が曇天の物語の質感は、一人一人の心のなかにあるものと近いのではないかと思います。自分の心の奥底にある、怖れの部分と地つづきの場所にあるような気がするのです。一人一人の心のなかにあるもの。遠くて近いその場所。

 なにも説明されなくても、子ザメちゃんの胸のなかにたくさんの想いがつまっていることがわかって、そのことが読み手を遠慮なく揺さぶります。もちろん、そこには、無力さ、やさしさ、いとおしさ、逆にそれ故の強さまで描かれています。かなしみと怖れが胸を塞いで、そして、それを認めることで、ふしぎなやすらぎも得られるのです。これが、カタルシスというものかしら。

 これだけモノや情報があふれ返っているのに、これだけ感情を味わってきたのに、まだ新しい感動があったのかと驚きに包まれます。

 子ザメちゃんの物語は、ウエットにならない強さがあります。ふしぎなあかるさを放っていて、救われます。たぶん、そのあかるさは、エネルギーと呼ばれるものです。

おでかけ子ザメ2『春になったら』

 今話題のウェルビーイング(幸福、健康、福祉)の研究者、石川善樹さんの本には、こんなことが書いてあります。

 ・・長いスパン、人生としてのウェルビーイングを見るならば、「過去を振り返ったときに良かったなと思えて、この先の未来を見据えたときに楽しそうだと思える」というのが、社会科学の研究者が考えるウェルビーイングです。

=====中略=====

 旅行前日の準備の時間が一番ワクワクするように、何かを楽しみに待つことは、それ自体がウェルビーイングな状態であるからです。

『むかしむかし あるところにウェルビーイングがありました』
石川善樹氏×吉田尚紀氏

 もしかしたら、春をワクワクして待つ(冬の)子ザメちゃんが、いちばんしあわせで、いちばんエネルギーがあるのかもしれない。そのことを思うと、しあわせに気づいてしまうではないですか。子ザメちゃんの物語は、ハピネスじゃない幸福をも感じるのです。

子ザメちゃんに似たひと

 子ザメちゃんにはじめて出会ったのは、ナポリタンのおはなしです。

『子ザメとナポリタン』

 正直にいうと、子ザメちゃんはこれまで身近なひとと重ね合わせることが多くありました。けれど、子ザメちゃんとかえるちゃんととかげちゃんのおはなしばかりは(このお話も、というべきかもしれないけれど)子ザメちゃんは私のようでもあるし、私は子ザメちゃんのお友達のようでもあると思っています。

ペンギンボックス先生 描き下ろし(コミック未収録?)

 私は未来の子ザメちゃんも全面肯定するのだろうと思います。だって、何かを好きだというのはそういうことだもの。

 いままでにも子ザメちゃんのおはなしを読んではいたけれど、こんなふうに物語が収められ、その世界に入り込み、新しいキャラクターに出会い、愛らしい装丁で晴れて一冊になり、とても嬉しいです。

 いつまでも愛でたくなるキャラクターたち。

おでかけ子ザメ2(内カバー)
おでかけ子ザメ2『工作』
お友達図鑑(一部)

 発売前にシェアされた、おでかけ子ザメ『夏バテ』の子ザメちゃん夏バテ解消法のおはなしも愛らしいです。解消法は3つあるのだけど、1つ(りんご酢)はほぼ毎日やっていて、もう2つも取り入れてみたいです。


おわりに─読後味わう八魚町の街

 それにしても、HMV&BOOKS SHIBUYAの子ザメちゃんが住む街(八魚町)の世界感にはしみじみ感心します。コミックを読んだあと、本のなかでしか行かれない場所にいった気持ちになります。行って、本当に良かったです!

子ザメちゃんとあおいちゃん(図書館で出会い海みたいなところに連れて行ってくれた女の子)
階段型ディスプレイ。絵柄が変わって楽しい
サイン入り描き下ろし高級複製原画。とてもきれい

 子ザメちゃんはPCで見ることにすっかり慣れたけれど、POPの子ザメちゃん、特に複製原画はPCで見るのと全然違って、あまりにきれいで、しばらく見惚れていました。子ザメちゃんは1巻『子ザメと雲の世界』のおはなしで、サメ雲に乗っかって朝日を見に行くことを妄想しています。

 私はたびたび、テクノロジーの発展とともに「日本の感度の成長期」がやってくるのかなあ、と妄想しています。子ザメちゃんみたいに、見た人が幸せになれる情報が拡散される世界になりますように^^。

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↓『おでかけ子ザメ1』の感想も書いています🦈

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