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🍎家の食卓【1】飲茶ウェンディズ私、赤っ恥事件

我が家の食卓・料理事情なぞを綴っていきたいかと。たまには国際結婚とか異人種カップルっぽいネタを披露していきたいのである。

現在では、しめ鯖大好きブラザーな夫アルゴであるが、若かりし頃は大層な偏食マンであり、どこに行っても、誰といても、チーズバーガー(レタス、玉ねぎ、トマト抜き)しか食べない男であった。

学生であった頃、2組の友人カップルと飲茶に行った事があった。カップルは日本人女性+白人アメリカ人、日本人女性+コロンビア男性、そして私とブラックアメリカンなアルゴという組み合わせ。

英語で飲茶はDim Sum。我々の住む街は田舎なのであるが、郊外に小洒落た中華料理店がある。飲茶は、お茶を飲みながら点心を楽しむ習慣を指す言葉であり、点心は、小籠包やシュウマイ、ごま団子といった料理自体を表すので「まぁ、あれだ。小さい皿にちょっとずつ料理が乗ってて、色々頼んでみんなでシェアするブランチみてーなもんさ!」と適当に説明したのだが、アルゴは大難色。いわく、

◇人と料理を分け合って食べるというのがまず嫌である。貧乏くさい。

◇そもそもチャイニーズで俺が食べるのはフライドチキンとフライドライスのみである(注:アメリカンチャイニーズフードというもので、アルゴはそれまでディバリーのチャイニーズを食べることはあっても、Theレストラン!というようなお店で中華を食べたことがなかった)

◇豚肉は食べない。日本人、中国人は豚肉が好きすぎる。なぜだ!(知らんわ。うまいからじゃん?)

◇野菜も好きではない。食べたくない。

とにもかくにも、今まで食べたことがないものを食べたいとは思わない

そんなアルゴを説得し、私たちは待ち合わせしていた中華飯店へと出向いた。私はウキウキだったのだ。アメリカンチャイニーズ、つまりアメリカ人の口に合うように作られたアメリカ風中華ではなく、ちゃんとした中華料理が食べられるのが楽しみだったのだ。当時は、現在ほど日本食のレストランがあるわけでも、アジアの食事が一般的でもなかったからだ。

一皿3ドル~5ドルくらいでお値段もリーズナブルなDim Sum

色んなお皿に乗った色んな料理がモリモリ運ばれてくる。アルゴは、ほ~ん、と感心したような目で見ていたが、とりわけてみた料理に手を付ける様子はない。ようやく手を付けたのは、エビ餃子であったが、アホほど醤油をかけた上に、中国のお箸がでかすぎる、使いづらいと文句を垂れる。

https://az-news.yojipapa.com/chopsticks-7469

お箸については今でも外食のたびによく文句を垂れるので、最近では友人がデザインした携帯用日本のお箸セットを持ち歩くことにしているのだが、中国のお箸は、日本のお箸よりごつく、長い。確かに日本のお箸に慣れていると使いづらいのである。

とはいえ、友人カップルもいるし、なんだかぶつぶつ文句を垂れるアルゴに私は腹が立ってきていたし、友人らも何かと気を使ってくれて、アルゴの食べられそうなものをオーダーしてくれたりしたのだが。……だが。

アルゴは唐突に立ち上がると「みんな、食べてて!俺、ウェンディーズいってくるわ!!」とだけ言い残し、なんと、中華飯店の横にあったバーガー屋へと行ってしまったのである。

気まずいったらありゃしない(叫)

まず、一緒に来た友人たちに対して申し訳ない。いくらアメリカが自由の国であるとは言え、フリーダムすぎ。失礼すぎ。平謝りの私に友人たちは、苦笑いしかない。

そしてお店の人に対しても申し訳ない。失礼極まりない。アルゴは紙袋に入れたチーズバーガーセットを持ち込み、我々が飲茶をしているテーブルで食べる。お店の人に謝ったら、お店の人は大丈夫ですよ~と言ってくれたからよかったよ~と本人は言っていたけれども!よくないよ!(真顔)

とにもかくにも、そんな事件があり、それから20年。

今じゃぁもう「え、飲茶知らんの?いったことないの?いやぁぁ、それはもったいない!今度行こう!」
「え、大都会?!そりゃぁ、本格飲茶しにチャイナタウン行きたいね!」
「飲茶いいよ!まったり一緒にごはんを食べながら、しかも色んなもの食べれて、安いし、色んな話をしたりするんだよ」などとのたまうほどになった。私は心の中で、ウェンディーズに行ったくせに!と昔の赤っ恥をしつこく根に持ちつつ、月に一度は2人で飲茶に行く。

思うに、食生活、食の好みというのは、人間関係の中でかなり大きなウェイトを占めるものである。特に一緒に暮らしていると。だからってわけじゃないけど、お付き合いしていて結婚とか考えてるカップルがいればお試しとして、一緒に暮らしてみるのをお勧めする。恋人同士でも家でごはんを食べてみることで見えてくるところはいっぱいあると思う。

相手に合わせる食事。相手が喜んでくれる食事。相手と楽しめる食事。食事は人生のエッセンシャル。衣食住なんて言葉の通り。それがどんなごはんでも同じもの、時間をシェアするというのは日常にありふれている、でもとても大切な瞬間だと思う。

アルゴの場合で言えば、このものすごい偏食っぷり以外、マナーは良かったし、お箸の使い方、和食の食べ方などはすんなりマスターできた。お茶碗にご飯粒を残さないとか、お箸で遊ばないとか。なので、長い時間をかけて変化する彼の味覚や味の好みを共有できるのは(イラついたけれども)楽しかったし、今現在、楽しいと思っている。

ちなみに日本食料理屋で隣のテーブルの女性がお箸でちんちん食器を叩いて遊んでいるのを目撃した。アルゴは、知らん人だというのになぜか大激怒して説教を垂れていた。余計なお世話であるが、アルゴは基本、余計なお世話が大好きなのである。己の過去を棚に上げて。

この、飲茶ウェンディズ私、赤っ恥事件は、ほんの一例で、アルゴと付き合い始めた頃は、こんなことばっかりだった。

当たり前であるが、国も、人種も、文化も言葉も違う我々なのだ。育ってきた環境だって全然違う。いつも大抵の事は、ノリと勢いで乗り越えてきた私とアルゴの関係性であるが、食事については非常に長い時間を要し、お互いに歩み寄り、折り合いをつけたという長い闘いの歴史があるのである。

正直なところ、浮気女に刺されたり喧嘩したアルゴを釈放しにいったりとかそんな局所的大事件ですら我々の食生活の歩みに比べると屁のようなものなのである。なんせ食事は毎日のことなのである。

私が育った家庭は、食道楽というか、両親はおいしいもの、美味しいお酒などにはじゃんじゃんお金を使った。母親は栄養士の資格を持っており、料理上手。父親は自分が貧乏生活をして育ったから子供達には絶対にひもじい思いをさせないという断固たる意志があったのである。

晩酌家庭であったので、父はちびちび(いや……がぶがふ)飲みながら5種類程の酒肴に箸をつけ、3人の子供たちは同じような品々、プラスメインのおかずで夕飯を食べるのが普通であった。母は栄養士であるのでもちろん、栄養のバランスなどもきちんと考慮されていた。なので、食に関して私はずいぶんと贅沢に育ててもらったし、アレルギーでどうしても食べられないものを除いて私には好き嫌いは無い。

かたやアルゴは、育った家庭の事情もあり、今でもアメリカにおける深刻な問題の一つである貧困家庭の食事で育ってきた人である。詳しくは下のサイトにもあるのだが2020年の調査では、 over 37 million people lived in poverty. アメリカにおいて3700万以上の人が貧困層としており、家庭での食生活や飢えというのは非常に深刻な問題なのである。もちろん、安価な食材しか手に入れられない状態から引き起こされる健康問題も。アルゴは、サラダや野菜が食卓にのぼることはほぼ無く(生野菜が高いため)3食食べられればそれでラッキー、ファストフードや加工食品の多い、そんな食環境で育っている。

更に付け加えれば、これまでのNoteを読んでいただいた方にはすでにお察し事情かもしれないけれど、アルゴは何事においても非常に極端な人なのである。付き合い始めた当初は、野菜抜きチーズバーガーしか食べなかったくせに、それから数年後には、ヴィーガン(完全菜食主義)になったり、以前にも書いたが超制限系のWhole30というダイエットも何度か行っている。

因みにチーズバーガー、レタストマト入りを食べるようになったのは、付き合い始めて1年後くらい。お寿司を食べられるようになったのは、付き合い始めてから5年目の事だった。

そして我々夫婦に妥協点ポイントが見つからない料理は、タイ料理。「甘くて酸っぱくて辛いとか、まったく意味がわからん」というのがアルゴの言いぐさである。おいしいのに。他にも色々あるのだが、それはまたおいおい書いていきたい。

この食卓シリーズNoteでは、我々夫婦の食事事情だとか、レシピだとかそんなものを綴っていきたいものだなぁと思っている。

(終)

🍎家の食卓その2






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