見出し画像

It was padded rooms and Ritalin

ねぇ、出会いの話をしようか。

初めてゆっくりと話した時に彼が諳んじた詩作。彼の口から溢れ出た言葉は激しく、悲しく、叫びにも似ていた。大きな声ではなかった。言葉にされた英語をすっかり理解できていたわけでもなかった。むしろ詩の意味を分かってはいなかった。

けれど。

目の前にいるこの大きな男。まだ大人でもなく、でも子供でもない。それなのに彼が、全身から血を流しながら大声で泣いている幼子の姿に見えて、私は、あぁこの人はこの世界にどうしようもなく一人なんだと思えて。

気が付いたら彼を抱きしめていた。彼はそれを当たり前のように受け入れて、はらはらと涙を零していた。

この瞬間が、彼と私の始まりだった。甘くない恋愛物語の始まり。

*****************

It was padded rooms and Ritalin
パッド入りルームとリタリン

That always seem to riddle me,
Or was it empty dreams of me escaping misery

それはいつだって謎ナゾのようなものだったけど、
でもそれは多分、悲惨さを逃れるための空っぽの夢

There is a story to be told
Before the truth unfolds about a man who died a child
Trapped inside a bed of sheets

語られなくてはいけない話があるんだ。
子供の頃、ベッドシーツに閉じ込められて死んでしまった男の話。

My mother said she loves me but needed a paycheck to survive,
My stepfather wasn't making the proper ends to get us by
So he beat me to satisfy the anxiety and aggression
he Felt inside but didn't realize he was killing his beautiful mind

ママは言ってた。愛しているけど生き延びるためにお金が必要なのよ、と。
義父はちゃんとできなくて、できないから俺を殴ることでその怒りと不安を
満たしていたけど。でも彼は、彼自身の美しい心を殺していることに気づいていなかった。

So every teardrop that I split melted with my bloody lip at the dinner table.
It was bloody water that I sipped.

俺からこぼれ出た涙は、夕食の席で俺の血まみれの唇で溶けた。
すすったのは血まみれの水。

At the age of six I was tired of it all than I acted out in anger beating up 
inside about a child that had to cry

6歳になるまでには、自分が「泣かなければならない子供」であることについて怒り、暴れてみてはいたけれど、すべてにうんざりしていたんだ。

Mother bought me to the hospital claiming she was really sick
She hugged me even kissed me before she left me

ママは自分は病気でどうしようもないからって俺を精神病棟まで連れて行った。俺を置いていく前、ママは俺を抱きしめ、キスまでしたんだ。

To the doctors who shot me up with lithium every time I acting hyper,
I tried to run,
I tired to fight,
I even tired to bit that only lead to padded rooms for hours at a time

俺が大騒ぎするたびに医者はリタリンを打った。
俺は走ろうとした、
俺は抵抗することにつかれていた、
一度、噛みつけば、何時間もパッド入りの部屋につながるだけ。
だから俺は噛みつくことにすら疲れていた。

I know I lost my sanity when they started the four point restraints
I would scream spit and curse fight myself till I would faint
They would sigh and just dismiss my screams and
Leave me to my emptiness to analyze my pain.

俺はわかっていたんだ。彼らが全身拘束を始めたとき、
俺は失神するまで唾を吐き、罵り言葉を吐き散らかしたけれど。
彼らはただため息をついて、俺の悲鳴を無視して
俺の痛みを分析するために俺を空っぽにする。

It was padded rooms and Ritalin
That always seem to riddle me,
Or was it empty dreams of me escaping misery
There is a story to be told

パッド入りルームとリタリン
それはいつだって謎ナゾのようなものだったけど、
でもそれは多分、悲惨さを逃れるための空っぽの夢

Before the truth unfolds about a man who died a child
Trapped inside a bed of sheets
There was no justification
For anguish my parents plagued me with

真実が明かされる前に死んでしまった男、
子供のまま、ベッドの中のシーツに閉じ込められて死んだ男。
正しい理由なんてなにもない
両親の苦しみが、俺を悩ませた

While I was lonely in my head
Saturated hate lying dormant in my fears
While I'm fighting with the evilness
Created by my patience while I'm waiting for
A better understanding of myself.

俺が頭の中で孤独だった間
俺の恐れの中で眠っていた飽和した憎しみ
そんな闇に対峙している間
作り上げられた忍耐力によって
理解したより良い自分自身

I sacrificed my happiness for
Selfish satisfactions for the dollar

結局のところ、金であがなわれる自分勝手な幸せってやつのために
俺は俺自身の幸せを犠牲にしたってこと

*************************

以前書いた創作風に書いた我々の出会いの話の続き的な。

アルゴの詩作(本文そのまま・改行などもママ)に日本語をつけてみた。

パッド入りの部屋というのは精神病棟で患者が自傷・自殺しないように壁や床がクッションになっている拘束部屋のこと。

リタリンというのはメチルフェニデート塩酸塩。中枢神経刺激剤のことで注意欠陥・多動性障害 (ADHD)の治療薬。近年は集中力を高めるためのドーピング剤やパーティ用のドラッグとして乱用されてもいる。

文中に書いたように当時の私は、この詩の意味を分かっていなかったし、夫アルゴに凄惨な過去があることも知らなかった。アルゴがこの詩を書いたのは17歳の頃。私が知り合った時、彼は18歳。

先日、大掃除をしていたらアルゴ箱が出てきた。

アルゴ箱というのは私が作った箱で、彼の書き散らかした詩作のノートや紙のきれっぱし、紙ナプキンからレシート、テスト用紙の裏、なんとなくタイプした紙。チケットの裏側。家じゅうに落ちているそれらを集めて入れる箱。アルゴは片付けのできない男なのである。なのに年中、何かを書いている。だからそれらを私がコレクションしている。

特に意識せずに箱に手を突っ込んで最初に掴んだ紙片がこの詩。つまりは我々の出会いの詩だったもので、なんだかドラマっぽいじゃん!!すげーーー!!て思わず震えたのだけど。

改めて書き出し、日本語をつけてみて思った。

重い。くっそ重い!!!!

えぇ、こんなん付き合いたいなと思ってる女(しかも外国人)の前でよく諳んじたよな?てか、いきなりこんなくっそ重い詩(しかも意味わかってない)聞いて、よくときめいたよな?てかアンタ、18歳やろ!!てかお前!!ガラスの10代どころの話ではない。ネタが重すぎて普通は引く。というか、いきなり詩を朗読というそのシチュエーションにもびっくりだし、私も色々かぶれすすぎ、というか、え、なんで知らん人を抱きしめたん?って言いたい。

とかなんとか、若かりし己とアルゴに盛大なるツッコミを入れてみたあとに、あれ……もしかして私、犯罪者だったんじゃ……って思った。未成年淫行条例的なさ。この詩の件のあたりは、アルゴはあと2か月で19歳になるくらいで、私、25歳だったもの。あっぶねぇぇぇぇぇぇ!

これが、私とアルゴの泥酔して出会い→アルゴが私を呼ぶために嘘のパーティをセッティングして再会した時の話なのである。

(終)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?