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#6 【経済競争と正しい社会のあり方】 人の自伝が残ることによる未来の社会のメリット

 ここ最近、世界情勢の影響で国内の物価が上がった。一方、なかなか上がらない実質賃金。生活が苦しくなる中、「日本の経済はどうなっていくのか?」将来の見通しが立たず、不安に駆られてしまう。
 
 そこで、この記事では、「日本経済の見通しは?」というテーマでわたしなり(自伝の執筆と保管を文化に|匿名性自伝サービス「アークカイブ」運営代表)の考えを紹介したい。あわせて、個人の自伝が残ることによる未来の社会のメリットについても触れる。

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最近の日本経済

 ここ数十年のあいだ、皆が頑張っているものの、実質賃金がなかなか上がらないという問題に日本は直面している。加えて、最近の世界情勢による物価上昇。これまでの生活水準を維持することが難しくなっている。
 わたしの肌感覚でもそれは明らかだ。たとえばスーパーでの買い物。以前から手が出にくかった値段のものは、今では見向きもしない。それどころか、生活するために必要な食品のお米、牛乳、卵。値上げされてからしばらく経つが、未だにその価格に慣れない。
 これらの物価上昇は、日々の生活にじわりと圧力をかけていく。この息苦しさも相まってか、日本経済の雲行きもますます怪しいものに感じてしまう。

国内と国家間の所得格差

 そしてこの状況は日本国内だけの話ではないようだ。私はアメリカの田舎の街に住むアメリカ人の友人がいる。少し前に話す機会があったとき、「そっちの家庭の経済状況はどんな感じか?」と聞いてみた。すると、アメリカの労働者の賃金の中央値も、長らくほとんど横ばいが続いているとのこと。最近では日本と同様に、生活水準の維持が大変で、物価が上がる一方、食料品の内容量はますます小さくなっているようだ。
 さらに昔と比べるとさらに状況がわかりやすいとのこと。たとえば、その友人の祖父は自動車の修理工の仕事をしていた話を例に出した。持ち家もあり、子沢山の人生。今のアメリカでは、修理工の仕事でその当時の生活水準は困難らしい。より給料の高い仕事に就くため、皆が激しい競争を展開している状況。
 やはり、現地の生の声は先入観を覆す。特に日本にいると、新しい産業を生み出しているアメリカの大企業や大富豪の話題、あるいは極端な貧困層の話が集中する。この日本で自分が感じている状況。それを海の向こうのアメリカの一般家庭でも共有できたことで、最終的に「世界の経済はどうなってるんだ!?」二人で盛り上がった。  
 しかし、友人の話はまだ続く。その友人は、仕事の関係でアフリカの開発途上国の人ともオンラインで話す機会があるそうだ。そして、アフリカの現地の人に「先進国のアメリカでも生活が苦しいことがあるのか?」と驚かれた話を紹介してくれた。
 国内の富裕層と一般家庭の所得格差もあれば、国境を越えた国家間での所得格差もある。「まるでロシアのマトリョーシカ人形のような構造だ(入れ子構造)」と、友人が表現していた。
 ここまでずいぶん話が逸れた。日本の経済成長が停滞している話に戻り、その原因を探りたい。また、グローバル化が進んだ現代、世界の影響も考慮したい。そこで、「日本が世界経済の中でどういった立ち位置か?」私たちで簡単に確認していこう。改めて今後の見通しがイメージでき、何かしらの準備ができるのではないか。

書籍「大不平等」

 そこで早速、見ていきたい書籍が、「大不平等 エレファントカーブが予測する未来」。最近の世界の所得格差の状況をわかりやすく説明した有名な書籍。読者の中にも本のタイトル「エレファントカーブ」という言葉から、内容をイメージできた方もいるかもしれません。ひとまず、一番のポイントとなるエレファントカーブのグラフを見ましょう。

エレファント・カーブ image from wikipedia

 グラフ名の由来の通り、像が鼻を上にあげた形をしている。では、肝心のこのグラフが何を表しているのか。簡単にいえば、最近(1988から2008年の20年間)のIT革命、とグローバル化によって、所得アップを遂げた人々は所得世界ランクのどの順位の人たちか。これを表すグラフとなる。
 まず、グラフの横軸。右端には、ウォーレンバフェットのような超大金持ちが位置し、左端には生活が本当に苦しい国の人たちが位置している。世界中の人たちの所得は順位付けされ、グラフの右側に位置するお金持ちの人から、左の方に位置する貧しい人たちへ順番に並べたイメージがこの横軸となる。また縦軸は、20年の間(1988から2008年)でどれだけ所得が増えたかを表している。縦軸の高いポイントに位置している人々ほど、増えた所得が大きく、低いポイントに位置している人々は所得が増えなかったイメージ。

エレファントカーブの説明

 グラフが意味するイメージをさらに固めるため、目立っている3つの地点A、B、Cを最後に見ていこう。
 最初にA地点を見る。20年で約80%所得が伸びた人たち。その多くは中国といった、急激な成長を遂げたアジアの新興国の人たち。なかには、この20年で実質所得が2倍、3倍となった人たちもいるそうだ。グローバル化の恩恵を大きく受けている。
 次はC地点。世界の上位1%に入る富裕層。すでに裕福だったものの、この20年間でさらに富を拡大。資本主義経済では、資本家が優位に立っているため、格差が拡大する傾向にあるという話をよく耳にする。このグラフでも分かりやすく表れている。
 最後のB地点。先ほどのA地点の人々より裕福なものの、20年で実質所得の増加が見られなかった人たち。「失われた20年(今では30年)」という言葉と結びつく。そう、このB地点は、日本やアメリカといった先進国に住んでいる中間層が多くを占める。この20年間(1988から2008年)、所得は上がらなかったことを示している。

エレファントカーブの要因

 説明が長くなったため、一度まとめる。まず、エレファントカーブより、勢いのある新興国の人々が所得を大きく伸ばしたことを読み取った。これと同時に、富裕層がより稼ぎ、先進国の中間層の所得は増えなかったことも確認。言い換えると、日本で実質賃金が横ばいとなっている現象を含め、先進国のなかで所得格差が拡大していることを示唆しているグラフとなる。
 
 そうなると、私たちが知りたいことは一つ。「なぜエレファントカーブのグラフが示す現象が起きているのか?」書籍「大不平等」によると、ITとグローバル化が大きな要因。まず、ITといった技術の進歩によって、労働者の仕事がソフトに取って代わられたそうだ。さらに、グローバル化の影響で、製品を作る場所が、労働コストの高い先進国から労働コスト低い国へと移されたことも大きく影響。

エレファントカーブが示唆するもの

 このエレファントカーブは、世界の経済の問題をわかりやすくまとめたグラフ。
 たとえばアメリカの大統領選を想像してみる。国内の所得格差が拡大している問題は必ず議論される。とはいえ、格差を是正しようにも、世代間で資産やコネが受け継がれ、歯止めが効かないようだ。
 先進国で格差が拡大していることとあわせて、忘れてはいけないポイントが他にもある。それが世界全体で見たときの、国家間の格差の問題。書籍「大不平等」によると、国家間のグローバルな不平等が拡大した証拠はないものの、依然グローバルな不平等は大きいとのこと。
 読者のみなさんの予想している通り、「どの国で生まれたか」で、今も昔も所得が決まりやすい。とくにエレファントカーブの左端に注目してみる。最貧困層の所得は全く伸びていない。貧しい国々では総じて、労働時間も長く実質賃金も低いままだ。

エレファントカーブから考える今後の日本

 エレファントカーブを見ていくと、複雑に絡み合った世界の経済活動を考えるきっかけになる。自分たちの日々の生活だけでなく、他の立場や、他の国の人々の生活を考えるきっかけにもなる。とてもこの一つの記事では収まらない内容だ。
 ひとまず、ここでは日本経済について整理しよう。日本の格差の広がりは、アメリカと比べると緩やか(参照)。しかし、世界の競争の中、日本経済を盛り上げること、そして国民全員の所得を引き上げること。エレファントカーブを通して、これらは難しい挑戦であることを痛感する。現代の状況は高度経済成長を遂げた時代とは全く異なる。高い技術力を持つ国は増え、少子化問題も抱えている。これからはよりシビアな競争が強いられる。

正しい社会のあり方

 読者のみなさんはここまでどう考えただろうか。「どうすれば良いのか?」個人的には少し路頭に迷った感覚。世界の市場のなか、日本が経済成長できるように貢献するという選択。世界や身近な貧困のために貢献するという選択。経済問題は頭の片隅に置きつつ、出来ることから手をつけるという選択。どの方向にせよ、日々気合いと根性で進むしかないということか。
 あと読者の中には、次のことについて考えた人もいるかもしれない。それが、「正しい社会のあり方とは?」これを皆で議論する重要性が増しているのではないか。

哲学者の声

 とくに最近、書店で哲学者の本が目立つ時期があった。エレファントカーブで見てきたように、最近のグローバル資本主義によってあらゆる問題が浮き彫りになっている。その危機感が影響しているのだろう。わたしも本に目を通したことがある。
 正義論で有名な哲学者ジョン・ロールズは、「才能の有無は偶発的であるため、それが生み出す所得や富は共通の資産とみなそう」と主張。また、少し前に日本でも話題になった哲学者マイケル・サンデルは「金儲けがうまいことは、功績の尺度でもなければ貢献の価値の尺度でもない」と述べていた。
 厳しい生存競争に私たちは身を置いているからこそ、「平等のあり方から社会を考え直し、みんなで協力していこう」というメッセージの発信に感じた。また、社会の正しい在り方について見ていくと、頻繁に登場する人物としてアマルティア・センが印象的だ。

ケイパビリティ・アプローチ

 経済学者・哲学者のアマルティア・センが提案したものに「ケイパビリティ・アプローチ」がある。これは、社会の中で人の平等を議論するときの思考法。シンプルにいえば、人の平等を議論するときには、その人のバックグランド(財産、給料、身体的な能力、精神的な状態、教育、性別、価値観、社会的立場、住む場所、所属するコミュニティなど)を考慮し、その人が人生の中で達成できることを最大化できるように考えることが重要だというもの。これがわたしなりのケイパビリティ・アプローチの解釈。
 読者のみなさんはケイパビリティ・アプローチについてどう感じただろうか。一見すると、「そんなことは当たり前ではないか?」と思ったかもしれない。ただし、いざその議論ができるかと問われると、話は変わってくるのではないだろうか。まず、他人の立場を聞くことは時間的にも心理的にも大変だ。自分の立場と比較するきっかけにもなる。つい感情的になる。たくさんの勉強と人生経験、正しい方向へ議論を導くスキルも必要。さらに、議論から対策の実行へ移すとなると、さらに求められる能力は高い。ようするに、ケイパビリティ・アプローチは困難な道のりを示す。
 しかし、大変でも、ケイパビリティ・アプローチが重要だとアマルティア・センは主張する。おそらく、正しい社会のあり方を考えるうえで、簡単な道のりは無いということではないか。また、安易な意識で社会に働きかけることは、却って正しい社会から遠ざかるということかもしれない。
 複雑な社会に対して、正しい社会の在り方を考え続けたアマルティア・セン。読者の中には「アマルティア・センとはどんな人物か?」こんな疑問を抱いた方もいるかもしれない。そこでこの記事の最後に、このアマルティア・センの生涯を追ってみる。

アマルティア・セン image from wikipedia

アマルティア・セン

 最初にアマルティア・センの功績を一つ紹介すると、世界で唯一、欧米の国籍を持たないインド人としてノーベル経済学賞を受賞している。このオンリー&ナンバー・ワンの実績からも想像できるように、センの飛び抜けた才能は回顧録からも垣間見える。 
 たとえば、留学先のケンブリッジ大学でのエピソード。博士論文は優れた評価を受ける(権利、責任、報酬のある研究員の地位に選ばれる)。だが驚くべきは、その論文が提出期限の数年前に既に終えていたこと。余った時間は、インドに戻って大学の経済学科長となり、講義を行う(このとき22歳)。その後もあちこちの大学から引っ張り凧。頻繁に経済や哲学の第一人者と議論を交わし、あくなき探究心で講義や研究を続け、平等な社会を模索していく。まさに秀でた才能を持った人生だ。
 では次から、そんなセンが、なぜ平等というテーマを追求することになったのか。また、具体的にどのような方法で解決策を模索したのか。ここから詳しく説明したい。

アマルティア・センの半生

 センの出生から見ていくと、ベンガル地方(現在のインド西ベンガル州とバングラデシュがある地域)の裕福なエリート家庭のもとで誕生している。しかし、当時のベンガル地方では、壮絶な現実が常に隣り合わせ。貧困層の学べない子供たちを幼少期からたくさん見て育つ。また、ヒンドゥーとムスリムの宗教対立が激しい時期には、貧困層の労働者が巻き込まれて死亡する事件にも遭遇。さらに、約300万人が亡くなった1943年のベンガル飢饉も体験している。当時10歳だったセン自身も貧困層の人々が餓死する現場を目撃。
 当時のインドはイギリスの植民地下。さらに宗教対立やカースト制度まで見られ、格差が多様に入り混じる社会。これらの原体験から、センも「自分が社会のために何ができるか?」考えるようになった。解決方法に用いられたのが大学で専攻した経済学。民主主義による一貫した政治は実現できるのか(アローの不可能性定理)や、本質を見抜かれないように労働者が搾取されている理論(マルクスの労働価値説)など、熱心に勉強したそうだ。
 その後、セン自身も不平等が生まれる仕組みを研究し、具体的な解決策を発信していく。たとえば、身をもって経験したベンガル飢饉の研究もその一つ。この歴史的な大飢饉が起きたメカニズムを理解するため、飢饉の発端を調査している。以下が調査によるベンガル飢饉の全貌だ。

ベンガル飢饉の研究

 まずはじめに、飢饉が起きた当時、ベンガル地方には十分な食糧があったようだ。しかし、第二次世界大戦の真っ只中だったことで状況は急転する。インド近辺に来ていた戦争関係者(インド軍、日本軍、イギリス軍、アメリカ軍)が食糧を大量に購入したことで、食糧価格が高騰。これがパニックを引き起こした。さらに問題を悪化させたのが、ベンガル政府の政策。
 政府の目的は戦争の継続。そのため、戦争を継続させるために不可欠な都市部(カルカッタ)の産業に就く労働者の支援に動く。そして地方から食糧を買い取り、都市部の労働者に配給していく。結果、食糧を搾取された地方の貧困層の間で飢饉が広がっていった。以上が飢饉が起きたメカニズムだ。
 ほかにも注目すべき点は、この時インドを植民地にしていたイギリスの動き。なぜこの飢饉問題を放置していたのか。どうやら、第二次世界への士気に影響が出ることを恐れ、イギリス本国ではインドに関する報道を規制していたようだ。
 そしてあるとき、拡大する飢饉に見かねたイギリス人編集者が公表することを決意。すると、公表されたショッキングな事実にイギリス国内から共感の声が出る。ようやく、今後の政策に対する公共の議論へと発展していく。最終的にイギリス政府は飢饉救済を進めていき、事態は収束に向かった。

共感による不平等の解決

 これがセンの調査によるベンガル飢饉の流れ。もともと食料は十分にあったものの、経済的な搾取や政治的な動きが複雑に絡み合い、貧困層の間で飢餓が発生したことを分かりやすくまとめている。そして飢饉の収束に向かった重要なポイントの一つとしてセンが挙げていたのは、情報が公表されたことで生まれたイギリス中の共感。これが民主政治を救済の方向へ動かしたと分析していた。

まとめ|個人の自伝が残ることによる未来の社会のメリット

 以上、「日本経済の見通しは?」というテーマで記事を書いた。前半ではエレファントカーブを見ながら、技術の進歩とグローバル化がもたらした所得格差を確認した。また記事の後半では、正しい社会のあり方ついて研究を重ねたアマルティア・センのに注目。難しい不平等の問題。その解決には、共感をきっかけとした議論が大切で、ケイパビリティ・アプローチの考え方から、正しい社会を築き上げていく方法を提案していた。
 センは、グローバル化が問題を引き起こすことを理解したうえで、「他の人を知ることは、自分たちの道徳や世界をどう見なすかを含め、世界をどう考えるかについて深い意味合いを持つものだ」と述べていた。
 グローバル化の中、経済の停滞や格差といった問題が取り上げられている。共感をきっかけに議論すべき問題だ。ただし、足元の状況を見てみると、やはり問題の根は深く、あまりにも複雑。それに対して、議論する時間は有限。問題には、どうしても優先順位がつけられる。そして解決が困難なものから、そもそも気が付かれないものまで、たくさんの問題は未解決のまま時間は流れていくことになるだろう。
 そんな中、アークカイブに執筆いただいた自伝に目を向け、未来を想像してみる。すると、自伝のなかに潜む一人一人が抱えていた問題に対し、共感する人が未来で現れるような気がした。誰一人として見過ごされることのない、長期的な議論のはじまりだ。どうだろうか。可能性としては十分にありえる話。
  そこでわたしは、誰もが自伝を執筆し、それが長期的に保管されるサービスや体制を整えるため、匿名性自伝サービス「アークカイブ」の運営をはじめる。

【参考文献】

・内閣府 「一人当たり名目賃金・実質賃金の推移」https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je22/h06_hz020105.html
・ブランコ・ミラノヴィッチ(2017) 「大不平等ーーエレファントカーブが予測する未来」 みすず書房
・池田信夫(2014) 「日本人のためのピケティ入門」 東洋経済新報社
・神島裕子(2018) 「正義とは何か」 中央公論新社
・実力も運のうち(2023) 「実力も運のうち」 早川書房
・アマルティア・セン(2018) 「不平等の再検討」 岩波書店
・アマルティア・セン(2022) 「アマルティア・セン回顧録 上」 勁草書房
・アマルティア・セン(2022) 「アマルティア・セン回顧録 下」 勁草書房

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