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ホットク 호떡

 日本では冬が近づくと肉まんが恋しくなるように、韓国ではホットクが恋しくなります。

 ホットクとは「おやき」に似た食べ物ですが、中に入っているのは甘い蜜です。小麦粉やもち米粉などで作った生地はフォカッチャのように柔らかいです。これを専用のホットクヌルゲという物で押し、平らにします。
 油を引いた鉄板の上で作るので、もちもちとした生地に適度に焦げ目が付き、カリッとした食感が混ざります。かじると、中からはやけどするように熱い黒砂糖やシナモンなどの溶けた蜜が溢れ出てきます。

 屋台で出来たてを買い、北風に晒されながら、ふうふう冷まして、かぶりつくのがホットクの食べ方の作法です。学校の下校時間に合わせて校門前に、屋台が集まってきます。トッポッキと人気を二分する下校時のおやつです。

 私の家でも時々、妻が作ってくれます。今は日本でも探せば、市販のホットク作りの素を買うことができます。

 最近は中に肉まんのように具材を入れたり、チャプチェを入れたり、日本の肉まんシリーズのように進化しています。

 昔、韓国の子供服をネットショップで販売していた頃、深夜の南大門市場によく仕入れに行きました。南大門市場は昼間は一般客や観光客相手の小売りをしていますが、深夜になると地方から買い付けにきた業者相手の卸売りの場となるのです。南大門市場は24時間営業で眠らないのです。

 百戦錬磨のアジュマ(おばさん)相手にくたくたになりながらの帰り道、深夜営業している屋台からとても香ばしい匂いが流れてきました。思わずおなかが鳴った自分を見て、アジュマは笑いながらホットクを差し出してくれました。

 ホットクのトク(떡)はお餅という意味ですが、ホ(호)は漢字で胡と書きます。胡とは中国のことです。中国からやってきた人たちがホットクを生み出したと言われています。

 日本人の自分が、中国人が生み出した食べ物を、韓国の路地で、月を見ながら食べました。頬をアジアの風が優しくなでていきました。

 自分が何人でもなく、単なるアジアの民になったような気がした──不思議な夜でした。

第13回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞して自衛隊ミステリー『深山の桜』で作家デビューしました。 プロフィールはウェブサイトにてご確認ください。 https://kamiya-masanari.com/Profile.html 皆様のご声援が何よりも励みになります!