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青い空  SS0019

文化の日 201811/3

「──我々の護るべき文化とは一体、何なのであろう」
 志願を終えてから、頭の中でずっと考えていた言葉を、ふと漏らしてしまったら、学校の室内が突如として騒がしくなった。

「俺は、文化とは社会や組織の一員として身につけるべき生活様式だと思う」
「先祖から引き継いできた有形、無形の成果の総体だな。身近で言えば、家族だ」
「いやいや、培ってきた精神的活動のことだ。俺は自分に恥じることはしたくない」
「みんな固いな。文化は芸術のことだろう。すばらしい小説や絵画、最近は映画もいい。それを楽しむ人たちのために、だ……」
「文化とは、人が人らしく生きるために必要なものだ。何としても護るべきものである」

 同期は堰を切ったかのように、文化について持論を語り出した。まるで自分を納得させるかのように、言葉を絞り出す。

「文化とは精神。我が大和(やまと)民族固有の精神を護るためである」大柄な男が声高に言う。
「それでは他民族の文化はどう扱うべきなのか」、「尊重すべし」、「和洋折衷」、「利用すべし」様々な意見が飛び交う。
「でも俺は、米国の文化もすばらしいと思う。昔見た映画は良かった」多くの者がうなずく。
「分かり合えるかもしれんが、もう遅いな」

 皆が大きなため息をついた。

「では、我々の死は、我々の文化として必然なものになるのか……」場が静寂に包まれる。
「──分からん、が、俺は祖国の文化を護るために、死にゆくことを決めたんだ」
「軍人の文化とは死ぬことだ、仕方がない」
「まあ、でももう少し文化を享受したかった。うまいものを食い、小説や歌に楽しみ、祖国の景色を堪能して、家族と、もうしばらく一緒に過ごし……」 鼻をすする音が聞こえた。

「……なあ、平和で文化を楽しめる日が、祖国にまた来るかな」
「──来る。そのために俺たちは死ぬんだ」
「ならば、死ぬのも悪くはないな」
 男たちは皆、顔を見合わせて笑った。

 一九四四年十一月三日―明治節の夜。陸軍航空士官学校の居室で共に過ごした彼らは、全員、特別攻撃隊―八紘(はつこう)隊に志願していた。
 まだ二十歳にも満たない若い者たちは、その後、全員、フィリピンに移り、彼らの信ずるものを護るため、南国の青い空に散った。
 終戦まで五千人近い者が、その命を捧げた。


 七十四年後の十一月三日、文化の日。修武台(しゆうぶだい)と呼ばれた陸軍航空士官学校のあった航空自衛隊入間(いるま)基地では、航空祭が行われていた。
 大量の人出で賑わう滑走路の逆側に佇む、修武台記念館の前に、私は立っている。

 特攻の話を知ったとき、私は、「なぜ」と思った。なぜ彼らは、その命を捧げたのだろう。この地に来れば分かるような気がした。

「ねえ、お姉ちゃん、今、幸せ?」

 私の問いに、隣で口を開けながら、空を飛ぶ飛行機を見ていた姉は答えた。
「そりゃあ、幸せよ。護(まも)ちゃんとの結婚式、どうするか考えるだけで、幸せすぎて死にそうなのよ。陸夫(りくお)、新婚旅行どこがいいかな」

「知るかよっ、そんなこと」運転手として栃木県さくら市からここまで来た兄は不機嫌だ。

 地鳴りのような大歓声が、響いた。

 入間の青い空に、曲技飛行をしたブルーインパルスが、白いスモークでハートを描き、一本の矢が、それを見事に貫いた。

 姉も兄も―私も、口を開け、そのすばらしい光景に見とれている。今日は日本全国で文化を楽しむ行事が、多数行われている。

 文化の日──自由と平和を愛し、文化をすすめる―の空は、平和で美しく、青かった。

第13回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を受賞して自衛隊ミステリー『深山の桜』で作家デビューしました。 プロフィールはウェブサイトにてご確認ください。 https://kamiya-masanari.com/Profile.html 皆様のご声援が何よりも励みになります!