【洋画】ルームシェア 忍び寄る魔の手 – あらすじ
「人は望むものを信じるものだ」
作家 ユリウス・カエサル
約22,000字ほど。
【感情のトリガー↓】
第一章:【怪】
第二章:【驚・憾】
第三章:【悲】
第四章:【緊】
最終章:【緊・晴】
第一章:魅惑的な男
《ピンポーン》夕刻、ドアのチャイムがなった。
《ガチャ》玄関のドアをあけたアリソン。
「……ジェームズさんですか? “A i r b n b” の」わかい “サンドラ・ブロック” をブロンドにしたような女性——アリソン(三十)がたずねた。
「あなたが、アリソン?」左手をのばして聞かえしてきたこの男性は、“トム・クルーズ” のような面持ちをした超絶なイケメン——ジェームズ(三十)。
「ええ、はじめまして」ジェームズと握手をしながらアリソンが言った。
「こちらこそ」
あいさつと世間話をすこし交わしたところで、アリソンは訊いてみた。「あのー、ご家族のかたは?」
「家族?」とジェームズ。
「ええ、奥さんと お子さんがいるでしょ?」けげんそうな顔のアリソン。
「ああ……」うすい T シャツに、カジュアルなジャケットを着たジェームズは、ばつの悪そうな顔をした。「プロフィールを更新してなくて……じつは……離婚したんだ」
「あら……それは残念だわ」タイトなスキニー・パンツに、ノースリーブのトップスを着たアリソン。
「今度、娘のリリーも あそびに来る予定なんだけど」ボストン・バッグを肩にかけているジェームズ。「マズイならホテルに……」
「いいのよ!」言下にアリソン。「心配しないで」
「ほんと?」
「ええ……」
襲われるしんぱいのない家族を選んで つかわない地下室を貸しだしたのだが、訪ねてきたのはジェームズという男性——ただ一人。しかし、ここまで来てくれたのに帰すのも おさまりが悪い気持ちになるし……両親が残してくれたこの邸宅を手放したくもない。が、だからといって、弁護士事務所にもどれる見当もついていない……アリソンは、家の固定資産税をはらうためにも、しぶしぶ 部屋を貸してあげることにしたのだった。
「この下よ」アリソンが言った。おなじ家の地下室でも 玄関がちゃんと分かれており、その階段をおりていくと、広間のようなリビングや、ビリヤードの置かれたプレイ・ルームまでもが設けられている。いままでの暗くてジメジメしているというようなイメージは、いい意味で壊してくれるだろう、そんな場所だ。「どうしてこの街ちに?」先に下りていくアリソン。
「ああ……ベンチャー企業に投資しようかと」階段を下りながら、ジェームズがこたえた。
「あら、おもしろそうね。ここよ」とアリソン。
髪型がビシッと整えられているジェームズは、感嘆とした顔でおどろいた。ぴかぴかの輝やかしいフローリングの床に、瀟洒なデザインのキャビネットや、陶板画がいくつも飾られており、おなじように多数の置かれたスタンド・ライトや 天井のダウン・ライトの明かりが、開放感のある広さを物がたっている。
「わーお! すごいな」おもわず両手をひろげるジェームズ。
初日のあんないを問題なく終えたアリソンは、自分の部屋にもどっていった。まだ、ボストン・バッグを肩にかけているジェームズは、キャビネットのうえに置かれた——この辺のオススメ食堂が書かれている——メモ用紙を、ピシッと角と角をそろえてから寝室に向かっていった。
翌朝、私服のうえに仕事用のベストを身につけたアリソンが、一階に降りてこようとやってきた——が、なぜか、したのキッチンのほうから物音がきこえてくるではないか。なんと、自分ちのキッチンで勝手に料理しているのは、あのジェームズだった。まだ、階段の踊り場にいるアリソンは、唖然と立ちつくしている。
「はーい」クッキング・ヒーターで料理しているジェームズに、アリソンが呼びかけた。
「おはよう」スウェットのゆるい短パンに、タンクトップを着ただけのジェームズが、なんの悪びれもなく あいさつでかえしてきた。その猛々しさは、肉体にも表れているのがうかがえてくる。ぶあつい胸板に、ぶっとい筋肉のした腕——走り終えてきたばかりだとうのに、汗もそんなにかいておらず、髪型だって崩れてはいないのだ。
「朝食を作ってくれてるの?」少しばかりの懸念をかくしながら、訊いてみたアリソン。
「ああ、一日をはじめる大事な朝だから」料理を皿に盛っていくジェームズ。「元妻のハンナは、あまり料理しなかったんだよ。なんか、日課になっちゃってさ」
「ねえ、ジェームズ——」
「それって制服?」手に持っているスプーンで、アリソンのベストを指したジェームズ。
「これは……」元々、弁護士の事務所で働いていたアリソンだが、いまは訳あってホームセンターに勤めていた。それが、バレてしまって、すこし気恥ずかしそうにしている。「一時的な仕事なんだけどね……事務所をやめちゃって」
「いや、言わなくていいよ」両手でストップの合図をしながら言うジェームズ。「僕には関係ないことだ」トマトをスライスしながら言った。
いっしょに朝食を済ませたアリソンは、家をあとにした。
勝手にオーナーの部屋にあがりこみ、勝手にキッチンで料理をしていた彼れを、咎めることはしなかったようだ……。
————————。
「貸し部屋のこと言ったの?」売り場で棚卸のチェックをしている幼なじみに、つめよったアリソン。
「聞かれたから、仕方なく……」アメリカズ・ゴット・タレントで熱唱していた少女—— “セリーヌ・タムちゃん” の面影をのこす、サラが言った。
「いいの。ただ、上司がしつこくて」顔がけわしいアリソン。
「もしかして、誘われたの?」小声で訊いたサラ。
「法律関係で手伝ってほしいって」
「やさしくすると誤解されるわよ」しんぱいするサラ。
「わかってるわ」
「それより、貸し部屋のほうは?」あたりを一瞬みわたしてから、サラが訊いた。
「家族じゃなかった」一般客がほどよく散在しているホームセンターの店内を、サラと歩きながらアリソン。「今は別居中らしいの」
「一人できたの?」とサラ。
「来週、子どもが遊びにくるみたい。彼って……」おもわず、顔がゆるみだすアリソン。
「まさか、史上最高のイケメンとか?」クリップ・ボードを片手に、指をさしたサラ。
「“いい人” って言おうとしたの。ハンサムな顔で——体もかなり鍛えてて——」
「はいはい」恨めしげなサラ。
「でも……今朝、一階におりたら、彼れが朝食を作っていたの」足をとめたアリソン。
「現代っぽい男ってかんじ?」とサラ。
「わたしのキッチンでよ」
アリソンは、ジェームズの容姿に好感触をいだきつつも、違和感をおぼえるような行動に、じゃっかんの不安もいだいていた。
そこに——
「アリソン?」スーツでめかしこんでいる男性が、店内にやってきた。
「……マイケル!?」思いもしない再会におどろくアリソン。
その男性は、おなじ学校を卒業していた—— “ウィル・スミス” のような面持ちをした——元同級生のマイケルであった——。
————————。
第二章:揺蕩う好機
⑴ 影の守護者
《ピロロロロロ……!》
帰宅したアリソン(三十)—— “サンドラ・ブロック” をブロンドにしたような女性——は、大理石にかこまれたワイドなユニット・バスに浸かっている。優雅にキャンドルの灯火でくつろぎながら、彼女は スマホのスピーカーを オンにした。
「もしもし」白くきめこまやかな泡で、鎖骨のあたりまでしか見えないアリソンが言った。
『電話に出れなくてごめん』相手は おなじホームセンターではたらいてる幼なじみのサラ——アメリカズ・ゴット・タレントで熱唱していた少女 “セリーヌ・タムちゃん” の面影をしている女性。
「ブランドン(アリソンの上司)のこと、あなたが正しかった」遠くをみつめながらアリソン。
『なにかされたの?』とサラ
「……いやらしく触ってきたの」
『かわいそうに』悲しげにサラ。
浴室からでてきたアリソンは、股がかくれているていどのバス・ローブを着て、二階の寝室まであがってきた。が、まだ、親友のサラとは会話中だった。
「なんで変な男ばかりよってくるの?」ベッドに座ったアリソン。
『あなたは悪くないわ』
「明日、どんな顔してあえばいいの?」憮然としたアリソン。
幼なじみのサラは、親身になってアリソンの愚痴を聞いてあげていた。だが……このときアリソンは、まだ気づいていないのだ。自分たちの会話を盗み聞きされていたということに……いつのまにか、アリソンの——大家の——部屋にあがりこみ……いつのまにか、二階の寝室をうかがっていた——ジェームズの存在に……。
翌朝、アリソンはユニフォームに着がえて一階におりてきた。キッチンのほうは——このまえ、彼れに かるく忠告していたため——使われてはいなかった。どうやら、彼女の一抹のふあんは無くなったみたいである。家をあとにしようとしいるその姿は、いかにも快活そうだ。
と、そのとき——
「おはよう」緑りのうつくしい雑木がかこむ敷地内にもどってきたジェームズ—— “トム・クルーズ” のような面持ちで、たくましい体躯をした男性——がやってきた。
「あら、はや起きね」すぐちかくに駐めてある、自分の車まで歩いてきたアリソン。
「ハンナ(元妻)に話したら、履歴書をおくってくれ、って」買ってきたスタバのコーヒーをアリソンに渡してあげた。
「ありがとう。本当?」運転席のまえに立っているアリソン。
「彼女の連絡先をおしえるよ」
「良くしてくれてありがとう」車に乗りこむアリソン。「それと、ゆうべは見苦しいとこみせちゃってごめんね」
「いや、僕がいてよかったよ」顔がけわしくなるジェームズ。「あんな扱いはまちがってる(アリソンの上司がつきまとっていた)」
「ありがとう」エンジンをかけたアリソンは、家をあとにした。
——でも、なんであそこにジェームズがいたんだろう? 上司と食事に行くことは伝えていたけど、レストランの場所まで言ってなかったのに……。
まだ陽のしずんでいない時間帯に帰宅したアリソンは、敷地内の庭をみて、おもわず賞嘆のため息をもらしてしまった。これまで手入れしていなかった雑草だらけのお庭に、あでやかなお花たちが植られていたのだ。その庭のなかで、まだ作業を黙々とこなしているジェームズの姿に、つい、はしたない笑顔がこぼれてしまう。このとき、彼女の下半身がさらに湿気っていたことは言うまでもないだろう……なんと、あの超絶なイケメン——ジェームズは、上裸すがたになっていたのだ。それはもう、男でも惚れぼれしてしまうくらいの肉体美。そして、トム・クルーズのような容貌である。
「なにやってるの?」声をかけずにはいられなかったアリソン。「まえに庭仕事でもしてたの?」
「まあね」ムキムキのからだで立ち上がったジェームズ。「勝手にやってて大丈夫かい?」
「ええ、むしろ助かるわ」すこし彼れにちかづいた。今すぐ、その胸に飛びつきたい衝動をおさえながら。
すると——
《ピロロロロロ……!》
「お! ちょっとごめんね」ジェームズが めのまえで T シャツを着ている最中に、アリソンは携帯にでた。「もしもし。——マイケル? 本当? 面接してくれるの?」
笑顔で話しているアリソンを不安げにみつめながら、ジェームズは 黙々とあと片づけをこなしている。
「かるくご飯ならいいわ」電話中のアリソン。「今夜、七時ね」彼女は電話きった。
「だれ?」片づけを終えたジェームズが、アリソンのもとにやってきた。
「同級生よ。彼れの事務所が面接してくれるの」
「そりゃあ、すごい」たくましい左手をひろげたジェームズ。
「ただ……なんていうか……彼って私しに気があるみたいで」当惑をかくせないアリソン。
「なにかあったら、いつでも飛んでくよ」
「大丈夫よ」
その夜、アリソンは元同級生のマイケルと 食事にでかけた。
が、そのいっぽうで……
妖気のただよう夜空のしたで、ジェームズは 車のなかでメールを打っている。
アリソンよ
今夜、飲みに行かない?
昨日のおわびがしたいの
すると、すぐに返事が帰ってきた。
わかってくれてうれしいよ
場所は?
どうやら、そのメールの相手がそこに着いたもよう。とあるレストランの駐車場に駐めたその人物がおりるなり、ジャケットの襟をととのえだした。まるで、海外ドラマ『S U I T S』に出演していた “ガブリエル・マクト” を白髪にしたような面持ちである。彼れは上司というポストをいいことに、部下であるアリソンにつきまとったあげく、下心をまるだしで触ってくるような男でもあった。そんな彼れがいま、ものすごく苦しんでいるのだ。それも息ができないほどに……。
いきなし背後からヒモで締めあげられたアリソンのセクハラ上司——マシューズ・ブランドンは、人気のない路地裏までひきづられていき、大きなスティール製のダスト・ボックスのなかに入れられてしまった!
マシューズを一瞬で制圧してしまったその人物は、おしりのポケットに仕込んでいたライター・オイルを取りだすと、革素材のグローブでつかんだそれを、なんの躊躇もせずにかけだした。その顔はいたって冷静・沈着で、ぜったいに初犯ではないであろう練達した殺し屋のごとく、あざやかに済ませたその男とは——ジェームズだった。
ダスト・ボックスのフタを閉めた彼れは、南京錠でマシューズを出られないようにすると、火をつけたマッチを「これ、どうぞ」といわんばかりに軽く落としこむ。すると、当然、けむりが上がるやいなや、すごまじい勢いで燃えた炎が「こんにちわ」と、顔をだしているのだ。
それを背後に、ジェームズは そこから立ち去ろうとするのだが、最後の工程がまだ残っていた。それは、その使用済みのオイル容器をそばに置いてから帰ること。
泥酔状態で倒れている——
誰れだか知らない男性のとなりに……。
————————。
⑵ 羽目を外す
「ところで、君のボスは相変わらず?」生ガキを専門とするレストラン——オイスターバーで アリソンと食事をしているマイケルが言った。その形姿はまるで、“ウィル・スミス” といったかんじである。
「ええ……まあね」シルク素材のピンクのカシュクール・トップスを着ているアリソンは、辟易しているかんじで言った。「だから、はやく辞めたいの」
「上司に君を推してみたんだ」とマイケル。
「ほんとう?」
「そしたら、“来週にでも面接にこれるか” って」
「ッホォ?!」ほかのお客さんたちもいるテーブル席で、アリソンは、おもわず甲高い声をだしてしまった。「ごめんなさい」まわりに向けて言った。
これは、また弁護士の事務所で働くことができる またとないチャンスであると同時に、自分を娼婦のように軽くみてくる上司や客たちからも、ようやっと解放されるということを意味していた。
足がはずむように帰宅してきたアリソンは、ワインのボトルをもって、地下室とつながっている部屋のドアをノックした。
「ジェームズ?」
すると、下のほうから「ああ、ちょっと待って」と、彼れの返事がかえってきた。
《ガチャン》ジェームズがドアを開けた。
「はい」ジャケットを急いで着たジェームズ。
「面接が決まったの」嬉しそうなアリソン。
「ほんと!? すごいじゃん!」
「最近、お祝いすることがなかったから」ワインをみせて言った。「いっしょにどう?」
「もちろん。はいって」とジェームズ。
ふたりは階段を下りていき、リビングのソファに落ちついた。
「ここはご両親の家?」ジェームズが言った。「こんな豪邸めずらしいから」
「ふふ。弁護士を一年やってただけじゃ無理ね」とアリソン。「父が亡くなったあと、母は変化をもとめてセドナに行ったの」
「パワースポットか」二つのグラスにワインを注いでいくジェームズ。
「くわしいのね」
「聖なる場所だよ」注ぎおわったジェームズ。「愛や平和について、学べることが多いからね」
「行ったことあるの?」アリソンが訊いた。
おたがい白ワインを嗜んだあと、「そこで、結婚したんだ」とジェームズが言った。
「じつは……あなたたちの会話が聞こえてしまったの」恐縮そうに言ったアリソン。「壁がうすくて……」
「ほんと」
「別れていても友達でいられるってすばらしいわ」
「僕らは、心も——肉体関係も、長いあいだ離れていたんだ……何年もね」
「そうなの?」
「ごめん。知りたくないよね」
「いいのよ。じつを言うと……私しも同じようなもの。元カレとの相性は最悪だったわ」
「どうして?」
「……束縛してくるような人で、友達や同僚にまで嫉妬してきたの……」
「もしかして、暴力も?」
首を縦にふったアリソンの肩は、しずんでいた。
「……僕がいたら君を守ってやれたのに」澄んだ目のジェームズ。
「あなたみたいな人は少ないわ。危険をかえりみず 助けてくれた」ワインの効果が効いてきたのか、それともフリをしているのか、とろけるようになってきたアリソン。
「僕は、ふつうの男とはちがうのかも」
「そうね。まったく違う」アリソンはついに我れを失った。まるで、本能にあやつられてしまったかのように、その魅惑的なジェームズのくちびるに、食らいついてしまったのだ。
「っ!? ごめんなさい」グラスを置いて、あわてて立ちあがった。「わたしったら、何てことを……」
「大丈夫、大丈夫」ジェームズも立ちあがり、ストップの合図をだしている。
「オーナーなのに、もう戻るわ」
「待って、僕——なにかした?」
「ちがう。そうじゃないわ……契約にないことよ」
「僕だって君のキッチンを使ってしまった。君は僕にキスをした。これでチャラってことにしないか」微笑みながらジェームズ。
「気にしてない?」
「大丈夫。起きたことは しょうがない」
「ほんとう?」アリソンの顔に安堵の笑みがうかぶ。
抱いてはいけない恋心——
アリソンは持ってしまった——
家を貸しているジェームズに。
それを胸に秘めて、彼女は上へともどっていった。
しかし、忘れてはいけない——
相手は普通の男ではないのだ。
冷酷な シ リ ア ル キ ラ ー なのだから……。
————————。
第三章:忍ばれる影
翌日——。
「借主さんとはどうなの?」“少女セリーヌ・タムちゃん” を大人にしたようなアリソンの幼なじみ——サラが言った。
「ジェームズのこと?」職場の店内——ホーマックのようなホームセンター——で品出しのチェックをしていたアリソン。「彼れは……元気よ。」思いだすと恥ずかしくなり、そこから離れようとした。
「待って!」サラが追いかけてきた。「どういうこと?」なんとなく、若いころの “サンドラ・ブロック” に相似しているアリソンを引きとめた。
「ああ……」眉をひそめながら言葉が詰まるアリソン。
「もしかして、何かあったの?」瞳が大きくなったサラ。
「……キスしちゃった」
サラの口はあんぐりと開いていた。そして、すぐに 興 をしげきされてしまったようだ。「なんてッ!?」
「シ——! 声 おとして」と小声でアリソン。
「なんでそんなことに?」
「面接が決まった祝いをしてたら……」また、店内を歩きだそうとするアリソン。「ああ、最低だわ」
二人とも三十代でありながら、恋ばなしで盛りあがっているそのありさまは、さながら高校生くらいに戻ったような呈であった。
そのころ、ミステリアスな彼れは……
アリソンの住んでいる一階のドア・ノブ——レバー・タイプ——がまわりだす。《カチャ》という音でとびらは開き、まるで、“トム・クルーズ” のような風貌をしたジェームズが入ってくる。どうやら、地下室とつながっているドアのカギは、なぜか掛けていないようだ。警戒心のうすいアリソンがまだ勤務中であることも、彼れは知っている——そう、抜かりがないのだ、この男は……。——ん!? 右手にはマルチタイプ——黒いサイフのような三つ折りタイプ——の収納ケースを所持している。
いったい、それに何を入れているんだ??
次いで、彼れはリビングから、二階の寝室へと上がっていった。いたって冷静、かつ、ポーカーフェイスで。そして、その中へと入ってきた。綺麗にたたまれているベッドの上には、脱ぎっぱなしのアリソンの下着が置かれていた。これは……ピンクのキャミソールに、柄のはいった黒いショーツ……。ジェームズは、さらっと、それらに触れたあと、メイクようの鏡みや化粧道具のおかれた—— L 字型の架台にまでやってきた。架台の左がわをみてみると、一輪の花が挿された小さな花瓶や香水、そして、アクセサリー用の T 字型・スタンドがおかれている。彼れは、一つだけ外されていた真珠・ネックレスが気になりだしたようで、ちゃんと、スタンドの台に掛けてあげた。
すると、手に持っていたマルチタイプの収納ケースを台のうえに置くと、ジェームズは それをゆっくりと開いていく。取りだしたそれは……角砂糖ほどの小さくて……黒い……レンズのついた……
小型カメラ……。
ジェームズは、その小型カメラを L 字型の角っこに置かれた——ピンクのアサガオのような “ペチュニア” が飾られている——大きめの花瓶に仕込んだようだ……。
地下室のリビングにもどったジェームズは、ちゃんと寝室のようすが撮れているかを確認した。彼れの使用している ノート・パソコンで。もちろん、ばっちり撮れていた。アリソンが夜なよな、布団のなかでモゾモゾしているところも、問題なく映ることだろう。が、彼れの表情はいっさいにゆるまない。肘をおいた右のてのひらで自分の頬を支えている彼れの顔は無表情のまま。
すると——
《プ——プ——》(アラート音)
ジェームズの見ていたパソコンの画面に、突如——
『ジェシカ・ロバーツが発見』という文字が表示された。
すぐに、彼れはその記事をクリックした。
すると、そのトップに表示されているタイトルには——
『“登山者が行方不明になっていた女性の遺体を発見!”』
と書かれていた。
その記事を読んだジェームズの顔には——
少しばかりの曇りが生じていたのだった——。
————————。
「アリソン」動揺をにじませている幼なじみのサラが、ホームセンターのバックヤードにいる 彼女のところにやってきた。「こちら、刑事さんよ。話しがしたいって……」
サラの右となりには、警察バッジをぶらさげている女性と 男性刑事もならんでいた。
「……なんなの?」訝しげにたずねたアリソン。
すると、男性刑事の口がひらいた。
「マシューズさん(上司)に、最後に会ったのはいつですか?」
……………………
————————。
《コンコンコン》
「アリソン? 大丈夫か」帰宅してきた彼女のようすを心配し、ジェームズが玄関のそとから呼びかけていた。すると、ドアを開あけたアリソンのようすは、まさに意気消沈としていた。「大丈夫?」彼女の肩をだきよせた。「何があった?」
「……殺されたの」泣きながら身をゆだねたアリソン。
「え? 誰れが?」と手をはなしたジェームズ。
「わたしのボスよ」
「レストランの時の?」顔を顰めてみたジェームズ。
すると——
《ピンポーン》
「誰れか呼んだ?」いぶかしげにジェームズが訊いた。
「ええ」すると、アリソンは玄関のドアをあけた。「はい」
アリソンとハグを交かわしている女性は、サラだった。この時、はじめてジェームズと 彼女は対面する。
「こちらは、ジェームズよ」アリソンはサラに紹介した。
アリソンと肩をよせているサラに、かるく会釈をしたジェームズ。「ボスにお悔やみを」警戒しているかのように腕をくみながら、サラに言った。
「ありがとう」と、うらぶれているサラ。
ジェームズは三人分のお茶を入れに行った。
「誰れかが私しをよそおって、マシューズにメールしてたみたいなの」リビングのソファに落ちつきながら、アリソンが言った。
「ウソ?」と怪訝な顔のサラ。「携帯から?」
「番号は違ってたけどね」とアリソン。
「それって……怖すぎでしょ」
まだ、ジェームズがお茶を入れているとき、アリソンの携帯がなりだした。相手は、もと同級生のマイケルが紹介してくれた 事務所のかたで、“面接は明日の午後二時でどうか?” という知らせであった。彼女は、それに 二つ返事でかえすのだった。
「ダメじゃない」マイケルを疑っていたサラが言った。
「犯人なら面接の設定なんてしないわ」とアリソン。
そのタイミングで、ジェームズがお茶をはこんできた。ふたりの会話を聞きもらさないように、ふたつの聴覚を研ぎすませながら……。
その深夜——。
マシューズ——“ガブリエル・マクト” を白髪にしたような面持ち——を殺した犯人は、アリソンの名前えをつかって誘いだしていた。まるで、彼女のしわざに見せたかったかのように。つまり、犯人はアリソンのことを知っている人物である。それを心配した幼なじみのサラは、アリソンと おなじベッドで泊まることにしたのだった——。
《ガタ……》
アイマスクをして熟睡しているサラをよこに、物音で目を覚ましたアリソンは、ベッドから降りて、廊下の手すりから下をのぞこうとしている。恐る……おそる……辺りもみわたしながら進んでいく……なるべく、足音を立てないようにすすみ、手すりにつかまった。その道中、はげしい豪雨のなかから、ピカッとひらめく大きな轟音におどろかされてしまったが、それでも臆せずに、ゆっくりと下をのぞいてみた……そこから見えるのは、カーペットが ほどこされている階段の踊り場……しかし、誰れかがいる気配はみられない……。ショート・パンツにタンクトップを着ているアリソンは、寝室のほうを振りかえって——
「「っ!?」」
アリソンのすぐ目のまえに立っていたのは——色ちがいのショート・パンツとタンクトップを着ている——サラだった。
「なにしてるの?」動顛したアリソンが小声で言った。
「あなたこそ」おなじくサラ。
「物音が聞こえたのよ。ただの風だとおもうけど……」下の階をみやったアリソン。
「なに?」不安げなサラ。
「見に行きましょう」アリソンは サラをつれて、下りていくことにした。
「カギを新しくしたほうがいいわ」階段をおりながら、サラが言った。「地下室のほうはすぐに」
「なぜ?」とアリソン。
「境界は明確にすべきよ」リビングまで降りてきたサラが言った。「わたしが “泊まる” って言ったら、様子が変だったわ。それに、わたしの嫌な感はいつも当たるの」
「過剰に反応しすぎよ」部屋の窓壁から外をのぞいたアリソン。
「ちょっと聞いて。彼れは二回もキッチンをつかってた——禁止事項になかったからよね」キッチンも確かめながら、サラがつづける。「あなたの留守のあいだ、彼れは何してるとおもう?」
サラの——危険を感知する——アンテナのような第六感のはたらきというのは、瞠目すべきものがあった。あの晩、初対面だったジェームズという男に、一目でなにかあやしいと感じとっていたのだ。
翌日、おさななじみの忠告を素直にうけいれたアリソンは、部屋のカギをすべて換えるべく、業者に依頼したのだった。
が、アリソンも サラも、まだジェームズが犯人だとは気づいていない。そう——気づいていないのだ、昨夜のその会話もすべて……彼れにつつぬけだったということに……。
どうして、タイミングよく玄関をノックしてきたのか——
カメラに、元気のないようすが映っていたからである。
そう——気づいていなのだ——
彼女たちのあられのない姿をさらしていた——
浴室にもカメラがあったということに……。
————————。
第四章:目の上の瘤
“トム・クルーズ” のような面持ちで、たくましい体躯をしているジェームズ。たったいま彼れは、緑りのみやびやかな雑木がたたずむ住宅地——アリソンの邸宅にもどってきたところである。陽がまだ真上にはたっしていないが、ランニングを終えてきた——タンクトップに 短パンすがたの——彼れは、小手をかざしながら歩いている。そして、ちょうど過ぎ去った車のお尻をみやっていた。
「もしかして、カギの業者?」門扉を過ぎた玄関まえに立っているアリソン—— “サンドラ・ブロック” ふうのブロンド女性——に、ジェームズが訊いた。
「ああ……サラに忠告されたから……」濃いブルーのカーディガンに、スキニー・パンツを着ているアリソンが言った。「一階にあがる地下室のドアに、カギをつけたわ」
「おお、それは良いね」とジェームズ。「用心にこしたことないよ」
「気に障るかとおもって心配したわ」とホッとしたアリソン。
「キミの安全が第一さ」まるで、イ・ビョンホンばりのキラー・スマイルをしたジェームズ。
すると、アリソンの携帯が鳴りだした。
「ごめんなさい」電話にでたアリソン。「もしもし?」彼女の顔に 陽が照らされた。「それはよかったです。わかりました。なにかあれば連絡ください、では」電話を切ったあと、腕をくんでいるジェームズに言った。「犯人が捕まったって」
「上司(マシューズ)を殺したのは、マイケルじゃ?」いたって自然にジェームズ。
「泥酔していた放浪者が、携帯とオイルを所持していたらしいわ」すると、急にチクチクと胸がいたみだしたアリソン。「最悪だわ……」
「どうして? 逮捕されたんだろ?」とジェームズ。
「警察にマイケルの名前えを出してたのよ」とアリソン。「彼れ……頭が良いから、すぐに話したのが私しだって気づくわ」
このとき アリソンは見逃していた。彼れの眉がいっしゅん、ピクッと反応していたことに……。
「とにかく面接の準備をしなきゃ」アリソンは、自分の部屋にもどっていった。
ピシッとしたスーツで面接を終えたばかりのアリソン。彼女はいま、マイケル——もと同級生で、ウィル・スミスのような面持ち——の紹介してくれた事務所から、自宅にもどろうとしていた。
「おおう」アリソンが車で走りだすまえに、マイケルが声をかけてきた。
「あら、見えなかったわ」開いていた運転席の窓から、アリソンが言った。そして、エンジンを切った。
「で、どうだった?」アリソンの窓枠に、両手を据えながらマイケルが言った。
アリソンのその明るそうな顔をみるかぎりでは、どうやら手応えがあったもようである。そう感じたマイケルは、不敵な 笑みを浮かべながら、走りさるアリソンの車のお尻をながめていた。
すると——
「……ゔぅ……ぅぅぅ……!」
なんと、まだ陽がのぼる真昼間だというのに、マイケルが首を締めれているではないかっ! 自分の両手でそのワイヤーをゆるめようと、必死にもがいているのだ。それは、あまりにも刹那のこと。黒い革手袋をはめた両手で、きつくワイヤーを締めあげている人物は——やはりジェームズだった。彼れはマイケルの背後から襲いだすも、その視線は彼れにではなく、つねに周りを警戒している。そして、そのまま駐車場に駐めてある——誰れのだかわからない——車のピラー部分に、彼れの側頭部を《ゴ——ンッ!》と力いっぱいに打ちつけ、たちまち気絶させてしまったのだ!
なんと大胆、かつ、無謀ともおもえるその姿……
さながら、『コラテラル』のトム・クルーズ——
そのもの——。
《……ザクッ……ザクッ……》
ジェームズがレンタカーを借りてやってきたところは、郊外からはなれた国有林の中である。木漏れ日の差す——壮観ともいえるこの森のなかで 彼れはいま、土を掘っていた。全身を黒の作業着でまとめあげたジェームズは、不動のたたずまいで倒れているマイケルの——着信のなったメールを開示した。
感謝の言葉もみつからない!
大きな借りができちゃったわ!
アリソンからのメッセージだった。
「残念だったな」メールを見ながら、ジェームズは ボソッと——嘲るように——マイケルにつぶやいた。
すると——
「ンッ!」と意識のもどったマイケルが、反撃に転じてきたのだ! ヒモで縛られている両手をつかって、アッパーするみたいにジェームズの顔面を直撃! その怯んだすきに、マイケルが立ちあがった!
落とし穴のように掘られた地面が 間 にある二人の距離は、およそ五メートルほど。
「誰れだおまえ?」白のワイシャツにネクタイをしているマイケルが言った。「なぜ俺れをねらう?」
同じく立ちあがったジェームズが、顔色をかえずにゆっくりと近づいてくる。「頭が良いんじゃなかったのか?」そして、地面に差しこんでいた——先の尖ったショベルの柄をつかみだす。
「彼女のボスを殺したのは、おまえか?」うしろに後退りしながら、マイケルが言った。
「ふふ……さすがだな」距離をつめようとしているジェームズ。
ふたりは、時計まわりのように横歩きしている。そのさい、なんどか攻撃できるチャンスはあったものの、ジェームズは、まだ手をだしてはこない。ときおり、ショベルで威嚇してくるていど。
「望みはなんだ?」反撃のチャンスを窺っているマイケル。
「アリソンとの未来が欲しいのさ」ジェームズがのたまった。「子どもと——庭つきの家もな」顎をしゃくりだす。「おまえもだろ?」
「……」ジェームズを瞠りつづているマイケル。
すると、ついに動き出した!
「ヤ——!」一メートルほどあるショベルを、大きく振り回したジェームズ。だが、マイケルに避けられた。
すると、今度はマイケルが突進する! 地面にたおれこんだジェームズの首を絞め殺そうと、しばられた両手で彼れのノドをあっぱくしたのだ!
ジェームズも必死に自分から引きはなそうとしている! が、思いのほか、馬乗りしてきたマイケルの力はつよかった。そこでジェームズは、右ひざをマイケルのよこ腹めがけて ドフっと蹴りあげた!
「ゔあぁっ!」という苦痛の声をもらしたマイケルは、さらに、彼れのパンチを下からもらってしまい、地面にたおれこむ。そして、起きあがろうとしたところに、また、重たいパンチが顔面にやってくる! 前歯がぽろっと吹っとばされ——
————————
《——ザクッ!!——》
……………………
縦につき刺っていた……
先のとがったショベルが……
マイケルの首に……。
————————。
「ちょっと! どうしたの?」夕まぐれに帰ってきたジェームズの車を確認したアリソンがやってきた。
「! ああ……恥ずかしいな」ランニングしてた時の格好にもどし、ボストン・バッグを掛けているジェームズが答えた。
「大丈夫?」ジェームズの顔に触れながら、傷を心配するアリソン。
「トレイル・ランニングで、転んだんだ」と玄関のまえでジェームズ。
アリソンは、彼れを自分の家に入れてあげた。
「私しがいて よかったわね」アルコールの染みこんだコットンで、バスタブに腰掛けているジェームズの——マイケルと乱闘したときに受けた顔の——キズに当てながら、アリソンが言った。
「この傷にも感謝すべきかな」ユーモアを忘れないジェームズ。
「ふふ」
この晩、ふたりは一緒に夕食をしたのだった。
翌日——。
ジェームズは、ある準備にとりかかっていた。なんと、アリソンの採用が決まったということで、祝いのパーティーをすることになったのだ。が、そこには幼なじみのサラも当然、やってくる。彼女の第六感は目を瞠るものがあるのだが、ジェームズもまた然りであった。悪を嗅ぎわけようとする、あの犬なみの嗅覚には 彼も一目おいていたのである。
今、彼れはリビングのソファに 前のめりで座りながら、自室で着替えていたアリソンのアリソンまで見とどけつつ、粉のつまったカプセルを分解している。“高ヒスタミン” のふくまれた風邪薬と、睡眠の質をたかめてくれる “メラトニン” のサプリメントを。どちらも、合法てきに、かつ、誰れでも手にいれることができる睡眠薬ともいえよう……。
アリソンの自宅のダイニング・テーブルで、サラとジェームズだけでの質素なパーティーが開かれている。が、赤ワインの酔いがまわるほど、サラの慎しさのない言葉が飛んでくる。
そして、ついに……
「すごくかわいい子なの」対面席にすわっている二人を前に、アリソンはサラにおしえてげた。「ジェームズとの会話を聞いたかぎりではね」
「娘は僕のすべてだよ」ジェームズは 向かいがわに座っている、サラの目をみて言った。
「そりゃ、奥さんにそっくりだものね」空きかけのグラスを眺めながら、無愛想なサラ。
一瞥の視線をアリソンにおくったあと、ジェームズが聞きかえす。「なんだって?」
「プロフィールの写真よ」彼れと目を合わせながら、サラが答えた。
「いつ彼れのプロフィールをみたの?」とアリソン。
「あなたのルール作りを手伝ったときよ」とサラ。
「……」ミニトマトのヘタを取りそうで取らないジェームズ。「あ、ワインを入れようか?」
「ええ、おねがい」と調子よくサラ。
その後も、サラによる攻撃的な質問は続いたのだが、それもようやく落ちついてきた。お酒と睡眠薬による相乗効果が、たちどころに効いてきたのだ。
「もうすぐ迎えにくるわ」ジェームズと後片づけをしているアリソンが言った。二人がいるキッチンからは、リビングのソファで潰れているサラがうかがえる。
すると——
「ちょっと、いいかな」ジェームズが言った。「キミにプレゼントが——」ズボンの左ポケットから、それを取りだしてみせた。
「え、わたしに?」笑顔がこぼれるアリソン。
「転職のお祝いにと思って」ジェームズは、その蓋をパカっと開けた。「……アリソンの “A” 」
それは、イニシャルの A をかたどったネックレス。
「かわいい」白いまえ歯が めだっているアリソン。「ありがとう」
ジェームズは、それを着けてあげた。その後、酔いつぶれているサラをタクシーに乗せてあげた。
——これで邪魔者はいなくなった。
すると——
サラを乗せたタクシーが走りさるやいなや、突つとアリソンがキスをしてきたではないか!
ジェームズも、それを熱く向かい入れ——
そして、ふたりは——
愛を交わしあったのだった……。
————————。
最終章:剥れた仮面
「サラ、おねがい、電話に出て」夕刻に車でもどってきたアリソンが、電話で言っていた。あの晩、ジェームズと激しい情事をたのしんだ翌日に、なぜか、彼れの姿はきえていた。そして、“誰れかが家に押し入ろうとしてる” という、サラからのメールが入っていたのだ。「仕事場も、ジムも、家にも行ったわ。どこにいるの?」玄関前に車を駐めたアリソンは、家のなかへと入っていく。「これ聞いたら、すぐにかけ直して」内側の鍵をカチャッと 閉めた。
ダウン・ライトとペンダント・ライトの照明をつけたアリソンは、足音をたてないよう——慎重に歩いていく。ジェームズに貸している——鍵を新しくつけたばかりの——地下室につながるドアにむかって。サラの警鐘は正しかったのではないか? アリソンは、うすうす信じはじめるようになっていた。
《コンコンコン》
「ジェームズ?」ドアに耳を当てながら、アリソンは尋ねてみた。「……ルールは無視よ」ボソッと独りごちた彼女は、専用のカギで《ガチャッ》とドアをあけた。「入るわよ?」返事がなかったので、彼女は恐るおそる、リビングにつうじるその階段を下りていく。一歩……また一歩……一五段づくりのカーペットのマットを。「……ジェームズ?」そして、降りた。
階段のところのダウン・ライトは点いたままだったが、リビングの照明はオフのままだった。そのかわり、スタンド・ライトの暖色光をたよりに、アリソンはまわりを見渡していく……おや!? リビングには、脚のついていないフロア・ソファと、そのすぐ近くに、二人用サイズのロー・テーブルがレイアウトされているのだが、ジェームズのパソコンと、液晶モニターが、電源の入ったじょうたいで置かれている……。
「ん!?」アリソンが近づいた。ガムテープとサプリメントらしきものも置かれていたが、それよりも彼女は、モニターに映っている映像のほうを注視した。それは、どこか見慣れたふうけいで、親近感をいだかせるというか……部屋……自分の……。
ソファに落ちついて、それを見たアリソンは 愕然とする。自分ちのリビングやキッチン、二階の寝室——そして、裸身をさらす浴室まで撮られているのだから。ひらかれているノート・パソコンには、プロフィールに載っている奥さんと 娘さんが写っていた。が、そのとなりにいる旦那の写真は、ジェームズではない違う男性……。つまり、合成して嘘の家族を演じていたのだ——
《ドン…ドン…!》
「ハァッ——!!」思わず 叫声 をあげてしまったアリソン。
曲がりのないストレートの階段を降りていくと、正面がリビングの部屋なのだが、降りてから左がわに Uターンをすると、トイレやシャワー室、クローゼットが見えてくる。そのクローゼットから、突如、物音がしたのだ。
バクバク…バクバク…と心拍数を一〇〇以上にあげたアリソンが、クローゼットへと歩いていく。一〇メートルもない距離だから、すぐに辿りついた。すると——「……んんん……」と誰れかが呻いているではないか。アリソンは、手をめいいっぱいに伸ばしてから、その扉をあけた。
《——カチャ——》
「はっ!? なんてこと」アリソンは、拘束されている人物を発見した。スリップ・ワンピースの寝間着をまとい、口や両手・両足にガムテープの巻かれていたその女性は——サラだった。「すぐ たすけるわ」
と、そこに——
《——バタンッッ!!——》
「……ルール違反じゃないか」ジェームズが下りてくる。
アリソンは かけ走り、声の主をたしかめた。「ジェームズ、どうゆうこと?」それ以上、近づかないでという合図をだしながら。
「キミには、知られたくなかったのに……」アリソンのところに降り立った。「なぜ、これを身につけない?」昨夜、プレゼントした——イニシャルの A を象った——ネックレスをぶらさげて見せた。
「……寝るまえに外したの……」竦まった——ふるえる声でアリソンがたずねた。「部屋に入ったの?」
「キミこそ、ここに」とジェームズ。
ふたりのあいだに、緊張がただようなか——
《——ピルルルルルッ……!——》
それは、倒れているサラを発見したときに、置き忘れていたアリソンの携帯着信音。ジェームズは、音のなる方にふりかえった——すると、アリソンはすかさず、キャビネットのうえにあった花瓶をつかんで、彼れの頭に おもいっきしなぐりつけたのだ! 《パリンッ!》という花瓶の割れる音とどうじに、「ぬぁ”っ!」という ジェームズの鈍い声がもれだした!
アリソンはその隙に階段をかけあがり、いそいで助けを呼ぼうとするが……ドアまできたところで、足をつかまれてしまう!
「放して! 放してよ!」足で もがき続けているアリソン。
その両手で引きずられるのを耐えているさまは、般若のような形相に近いといっていい。掴まれていた足が解放されると、アリソンは、からだをジェームズ向きにひねりだし、その右足をつかって おもいっきし蹴りおした! 股間に一発、そして、すぐさま顔面にも!
バタバタ、バタバタ……と怯んだジェームズが下に倒れおちていく。
アリソンは全力で逃げた! 一階の自分の部屋にもどり、そこから玄関をこえて車に乗りこんだあとは、警察に知らせて……
《——ガチャガチャ……》
《——ガチャガチャ……》
《——ガチャガチャ……》
扉が開かない……
なんど捻っても、カギが開かないではないか!
それもそのはずだった。外から鍵穴のなかに、大量の接着液を注入されていたのだから……。
下から「アリソン」と呼ぶこえを聞いたアリソンは、とりあえず、キッチン・テーブルのところで身をひそめようとした。そして、呼吸をころす。
「アリソン」少しずつ、近づいていくジェームズ。「ちゃんと話しあわないか?」アリソンの隠れている、テーブルまで行きついた。「全部、キミのためにしたことだ」
アリソンは、こっそり顔をのぞかせた。
——彼れはいま、背中を向けている。
——いまだ!
アリソンは、キッチンにあったヤカンをつかむなり、「ヤアア——ッ!!」と甲高い声をあげて、放り投げたっ!
「っあ”ッ!」またもや、顔面にもらってしまうジェームズ。
その隙に、アリソンは玄関とは真逆にある——庭の扉へと走りだした!
《——ガチャガチャ……》
《——ガチャガチャ……》
《——ガチャガチャ……》
こっちもやられていた……。
とうとう、アリソンは捕まってしまった。
「オレもつらいんだ」ジェームズは、アリソンを床にたおして首をしめている。
「……どうして……」ジェームズの力づよい大きな手であっぱくされながらも、かろうじて出せた言葉をアリソンは言った。
「こんなに尽くしたのに、オレから離れようとするから」悲哀のこもる声で言ったジェームズ。
しだいに、アリソンの視界がどんどん狭くなっていき、ついには、すべてが闇一色につつみこまれてしまった。
ジェームズは そんなアリソンの髪みを、愛おしそうに、涙を浮かべながら撫でていた——。
————————
————————
暗かった視界が明けてくる……
虚ろげな世界がだんだんと……
アリソンをだまし、サラを拉致していたあの男——ジェームズは今、土を掘っていた……
アリソンのお庭の……。
マイケルの首に致命傷を負わせた——先のとがった——ショベルで、ジェームズは《…ガサッ…ガサッ…》と、まっしぐらに掘りつづけている。もうちょっとで、棺が一つ、入るんじゃないかってところまで 穴がほられていた。
彼れは作業をとめると、後ろをふりかえる。アリソンが目を覚ましたのだ。が、気絶しているサラの——となりに倒れている彼女もまた、両手・両足をしばられ、口を塞がれていた。
「起きたのか」ふたたび掘りながら、ジェームズが言った。「ハンナ(元妻)は、オレを庭に近づけようとはしなかった。お花は繊細だからって。その境界を越えるなって……でも、アイツは他のヤツと寝ていたんだ」ふりむいて、「……んんん……」と、もがいているアリソンに言った。「そっちの境界は かんたんに越えた……まだ死体はみつかってない」ショベルを縦に差しこんだあと、穴のなかにいるジェームズは、アリソンに顔を近づけた。「こんな結末は残念だよ」すると、ジェームズは、アリソンの口をふさいでいるガムテープをはがしだす。「なんか言いたいのか?」
「わたしも悪いことしたわ」仰むけに倒れているアリソンが言った。「あなたを愛してるの」そして、頭を上にもちあげて、ジェームズのくちびるに飛びこんだ。
いきなしで驚いたジェームズは、すぐに口唇を引きはなす。そして、寸刻の間をおくと、今度は彼れからアリソンのくちびるに下りていった。舌をからめるほどの、ディープな接吻を交わしていると、彼女への慈しみがまたもどってくる。
すると——
「……あ”ぁ”ッ!」突つとジェームズが怯みだした!
なんと、アリソンが彼れのくちびるに噛みついたのだ。
そして、アリソンは、縛られている両手でショベルの柄をつかみだすと、ふり向いてきたジェームズの顔をめがけて、一気になぎはらってみせたのだ!
《カーン》という衝撃音を響かせたのにもかかわらず、ジェームズはまた、立ちあがってこようとしている。
アリソンは、もう一度——今度はショベルを横むきで薙ぎはらってみせた! 弧をえがくように、その尖った先っちょで、ジェームズのノドを《スパンッ!》と切り裂くように。
それは、もう——チョコレート・ファウンテンのごとく、裂かれたノドからドス黒い血が流れだしているのだ。ジェームズの体から……。そして彼れは、アリソンとサラを埋めるはずだった、庭の墓穴に落ちつくのだった——。
その後、警察たちや救急隊などがアリソンの自宅に雲集し、サラもふくめて、二人は無事に救出された。
刑事さんいわく、ジェームズという男は、州をまたいで七件の殺人に関与していたという……。
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《——プルルルルルッ!——》
「はい、クラウダー事務所です」ビジネス用にめかしこんだサラが、電話にでた。「少々お待ちいただけますか」電話を切ると、にこやかに受付カウンターを後にした。むかった先は——
「二番に電話よ」
「あとで、かけ直すわ」サラに応えたアリソン。
なんと、マイケルが紹介してくれた事務所に、ふたりは転職していたようだ。サラが受付係りで、アリソンが自室をかまえた弁護士に。
「ねえ、ランチに行かない?」デスクに座っているアリソンが言った。
「メキシコ料理がいいわ」ドアのないオープンな部屋の、入り口に立っているサラ。
「いいわねぇ、行きましょう」
事務所を後にした二人は、ランチ休憩に出かけていった。
大きな雑木がそびえたつ、緑りのしたで——
麗かな陽光が浴びせてくる、青空のしたで——
次こそはいい男に出逢うんだと——
希望をむねに いだきつつ——。
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——おわり。
「われわれの美徳は、ほとんどの場合、偽装した悪徳に過ぎない」
モラリスト文学者 ラ・ロシュフコー
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