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【洋画】ルームシェア 忍び寄る魔の手 – あらすじ

「人は望むものを信じるものだ」
 作家 ユリウス・カエサル

 約22,000字ほど。

【感情のトリガー↓】
第一章:【
第二章:【
第三章:【
第四章:【
最終章:【

第一章:魅惑的な男

《ピンポーン》夕刻ゆうこく、ドアのチャイムがなった。
《ガチャ》玄関のドアをあけたアリソン。

「……ジェームズさんですか?  “A i r b n bエアビーアンドビー” の」わかい “サンドラ・ブロック” をブロンドにしたような女性——アリソン(三十)がたずねた。
「あなたが、アリソン?」左手をのばしてかえしてきたこの男性は、“トム・クルーズ” のような面持おももちをした超絶なイケメン——ジェームズ(三十)。
「ええ、はじめまして」ジェームズと握手あくしゅをしながらアリソンが言った。
「こちらこそ」
 あいさつと世間話をすこしわしたところで、アリソンはいてみた。「あのー、ご家族のかたは?」
「家族?」とジェームズ。
「ええ、奥さんと お子さんがいるでしょ?」けげんそうな顔のアリソン。
「ああ……」うすい T シャツに、カジュアルなジャケットを着たジェームズは、ばつの悪そうな顔をした。「プロフィールを更新こうしんしてなくて……じつは……離婚したんだ」
「あら……それは残念だわ」タイトなスキニー・パンツに、ノースリーブのトップスを着たアリソン。
「今度、娘のリリーも あそびに来る予定なんだけど」ボストン・バッグを肩にかけているジェームズ。「マズイならホテルに……」
「いいのよ!」言下げんかにアリソン。「心配しないで」
「ほんと?」
「ええ……」

 おそわれるしんぱいのない家族を選んで つかわない地下室をしだしたのだが、たずねてきたのはジェームズという男性——ただ一人ひとり。しかし、ここまで来てくれたのに帰すのも おさまりが悪い気持ちになるし……両親が残してくれたこの邸宅ていたくを手放したくもない。が、だからといって、弁護士事務所べんごしじむしょにもどれる見当けんとうもついていない……アリソンは、家の固定資産税こていしさんぜいをはらうためにも、しぶしぶ 部屋を貸してあげることにしたのだった。

「この下よ」アリソンが言った。おなじ家の地下室でも 玄関がちゃんと分かれており、その階段をおりていくと、広間ひろまのようなリビングや、ビリヤードの置かれたプレイ・ルームまでもがもうけられている。いままでのくらくてジメジメしているというようなイメージは、いい意味でこわしてくれるだろう、そんな場所だ。「どうしてこの街ちに?」先にりていくアリソン。
「ああ……ベンチャー企業に投資とうししようかと」階段をりながら、ジェームズがこたえた。
「あら、おもしろそうね。ここよ」とアリソン。
 髪型がビシッと整えられているジェームズは、感嘆かんたんとした顔でおどろいた。ぴかぴかのかがやかしいフローリングの床に、瀟洒しょうしゃなデザインのキャビネットや、陶板画とうばんががいくつもかざられており、おなじように多数の置かれたスタンド・ライトや 天井てんじょうのダウン・ライトのかりが、開放感かいほうかんのある広さを物がたっている。
「わーお! すごいな」おもわず両手をひろげるジェームズ。

 初日のあんないを問題なくえたアリソンは、自分の部屋にもどっていった。まだ、ボストン・バッグを肩にかけているジェームズは、キャビネットのうえに置かれた——この辺のオススメ食堂しょくどうが書かれている——メモ用紙を、ピシッと角と角をそろえてから寝室に向かっていった。

 翌朝よくあさ、私服のうえに仕事用のベストを身につけたアリソンが、一階にりてこようとやってきた——が、なぜか、したのキッチンのほうから物音がきこえてくるではないか。なんと、自分ちのキッチンで勝手に料理しているのは、あのジェームズだった。まだ、階段のおどり場にいるアリソンは、唖然あぜんと立ちつくしている。
「はーい」クッキング・ヒーターで料理しているジェームズに、アリソンが呼びかけた。
「おはよう」スウェットのゆるい短パンに、タンクトップを着ただけのジェームズが、なんの悪びれもなく あいさつでかえしてきた。その猛々たけだけしさは、肉体にも表れているのがうかがえてくる。ぶあつい胸板に、ぶっとい筋肉のした腕——走りえてきたばかりだとうのに、汗もそんなにかいておらず、髪型だってくずれてはいないのだ。
「朝食を作ってくれてるの?」少しばかりの懸念けねんをかくしながら、いてみたアリソン。
「ああ、一日をはじめる大事な朝だから」料理を皿にっていくジェームズ。「元妻のハンナは、あまり料理しなかったんだよ。なんか、日課にっかになっちゃってさ」
「ねえ、ジェームズ——」
「それって制服?」手に持っているスプーンで、アリソンのベストをしたジェームズ。
「これは……」元々、弁護士の事務所で働いていたアリソンだが、いまは訳あってホームセンターにつとめていた。それが、バレてしまって、すこし気恥きはずかしそうにしている。「一時的な仕事なんだけどね……事務所をやめちゃって」
「いや、言わなくていいよ」両手でストップの合図をしながら言うジェームズ。「僕には関係ないことだ」トマトをスライスしながら言った。

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 いっしょに朝食をませたアリソンは、家をあとにした。
 勝手にオーナーの部屋にあがりこみ、勝手にキッチンで料理をしていた彼れを、とがめることはしなかったようだ……。

 ————————。

「貸し部屋のこと言ったの?」売り場で棚卸たなおろしのチェックをしているおさななじみに、つめよったアリソン。
「聞かれたから、仕方なく……」アメリカズ・ゴット・タレントで熱唱ねっしょうしていた少女—— “セリーヌ・タムちゃん” の面影おもかげをのこす、サラが言った。
「いいの。ただ、上司がしつこくて」顔がけわしいアリソン。
「もしかして、誘われたの?」小声でいたサラ。
「法律関係で手伝ってほしいって」
「やさしくすると誤解されるわよ」しんぱいするサラ。
「わかってるわ」
「それより、貸し部屋のほうは?」あたりを一瞬みわたしてから、サラが訊いた。
「家族じゃなかった」一般客がほどよく散在さんざいしているホームセンターの店内を、サラと歩きながらアリソン。「今は別居中らしいの」
「一人できたの?」とサラ。
「来週、子どもが遊びにくるみたい。彼って……」おもわず、顔がゆるみだすアリソン。
「まさか、史上最高のイケメンとか?」クリップ・ボードを片手に、指をさしたサラ。
「“いい人” って言おうとしたの。ハンサムな顔で——体もかなりきたえてて——」
「はいはい」うらめしげなサラ。
「でも……今朝、一階におりたら、彼れが朝食を作っていたの」足をとめたアリソン。
「現代っぽい男ってかんじ?」とサラ。
「わたしのキッチンでよ」

 アリソンは、ジェームズの容姿ようしに好感触をいだきつつも、違和感いわかんをおぼえるような行動に、じゃっかんの不安もいだいていた。
 そこに——

「アリソン?」スーツでめかしこんでいる男性が、店内にやってきた。
「……マイケル!?」思いもしない再会におどろくアリソン。
 その男性は、おなじ学校を卒業していた—— “ウィル・スミス” のような面持おももちをした——元同級生のマイケルであった——。

 ————————。

第二章:揺蕩う好機

影の守護者

《ピロロロロロ……!》

 帰宅したアリソン(三十)—— “サンドラ・ブロック” をブロンドにしたような女性——は、大理石だいりせきにかこまれたワイドなユニット・バスにかっている。優雅ゆうがにキャンドルの灯火ともしびでくつろぎながら、彼女は スマホのスピーカーを オンにした。
「もしもし」白くきめこまやかなあわで、鎖骨さこつのあたりまでしか見えないアリソンが言った。
『電話に出れなくてごめん』相手は おなじホームセンターではたらいてるおさななじみのサラ——アメリカズ・ゴット・タレントで熱唱していた少女 “セリーヌ・タムちゃん” の面影おもかげをしている女性。
「ブランドン(アリソンの上司)のこと、あなたが正しかった」遠くをみつめながらアリソン。
『なにかされたの?』とサラ
「……いやらしくさわってきたの」
『かわいそうに』悲しげにサラ。

 浴室からでてきたアリソンは、またがかくれているていどのバス・ローブを着て、二階の寝室まであがってきた。が、まだ、親友のサラとは会話中だった。
「なんで変な男ばかりよってくるの?」ベッドにすわったアリソン。
『あなたは悪くないわ』
「明日、どんな顔してあえばいいの?」憮然ぶぜんとしたアリソン。

 おさななじみのサラは、親身になってアリソンの愚痴ぐちを聞いてあげていた。だが……このときアリソンは、まだ気づいていないのだ。自分たちの会話をぬすみ聞きされていたということに……いつのまにか、アリソンの——大家おおやの——部屋にあがりこみ……いつのまにか、二階の寝室をうかがっていた——ジェームズの存在に……。

 翌朝よくあさ、アリソンはユニフォームに着がえて一階におりてきた。キッチンのほうは——このまえ、彼れに かるく忠告ちゅうこくしていたため——使われてはいなかった。どうやら、彼女の一抹いちまつのふあんは無くなったみたいである。家をあとにしようとしいるその姿は、いかにも快活かいかつそうだ。
 と、そのとき——

「おはよう」みどりのうつくしい雑木ぞうきがかこむ敷地内しきちないにもどってきたジェームズ—— “トム・クルーズ” のような面持おももちで、たくましい体躯たいくをした男性——がやってきた。 
「あら、はや起きね」すぐちかくにめてある、自分の車まで歩いてきたアリソン。
「ハンナ(元妻)に話したら、履歴書りれきしょをおくってくれ、って」買ってきたスタバのコーヒーをアリソンに渡してあげた。
「ありがとう。本当?」運転席のまえに立っているアリソン。
「彼女の連絡先をおしえるよ」
「良くしてくれてありがとう」車に乗りこむアリソン。「それと、ゆうべは見苦みぐるしいとこみせちゃってごめんね」
「いや、僕がいてよかったよ」顔がけわしくなるジェームズ。「あんなあつかいはまちがってる(アリソンの上司がつきまとっていた)」
「ありがとう」エンジンをかけたアリソンは、家をあとにした。

 ——でも、なんであそこにジェームズがいたんだろう? 上司と食事に行くことは伝えていたけど、レストランの場所まで言ってなかったのに……。

 まだ陽のしずんでいない時間帯に帰宅したアリソンは、敷地内のにわをみて、おもわず賞嘆しょうたんのため息をもらしてしまった。これまで手入れしていなかった雑草ざっそうだらけのお庭に、あでやかなお花たちがうわられていたのだ。その庭のなかで、まだ作業を黙々もくもくとこなしているジェームズの姿に、つい、はしたない笑顔がこぼれてしまう。このとき、彼女の下半身がさらに湿気しけっていたことは言うまでもないだろう……なんと、あの超絶なイケメン——ジェームズは、上裸じょうらすがたになっていたのだ。それはもう、男でもれぼれしてしまうくらいの肉体美。そして、トム・クルーズのような容貌ようぼうである。

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「なにやってるの?」声をかけずにはいられなかったアリソン。「まえに庭仕事でもしてたの?」
「まあね」ムキムキのからだで立ち上がったジェームズ。「勝手にやってて大丈夫かい?」
「ええ、むしろ助かるわ」すこし彼れにちかづいた。今すぐ、その胸に飛びつきたい衝動をおさえながら。
 すると——

《ピロロロロロ……!》

「お! ちょっとごめんね」ジェームズが めのまえで T シャツを着ている最中に、アリソンは携帯にでた。「もしもし。——マイケル? 本当? 面接してくれるの?」
 笑顔で話しているアリソンを不安ふあんげにみつめながら、ジェームズは 黙々もくもくとあと片づけをこなしている。
「かるくご飯ならいいわ」電話中のアリソン。「今夜、七時ね」彼女は電話きった。
「だれ?」片づけを終えたジェームズが、アリソンのもとにやってきた。
「同級生よ。彼れの事務所が面接してくれるの」
「そりゃあ、すごい」たくましい左手をひろげたジェームズ。
「ただ……なんていうか……彼って私しに気があるみたいで」当惑とうわくをかくせないアリソン。
「なにかあったら、いつでも飛んでくよ」
「大丈夫よ」

 その夜、アリソンは元同級生のマイケルと 食事にでかけた。
 が、そのいっぽうで……

 妖気ようきのただよう夜空のしたで、ジェームズは 車のなかでメールをっている。

アリソンよ      
今夜、飲みに行かない?
昨日のおわびがしたいの

 すると、すぐに返事が帰ってきた。

わかってくれてうれしいよ
場所は?          

 どうやら、そのメールの相手がそこに着いたもよう。とあるレストランの駐車場にめたその人物がおりるなり、ジャケットのえりをととのえだした。まるで、海外ドラマ『S U I T Sスーツ』に出演していた “ガブリエル・マクト” を白髪しらがにしたような面持おももちである。彼れは上司というポストをいいことに、部下であるアリソンにつきまとったあげく、下心したごころをまるだしでさわってくるような男でもあった。そんな彼れがいま、ものすごく苦しんでいるのだ。それも息ができないほどに……。
 いきなし背後からヒモでめあげられたアリソンのセクハラ上司——マシューズ・ブランドンは、人気ひとけのない路地裏ろじうらまでひきづられていき、大きなスティール製のダスト・ボックスのなかに入れられてしまった!
 マシューズを一瞬で制圧せいあつしてしまったその人物は、おしりのポケットに仕込んでいたライター・オイルを取りだすと、革素材のグローブでつかんだそれを、なんの躊躇ちゅうちょもせずにかけだした。その顔はいたって冷静・沈着ちんちゃくで、ぜったいに初犯ではないであろう練達れんたつした殺し屋のごとく、あざやかにませたその男とは——ジェームズだった。
 ダスト・ボックスのフタをめた彼れは、南京錠なんきんじょうでマシューズを出られないようにすると、火をつけたマッチを「これ、どうぞ」といわんばかりにかるく落としこむ。すると、当然、けむりが上がるやいなや、すごまじい勢いで燃えた炎が「こんにちわ」と、顔をだしているのだ。
 それを背後に、ジェームズは そこから立ち去ろうとするのだが、最後の工程がまだ残っていた。それは、その使用済みのオイル容器をそばに置いてから帰ること。
 泥酔でいすい状態で倒れている——
 誰れだか知らない男性のとなりに……。 

 ————————。  

⑵ 羽目を外す   

「ところで、君のボスは相変わらず?」生ガキを専門とするレストラン——オイスターバーで アリソンと食事をしているマイケルが言った。その形姿けいしはまるで、“ウィル・スミス” といったかんじである。
「ええ……まあね」シルク素材のピンクのカシュクール・トップスを着ているアリソンは、辟易へきえきしているかんじで言った。「だから、はやくめたいの」
「上司に君をしてみたんだ」とマイケル。
「ほんとう?」
「そしたら、“来週にでも面接にこれるか” って」
「ッホォ?!」ほかのお客さんたちもいるテーブル席で、アリソンは、おもわず甲高かんだかい声をだしてしまった。「ごめんなさい」まわりに向けて言った。

 これは、また弁護士の事務所で働くことができる またとないチャンスであると同時に、自分を娼婦しょうふのように軽くみてくる上司や客たちからも、ようやっと解放されるということを意味していた。

 足がはずむように帰宅してきたアリソンは、ワインのボトルをもって、地下室とつながっている部屋のドアをノックした。
「ジェームズ?」
 すると、下のほうから「ああ、ちょっと待って」と、彼れの返事がかえってきた。

《ガチャン》ジェームズがドアを開けた。

「はい」ジャケットを急いで着たジェームズ。
「面接が決まったの」うれしそうなアリソン。
「ほんと!? すごいじゃん!」
「最近、お祝いすることがなかったから」ワインをみせて言った。「いっしょにどう?」
「もちろん。はいって」とジェームズ。
 ふたりは階段をりていき、リビングのソファに落ちついた。
「ここはご両親の家?」ジェームズが言った。「こんな豪邸めずらしいから」
「ふふ。弁護士を一年やってただけじゃ無理ね」とアリソン。「父が亡くなったあと、母は変化をもとめてセドナに行ったの」
「パワースポットか」二つのグラスにワインをそそいでいくジェームズ。
「くわしいのね」
「聖なる場所だよ」注ぎおわったジェームズ。「愛や平和について、学べることが多いからね」
「行ったことあるの?」アリソンがいた。
 おたがい白ワインをたしなんだあと、「そこで、結婚したんだ」とジェームズが言った。
「じつは……あなたたちの会話が聞こえてしまったの」恐縮きょうしゅくそうに言ったアリソン。「かべがうすくて……」
「ほんと」
「別れていても友達でいられるってすばらしいわ」
「僕らは、心も——肉体関係も、長いあいだ離れていたんだ……何年もね」
「そうなの?」
「ごめん。知りたくないよね」 
「いいのよ。じつを言うと……私しも同じようなもの。元カレとの相性は最悪だったわ」
「どうして?」
「……束縛そくばくしてくるような人で、友達や同僚にまで嫉妬しっとしてきたの……」
「もしかして、暴力も?」
 首を縦にふったアリソンの肩は、しずんでいた。
「……僕がいたら君を守ってやれたのに」んだ目のジェームズ。
「あなたみたいな人は少ないわ。危険をかえりみず 助けてくれた」ワインの効果がいてきたのか、それともフリをしているのか、とろけるようになってきたアリソン。
「僕は、ふつうの男、、、、、とはちがうのかも」
「そうね。まったく違う」アリソンはついにれを失った。まるで、本能にあやつられてしまったかのように、その魅惑的なジェームズのくちびるに、食らいついてしまったのだ。

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「っ!? ごめんなさい」グラスを置いて、あわてて立ちあがった。「わたしったら、何てことを……」
「大丈夫、大丈夫」ジェームズも立ちあがり、ストップの合図をだしている。
「オーナーなのに、もう戻るわ」
「待って、僕——なにかした?」
「ちがう。そうじゃないわ……契約けいやくにないことよ」
「僕だって君のキッチンを使ってしまった。君は僕にキスをした。これでチャラってことにしないか」微笑ほほみながらジェームズ。
「気にしてない?」
「大丈夫。起きたことは しょうがない」
「ほんとう?」アリソンの顔に安堵あんどみがうかぶ。

 抱いてはいけない恋心——
 アリソンは持ってしまった——
 家を貸しているジェームズに。
 それを胸にめて、彼女は上へともどっていった。

 しかし、忘れてはいけない——
 相手は普通の男ではないのだ。

 冷酷な シ リ ア ル キ ラ ー なのだから……。

 ————————。

第三章:忍ばれる影

 翌日よくじつ——。

借主かりぬしさんとはどうなの?」“少女セリーヌ・タムちゃん” を大人おとなにしたようなアリソンのおさななじみ——サラが言った。
「ジェームズのこと?」職場の店内——ホーマックのようなホームセンター——で品出しなだしのチェックをしていたアリソン。「彼れは……元気よ。」思いだすとずかしくなり、そこから離れようとした。
「待って!」サラが追いかけてきた。「どういうこと?」なんとなく、若いころの “サンドラ・ブロック” に相似そうじしているアリソンを引きとめた。
「ああ……」まゆをひそめながら言葉がまるアリソン。
「もしかして、何かあったの?」ひとみが大きくなったサラ。
「……キスしちゃった」
 サラの口はあんぐりといていた。そして、すぐに きょう をしげきされてしまったようだ。「なんてッ!?」
「シ——! 声 おとして」と小声でアリソン。
「なんでそんなことに?」
「面接が決まった祝いをしてたら……」また、店内を歩きだそうとするアリソン。「ああ、最低だわ」

 二人とも三十代でありながら、恋ばなしでりあがっているそのありさまは、さながら高校生くらいに戻ったようなていであった。
 そのころ、ミステリアスな彼れは……

 アリソンのんでいる一階のドア・ノブ——レバー・タイプ——がまわりだす。《カチャ》という音でとびらはひらき、まるで、“トム・クルーズ” のような風貌ふうぼうをしたジェームズが入ってくる。どうやら、地下室とつながっているドアのカギは、なぜかけていないようだ。警戒心けいかいしんのうすいアリソンがまだ勤務中であることも、彼れは知っている——そう、かりがないのだ、この男は……。——ん!? 右手にはマルチタイプ——黒いサイフのような三つりタイプ——の収納ケースを所持しょじしている。
 いったい、それに何を入れているんだ??
 いで、彼れはリビングから、二階の寝室へと上がっていった。いたって冷静、かつ、ポーカーフェイスで。そして、その中へとはいってきた。綺麗きれいにたたまれているベッドの上には、ぎっぱなしのアリソンの下着が置かれていた。これは……ピンクのキャミソールに、がらのはいった黒いショーツ……。ジェームズは、さらっと、それらにれたあと、メイクようのかがみや化粧道具のおかれた—— L 字型の架台かけだいにまでやってきた。架台の左がわをみてみると、一輪いちりんの花がされた小さな花瓶かびんや香水、そして、アクセサリー用の T 字型・スタンドがおかれている。彼れは、一つだけはずされていた真珠しんじゅ・ネックレスが気になりだしたようで、ちゃんと、スタンドの台にけてあげた。
 すると、手に持っていたマルチタイプの収納ケースを台のうえに置くと、ジェームズは それをゆっくりと開いていく。取りだしたそれは……角砂糖かくざとうほどの小さくて……黒い……レンズのついた……
 小型カメラ……。
 ジェームズは、その小型カメラを L 字型のかどっこに置かれた——ピンクのアサガオのような “ペチュニア” がかざられている——大きめの花瓶に仕込しこんだようだ……。
 地下室のリビングにもどったジェームズは、ちゃんと寝室のようすがれているかを確認した。彼れの使用している ノート・パソコンで。もちろん、ばっちり撮れていた。アリソンがなよな、布団ふとんのなかでモゾモゾしているところも、問題なくうつることだろう。が、彼れの表情はいっさいにゆるまない。ひじをおいた右のてのひらで自分のほおを支えている彼れの顔は無表情のまま。

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 すると——

《プ——プ——》(アラート音)

 ジェームズの見ていたパソコンの画面に、突如とつじょ——
『ジェシカ・ロバーツが発見』という文字が表示された。
 すぐに、彼れはその記事をクリックした。
 すると、そのトップに表示されているタイトルには——

『“登山者が行方不明になっていた女性の遺体を発見!”』

 と書かれていた。
 その記事を読んだジェームズの顔には——
 少しばかりのくもりが生じていたのだった——。

 ————————。

「アリソン」動揺どうようをにじませているおさななじみのサラが、ホームセンターのバックヤードにいる 彼女のところにやってきた。「こちら、刑事さんよ。話しがしたいって……」
 サラの右となりには、警察バッジをぶらさげている女性と 男性刑事けいじもならんでいた。
「……なんなの?」いぶかしげにたずねたアリソン。
 すると、男性刑事の口がひらいた。

「マシューズさん(上司)に、最後に会ったのはいつですか?」

 ……………………

 ————————。

《コンコンコン》

「アリソン? 大丈夫か」帰宅してきた彼女のようすを心配し、ジェームズが玄関のそとから呼びかけていた。すると、ドアを開あけたアリソンのようすは、まさに意気消沈いきしょうちんとしていた。「大丈夫?」彼女の肩をだきよせた。「何があった?」
「……殺されたの」泣きながら身をゆだねたアリソン。
「え? 誰れが?」と手をはなしたジェームズ。
「わたしのボスよ」
「レストランの時の?」顔をしかめてみたジェームズ。
 すると——

《ピンポーン》

「誰れか呼んだ?」いぶかしげにジェームズがいた。
「ええ」すると、アリソンは玄関のドアをあけた。「はい」
 アリソンとハグを交かわしている女性は、サラだった。この時、はじめてジェームズと 彼女は対面する。
「こちらは、ジェームズよ」アリソンはサラに紹介した。
 アリソンと肩をよせているサラに、かるく会釈えしゃくをしたジェームズ。「ボスにおやみを」警戒けいかいしているかのように腕をくみながら、サラに言った。
「ありがとう」と、うらぶれているサラ。
 ジェームズは三人分のお茶を入れに行った。

「誰れかが私しをよそおって、マシューズにメールしてたみたいなの」リビングのソファに落ちつきながら、アリソンが言った。
「ウソ?」と怪訝けげんな顔のサラ。「携帯から?」
「番号は違ってたけどね」とアリソン。
「それって……怖すぎでしょ」

 まだ、ジェームズがお茶を入れているとき、アリソンの携帯がなりだした。相手は、もと同級生のマイケルが紹介してくれた 事務所じむしょのかたで、“面接は明日あすの午後二時でどうか?” という知らせであった。彼女は、それに 二つ返事でかえすのだった。
「ダメじゃない」マイケルをうたがっていたサラが言った。
「犯人なら面接の設定なんてしないわ」とアリソン。
 そのタイミングで、ジェームズがお茶をはこんできた。ふたりの会話を聞きもらさないように、ふたつの聴覚をぎすませながら……。

 その深夜しんや——。
 マシューズ——“ガブリエル・マクト” を白髪にしたような面持おももち——を殺した犯人は、アリソンの名前えをつかって誘いだしていた。まるで、彼女のしわざに見せたかったかのように。つまり、犯人はアリソンのことを知っている人物である。それを心配したおさななじみのサラは、アリソンと おなじベッドでまることにしたのだった——。

《ガタ……》

 アイマスクをして熟睡しているサラをよこに、物音ものおとで目をましたアリソンは、ベッドからりて、廊下ろうかの手すりから下をのぞこうとしている。おそる……おそる……あたりもみわたしながら進んでいく……なるべく、足音を立てないようにすすみ、手すりにつかまった。その道中どうちゅう、はげしい豪雨ごううのなかから、ピカッとひらめく大きな轟音とどろきおんにおどろかされてしまったが、それでもおくせずに、ゆっくりと下をのぞいてみた……そこから見えるのは、カーペットが ほどこされている階段のおどり場……しかし、誰れかがいる気配けはいはみられない……。ショート・パンツにタンクトップを着ているアリソンは、寝室のほうをりかえって——

「「っ!?」」

 アリソンのすぐ目のまえに立っていたのは——色ちがいのショート・パンツとタンクトップを着ている——サラだった。
「なにしてるの?」動顛どうてんしたアリソンが小声で言った。
「あなたこそ」おなじくサラ。
「物音が聞こえたのよ。ただの風だとおもうけど……」下の階をみやったアリソン。
「なに?」不安げなサラ。
「見に行きましょう」アリソンは サラをつれて、りていくことにした。
「カギを新しくしたほうがいいわ」階段をおりながら、サラが言った。「地下室のほうはすぐに」
「なぜ?」とアリソン。
境界きょうかいは明確にすべきよ」リビングまでりてきたサラが言った。「わたしが “まる” って言ったら、様子が変だったわ。それに、わたしの嫌な感はいつもたるの」
過剰かじょうに反応しすぎよ」部屋の窓壁まどかべから外をのぞいたアリソン。
「ちょっと聞いて。彼れは二回もキッチンをつかってた——禁止事項になかったからよね」キッチンもたしかめながら、サラがつづける。「あなたの留守るすのあいだ、彼れは何してるとおもう?」

 サラの——危険を感知かんちする——アンテナのような第六感のはたらきというのは、瞠目どうもくすべきものがあった。あのばん、初対面だったジェームズという男に、一目ひとめでなにかあやしいと感じとっていたのだ。
 翌日よくじつ、おさななじみの忠告を素直にうけいれたアリソンは、部屋のカギをすべてえるべく、業者に依頼したのだった。
 が、アリソンも サラも、まだジェームズが犯人だとは気づいていない。そう——気づいていないのだ、昨夜ゆうべのその会話もすべて……彼れにつつぬけだったということに……。

 どうして、タイミングよく玄関をノックしてきたのか——
 カメラに、元気のないようすがうつっていたからである。

 そう——気づいていなのだ——
 彼女たちのあられのない姿をさらしていた——
 浴室にもカメラがあったということに……。

 ————————。

第四章:目の上の瘤

 “トム・クルーズ” のような面持おももちで、たくましい体躯たいくをしているジェームズ。たったいま彼れは、みどりのみやびやかな雑木ぞうきがたたずむ住宅地——アリソンの邸宅ていたくにもどってきたところである。がまだ真上まうえにはたっしていないが、ランニングを終えてきた——タンクトップに たんパンすがたの——彼れは、小手こてをかざしながら歩いている。そして、ちょうどぎ去った車のお尻をみやっていた。
「もしかして、カギの業者?」門扉もんぴを過ぎた玄関まえに立っているアリソン—— “サンドラ・ブロック” ふうのブロンド女性——に、ジェームズがいた。
「ああ……サラに忠告されたから……」いブルーのカーディガンに、スキニー・パンツを着ているアリソンが言った。「一階にあがる地下室のドアに、カギをつけたわ」
「おお、それは良いね」とジェームズ。「用心にこしたことないよ」
「気にさわるかとおもって心配したわ」とホッとしたアリソン。
「キミの安全が第一さ」まるで、イ・ビョンホンばりのキラー・スマイルをしたジェームズ。
 すると、アリソンの携帯がりだした。
「ごめんなさい」電話にでたアリソン。「もしもし?」彼女の顔に 陽がらされた。「それはよかったです。わかりました。なにかあれば連絡ください、では」電話を切ったあと、腕をくんでいるジェームズに言った。「犯人がつかまったって」
「上司(マシューズ)を殺したのは、マイケルじゃ?」いたって自然にジェームズ。
泥酔でいすいしていた放浪者ほうろうしゃが、携帯とオイルを所持しょじしていたらしいわ」すると、急にチクチクと胸がいたみだしたアリソン。「最悪だわ……」
「どうして? 逮捕されたんだろ?」とジェームズ。
「警察にマイケルの名前えを出してたのよ」とアリソン。「彼れ……頭が良い、、、、から、すぐに話したのが私しだって気づくわ」
 このとき アリソンは見逃みのがしていた。彼れのまゆがいっしゅん、ピクッと反応していたことに……。
「とにかく面接の準備をしなきゃ」アリソンは、自分の部屋にもどっていった。

 ピシッとしたスーツで面接を終えたばかりのアリソン。彼女はいま、マイケル——もと同級生で、ウィル・スミスのような面持ち——の紹介してくれた事務所から、自宅にもどろうとしていた。
「おおう」アリソンが車で走りだすまえに、マイケルが声をかけてきた。
「あら、見えなかったわ」いていた運転席の窓から、アリソンが言った。そして、エンジンを切った。
「で、どうだった?」アリソンの窓枠に、両手をえながらマイケルが言った。
 アリソンのその明るそうな顔をみるかぎりでは、どうやら手応てごたえがあったもようである。そう感じたマイケルは、不敵ふてきみを浮かべながら、走りさるアリソンの車のおしりをながめていた。
 すると——

「……ゔぅ……ぅぅぅ……!」

 なんと、まだ陽がのぼる真昼間まっぴるまだというのに、マイケルが首をめれているではないかっ! 自分の両手でそのワイヤーをゆるめようと、必死にもがいているのだ。それは、あまりにも刹那せつなのこと。黒い革手袋かわてぶくろをはめた両手で、きつくワイヤーを締めあげている人物は——やはりジェームズだった。彼れはマイケルの背後からおそいだすも、その視線は彼れにではなく、つねに周りを警戒している。そして、そのまま駐車場にめてある——誰れのだかわからない——車のピラー部分に、彼れの側頭部そくとうぶを《ゴ——ンッ!》と力いっぱいにちつけ、たちまち気絶きぜつさせてしまったのだ!
 なんと大胆だいたん、かつ、無謀むぼうともおもえるその姿……
 さながら、『コラテラル』のトム・クルーズ——
 そのもの——。

《……ザクッ……ザクッ……》

 ジェームズがレンタカーを借りてやってきたところは、郊外からはなれた国有林こくゆうりんの中である。木漏こもの差す——壮観そうかんともいえるこの森のなかで 彼れはいま、土をっていた。全身を黒の作業着でまとめあげたジェームズは、不動のたたずまいで倒れているマイケルの——着信のなったメールを開示かいじした。

感謝の言葉もみつからない! 
大きな借りができちゃったわ!

 アリソンからのメッセージだった。
「残念だったな」メールを見ながら、ジェームズは ボソッと——あざけるように——マイケルにつぶやいた。
 すると——

「ンッ!」と意識のもどったマイケルが、反撃に転じてきたのだ! ヒモでしばられている両手をつかって、アッパーするみたいにジェームズの顔面を直撃! そのひるんだすきに、マイケルが立ちあがった!
 落とし穴のように掘られた地面が あいだ にある二人ふたりの距離は、およそ五メートルほど。
「誰れだおまえ?」白のワイシャツにネクタイをしているマイケルが言った。「なぜ俺れをねらう?」
 同じく立ちあがったジェームズが、顔色をかえずにゆっくりと近づいてくる。「頭が良い、、、、んじゃなかったのか?」そして、地面に差しこんでいた——先のとがったショベルのをつかみだす。
「彼女のボスを殺したのは、おまえか?」うしろに後退あとずさりしながら、マイケルが言った。
「ふふ……さすがだな」距離をつめようとしているジェームズ。
 ふたりは、時計まわりのように横歩きしている。そのさい、なんどか攻撃できるチャンスはあったものの、ジェームズは、まだ手をだしてはこない。ときおり、ショベルで威嚇いかくしてくるていど。
「望みはなんだ?」反撃のチャンスをうかがっているマイケル。
「アリソンとの未来が欲しいのさ」ジェームズがのたまった。「子どもと——庭つきの家もな」あごをしゃくりだす。「おまえもだろ?」
「……」ジェームズをみはりつづているマイケル。

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 すると、ついに動き出した!

「ヤ——!」一メートルほどあるショベルを、大きく振り回したジェームズ。だが、マイケルに避けられた。
 すると、今度はマイケルが突進とっしんする! 地面にたおれこんだジェームズの首を絞め殺そうと、しばられた両手で彼れのノドをあっぱくしたのだ!
 ジェームズも必死に自分から引きはなそうとしている! が、思いのほか、馬乗りしてきたマイケルの力はつよかった。そこでジェームズは、右ひざをマイケルのよこ腹めがけて ドフっとりあげた!
「ゔあぁっ!」という苦痛の声をもらしたマイケルは、さらに、彼れのパンチを下からもらってしまい、地面にたおれこむ。そして、起きあがろうとしたところに、また、重たいパンチが顔面にやってくる! 前歯がぽろっとっとばされ——

 ————————

《——ザクッ!!——》

 ……………………

 縦につきっていた……
 先のとがったショベルが……
 マイケルの首に……。

 ————————。

「ちょっと! どうしたの?」夕まぐれに帰ってきたジェームズの車を確認したアリソンがやってきた。
「! ああ……恥ずかしいな」ランニングしてた時の格好にもどし、ボストン・バッグを掛けているジェームズが答えた。
「大丈夫?」ジェームズの顔に触れながら、傷を心配するアリソン。
トレイル登山道・ランニングで、転んだんだ」と玄関のまえでジェームズ。
 アリソンは、彼れを自分の家に入れてあげた。

「私しがいて よかったわね」アルコールのみこんだコットンで、バスタブに腰掛けているジェームズの——マイケルと乱闘したときに受けた顔の——キズに当てながら、アリソンが言った。
「この傷にも感謝すべきかな」ユーモアを忘れないジェームズ。
「ふふ」
 この晩、ふたりは一緒に夕食をしたのだった。

 翌日よくじつ——。
 ジェームズは、ある準備にとりかかっていた。なんと、アリソンの採用が決まったということで、祝いのパーティーをすることになったのだ。が、そこにはおさななじみのサラも当然、やってくる。彼女の第六感は目をみはるものがあるのだが、ジェームズもまたしかりであった。悪をぎわけようとする、あの犬なみの嗅覚きゅうかくには 彼も一目いちもくおいていたのである。
 今、彼れはリビングのソファに 前のめりで座りながら、自室で着替えていたアリソンのアリソンまで見とどけつつ、粉のつまったカプセルを分解している。“高ヒスタミン” のふくまれた風邪薬と、睡眠の質をたかめてくれる “メラトニン” のサプリメントを。どちらも、合法てきに、かつ、誰れでも手にいれることができる睡眠薬ともいえよう……。

 アリソンの自宅のダイニング・テーブルで、サラとジェームズだけでの質素しっそなパーティーがひらかれている。が、赤ワインのいがまわるほど、サラのつつましさのない言葉が飛んでくる。
 そして、ついに……

「すごくかわいい子なの」対面席にすわっている二人を前に、アリソンはサラにおしえてげた。「ジェームズとの会話を聞いたかぎりではね」
「娘は僕のすべてだよ」ジェームズは 向かいがわに座っている、サラの目をみて言った。
「そりゃ、奥さんにそっくりだものね」きかけのグラスをながめながら、無愛想ぶあいそうなサラ。
 一瞥いちべつの視線をアリソンにおくったあと、ジェームズが聞きかえす。「なんだって?」
「プロフィールの写真よ」彼れと目を合わせながら、サラが答えた。
「いつ彼れのプロフィールをみたの?」とアリソン。
「あなたのルール作りを手伝ったときよ」とサラ。
「……」ミニトマトのヘタを取りそうで取らないジェームズ。「あ、ワインを入れようか?」
「ええ、おねがい」と調子よくサラ。
 その後も、サラによる攻撃的な質問は続いたのだが、それもようやく落ちついてきた。お酒と睡眠薬による相乗効果そうじょうこうかが、たちどころにいてきたのだ。

「もうすぐむかえにくるわ」ジェームズと後片づけをしているアリソンが言った。二人がいるキッチンからは、リビングのソファでつぶれているサラがうかがえる。
 すると——
「ちょっと、いいかな」ジェームズが言った。「キミにプレゼントが——」ズボンの左ポケットから、それを取りだしてみせた。
「え、わたしに?」笑顔がこぼれるアリソン。
「転職のお祝いにと思って」ジェームズは、そのふたをパカっと開けた。「……アリソンの “A” 」
 それは、イニシャルの A をかたどったネックレス。
「かわいい」白いまえ歯が めだっているアリソン。「ありがとう」
 ジェームズは、それを着けてあげた。その後、酔いつぶれているサラをタクシーに乗せてあげた。
 ——これで邪魔者はいなくなった。
 すると——

 サラを乗せたタクシーが走りさるやいなや、つとアリソンがキスをしてきたではないか!
 ジェームズも、それを熱く向かい入れ——

 そして、ふたりは——

 愛を交わしあったのだった……。

 ————————。

最終章:剥れた仮面

「サラ、おねがい、電話に出て」夕刻ゆうこくに車でもどってきたアリソンが、電話で言っていた。あのばん、ジェームズと激しい情事じょうじをたのしんだ翌日よくじつに、なぜか、彼れの姿はきえていた。そして、“誰れかが家に押しろうとしてる” という、サラからのメールが入っていたのだ。「仕事場も、ジムも、家にも行ったわ。どこにいるの?」玄関前に車をめたアリソンは、家のなかへと入っていく。「これ聞いたら、すぐにかけ直して」内側の鍵をカチャッと めた。
 ダウン・ライトとペンダント・ライトの照明しょうめいをつけたアリソンは、足音をたてないよう——慎重しんちょうに歩いていく。ジェームズにしている——鍵を新しくつけたばかりの——地下室につながるドアにむかって。サラの警鐘けいしょうは正しかったのではないか? アリソンは、うすうす信じはじめるようになっていた。

《コンコンコン》

「ジェームズ?」ドアに耳を当てながら、アリソンはたずねてみた。「……ルールは無視よ」ボソッとひとりごちた彼女は、専用のカギで《ガチャッ》とドアをあけた。「入るわよ?」返事がなかったので、彼女はおそるおそる、リビングにつうじるその階段をりていく。一歩……また一歩……一五段づくりのカーペットのマットを。「……ジェームズ?」そして、りた。
 階段のところのダウン・ライトはいたままだったが、リビングの照明はオフのままだった。そのかわり、スタンド・ライトの暖色光だんしょくこうをたよりに、アリソンはまわりを見渡みわたしていく……おや!? リビングには、脚のついていないフロア・ソファと、そのすぐ近くに、二人用サイズのロー・テーブルがレイアウトされているのだが、ジェームズのパソコンと、液晶えきしょうモニターが、電源の入ったじょうたいで置かれている……。
「ん!?」アリソンが近づいた。ガムテープとサプリメントらしきものも置かれていたが、それよりも彼女は、モニターにうつっている映像のほうを注視ちゅうしした。それは、どこか見慣みなれたふうけいで、親近感をいだかせるというか……部屋……自分の……。
 ソファに落ちついて、それを見たアリソンは 愕然がくぜんとする。自分ちのリビングやキッチン、二階の寝室——そして、裸身らしんをさらす浴室までられているのだから。ひらかれているノート・パソコンには、プロフィールにっている奥さんと 娘さんがうつっていた。が、そのとなりにいる旦那だんなの写真は、ジェームズではない違う男性……。つまり、合成して嘘の家族を演じていたのだ——

《ドン…ドン…!》

「ハァッ——!!」思わず 叫声きょうせい をあげてしまったアリソン。
 曲がりのないストレートの階段を降りていくと、正面がリビングの部屋なのだが、降りてから左がわに Uターンをすると、トイレやシャワー室、クローゼットが見えてくる。そのクローゼットから、突如とつじょ、物音がしたのだ。
 バクバク…バクバク…と心拍数を一〇〇以上にあげたアリソンが、クローゼットへと歩いていく。一〇メートルもない距離だから、すぐに辿たどりついた。すると——「……んんん……」とだれれかがうめいているではないか。アリソンは、手をめいいっぱいにばしてから、その扉をあけた。

《——カチャ——》

「はっ!? なんてこと」アリソンは、拘束こうそくされている人物を発見した。スリップ・ワンピースの寝間着ねまきをまとい、口や両手・両足にガムテープのかれていたその女性は——サラだった。「すぐ たすけるわ」
 と、そこに——

《——バタンッッ!!——》

「……ルール違反じゃないか」ジェームズがりてくる。
 アリソンは かけ走り、声の主をたしかめた。「ジェームズ、どうゆうこと?」それ以上、近づかないでという合図をだしながら。
「キミには、知られたくなかったのに……」アリソンのところにり立った。「なぜ、これを身につけない?」昨夜ゆうべ、プレゼントした——イニシャルの A をかたどった——ネックレスをぶらさげて見せた。
「……寝るまえに外したの……」すくまった——ふるえる声でアリソンがたずねた。「部屋に入ったの?」
「キミこそ、ここに」とジェームズ。
 ふたりのあいだに、緊張がただようなか——

《——ピルルルルルッ……!——》

 それは、たおれているサラを発見したときに、置き忘れていたアリソンの携帯着信音。ジェームズは、音のなる方にふりかえった——すると、アリソンはすかさず、キャビネットのうえにあった花瓶かびんをつかんで、彼れの頭に おもいっきしなぐりつけたのだ! 《パリンッ!》という花瓶のれる音とどうじに、「ぬぁ”っ!」という ジェームズのにぶい声がもれだした!
 アリソンはそのすきに階段をかけあがり、いそいで助けを呼ぼうとするが……ドアまできたところで、足をつかまれてしまう!
「放して! 放してよ!」足で もがき続けているアリソン。
 その両手で引きずられるのをえているさまは、般若はんにゃのような形相ぎょうそうに近いといっていい。つかまれていた足が解放されると、アリソンは、からだをジェームズ向きにひねりだし、その右足をつかって おもいっきしりおした! 股間こかんに一発、そして、すぐさま顔面にも!
 バタバタ、バタバタ……とひるんだジェームズが下に倒れおちていく。
 アリソンは全力で逃げた! 一階の自分の部屋にもどり、そこから玄関をこえて車に乗りこんだあとは、警察に知らせて……

《——ガチャガチャ……》
《——ガチャガチャ……》
《——ガチャガチャ……》

 扉が開かない……
 なんどひねっても、カギがかないではないか!
 それもそのはずだった。外から鍵穴のなかに、大量の接着液を注入ちゅうにゅうされていたのだから……。

 下から「アリソン」と呼ぶこえを聞いたアリソンは、とりあえず、キッチン・テーブルのところで身をひそめようとした。そして、呼吸をころす。
「アリソン」少しずつ、近づいていくジェームズ。「ちゃんと話しあわないか?」アリソンのかくれている、テーブルまで行きついた。「全部、キミのためにしたことだ」
 アリソンは、こっそり顔をのぞかせた。
 ——彼れはいま、背中を向けている。
 ——いまだ!

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 アリソンは、キッチンにあったヤカンをつかむなり、「ヤアア——ッ!!」と甲高かんだかい声をあげて、放りげたっ!
「っあ”ッ!」またもや、顔面にもらってしまうジェームズ。
 そのすきに、アリソンは玄関とは真逆まぎゃくにある——庭のとびらへと走りだした!

《——ガチャガチャ……》
《——ガチャガチャ……》
《——ガチャガチャ……》

 こっちもやられていた……。
 とうとう、アリソンはつかまってしまった。
「オレもつらいんだ」ジェームズは、アリソンを床にたおして首をしめている。
「……どうして……」ジェームズの力づよい大きな手であっぱくされながらも、かろうじて出せた言葉をアリソンは言った。
「こんなにくしたのに、オレからはなれようとするから」悲哀ひあいのこもる声で言ったジェームズ。
 しだいに、アリソンの視界がどんどんせまくなっていき、ついには、すべてが闇一色やみいっしょくにつつみこまれてしまった。
 ジェームズは そんなアリソンの髪みを、愛おしそうに、涙を浮かべながらでていた——。

 ————————

 ————————

 暗かった視界が明けてくる……
 うつろげな世界がだんだんと……
 アリソンをだまし、サラを拉致らちしていたあの男——ジェームズは今、土をっていた……
 アリソンのお庭の……。
 マイケルの首に致命傷ちめいしょうを負わせた——先のとがった——ショベルで、ジェームズは《…ガサッ…ガサッ…》と、まっしぐらに掘りつづけている。もうちょっとで、ひつぎが一つ、入るんじゃないかってところまで 穴がほられていた。
 彼れは作業をとめると、うしろをふりかえる。アリソンが目をましたのだ。が、気絶しているサラの——となりに倒れている彼女もまた、両手・両足をしばられ、口をふさがれていた。
「起きたのか」ふたたび掘りながら、ジェームズが言った。「ハンナ(元妻)は、オレを庭に近づけようとはしなかった。お花は繊細せんさいだからって。その境界きょうかいを越えるなって……でも、アイツは他のヤツとていたんだ」ふりむいて、「……んんん……」と、もがいているアリソンに言った。「そっちの境界は かんたんにえた……まだ死体はみつかってない」ショベルを縦にしこんだあと、穴のなかにいるジェームズは、アリソンに顔を近づけた。「こんな結末は残念だよ」すると、ジェームズは、アリソンの口をふさいでいるガムテープをはがしだす。「なんか言いたいのか?」
「わたしも悪いことしたわ」あおむけに倒れているアリソンが言った。「あなたを愛してるの」そして、頭を上にもちあげて、ジェームズのくちびるに飛びこんだ。
 いきなしでおどろいたジェームズは、すぐに口唇こうしんを引きはなす。そして、寸刻すんこくをおくと、今度は彼れからアリソンのくちびるにりていった。舌をからめるほどの、ディープな接吻せっぷんわしていると、彼女へのいつくしみがまたもどってくる。
 すると——
「……あ”ぁ”ッ!」つとジェームズがひるみだした!
 なんと、アリソンが彼れのくちびるにみついたのだ。
 そして、アリソンは、しばられている両手でショベルのをつかみだすと、ふり向いてきたジェームズの顔をめがけて、一気になぎはらってみせたのだ! 
《カーン》という衝撃音をひびかせたのにもかかわらず、ジェームズはまた、立ちあがってこようとしている。
 アリソンは、もう一度——今度はショベルを横むきでぎはらってみせた! をえがくように、そのとがった先っちょで、ジェームズのノドを《スパンッ!》と切りくように。
 それは、もう——チョコレート・ファウンテンのごとく、かれたノドからドス黒い血が流れだしているのだ。ジェームズの体から……。そして彼れは、アリソンとサラをめるはずだった、庭の墓穴ぼけつに落ちつくのだった——。

 その後、警察たちや救急隊などがアリソンの自宅に雲集うんしゅうし、サラもふくめて、二人は無事に救出された。
 刑事さんいわく、ジェームズという男は、州をまたいで七件の殺人に関与かんよしていたという……。

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《——プルルルルルッ!——》

「はい、クラウダー事務所です」ビジネス用にめかしこんだサラが、電話にでた。「少々お待ちいただけますか」電話を切ると、にこやかに受付カウンターを後にした。むかった先は——

「二番に電話よ」
「あとで、かけ直すわ」サラにこたえたアリソン。
 なんと、マイケルが紹介してくれた事務所に、ふたりは転職していたようだ。サラが受付係りで、アリソンが自室をかまえた弁護士に。
「ねえ、ランチに行かない?」デスクに座っているアリソンが言った。
「メキシコ料理がいいわ」ドアのないオープンな部屋の、入り口に立っているサラ。
「いいわねぇ、行きましょう」

 事務所を後にした二人は、ランチ休憩に出かけていった。
 大きな雑木ぞうきがそびえたつ、緑りのしたで——
 うららかな陽光が浴びせてくる、青空のしたで——
 次こそはいい男に出逢うんだと——
 希望をむねに いだきつつ——。

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 ——おわり。

「われわれの美徳は、ほとんどの場合、偽装した悪徳に過ぎない」
 モラリスト文学者 ラ・ロシュフコー

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