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英国で、低支持率・地方選惨敗の首相が解散総選挙を決断した理由

リシ・スナク英首相は、庶民院(下院)を近く解散し、7月4日に総選挙を実施すると表明した。野党・労働党に支持率で大きなリードを許している。今月行われたイングランドの統一地方選では改選議席の半分近くを失う大敗を喫した。14年ぶりの政権交代が現実味を帯びている。秋まで先送りして支持率の回復を待つとの見方が大勢だったが、スナク首相は早期解散の賭けにでた。

支持率低迷、選挙での惨敗と、日本の岸田文雄首相と同じような苦境にあるスナク首相が、なぜ解散総選挙に打って出たのか。その1つの背景を今日は指摘しておきたい。

それは、英国社会の企業、官界、政界などに「年功序列・終身雇用」の慣行がないことだ。

スナク首相は、総選挙に敗れて首相の座から退いたら、議員も辞職し、政界そのものから引退する可能性があると思う。そして、首相は、米国か英国の金融やIT企業のCEOクラスになるだろう。あるいは、首相は富豪であり、その資産を生かして、自ら新たに事業を起こすのではないかと思う。

実は、英国では首相や閣僚などを経験した政治家が、退任後に議員そのものから早期辞職し、民間企業に転身するケースが少なくないのだ。

例えば、トニー・ブレア元首相は、2007年の首相退任後、金融機関「JPモルガン」の国際政治面での最高経営責任者(CEO)への助言役となった。また、ゴードン・ブラウン元首相は債券などの大手「ピムコ」の国際顧問団の一員となった。

また、アリスター・ダーリング元財務相は金融機関「モルガン・スタンレー」の取締役会に名を連ね、ウィリアム・ヘイグ元外相(元保守党党首)はシティグループに職を得た。ジョージ・オズボーン元財務相は、世界最大手の資産運用企業「ブラックロック」の投資部門の上席顧問に就任している。

スナク首相に話を戻す。アフリカから移住したインド系の両親のもとに生まれ、オックスフォード大学を卒業した後、大手金融機関のゴールドマン・サックスやヘッジファンドでの勤務を経て、2015年に35歳で下院議員に当選した。

2020年、39歳の若さでジョンソン政権の財務相に抜てきされた。そして、2023年10月、英国では20世紀以降、最も若い43歳で、初めてのアジア系の首相となった。

政界でのキャリアはわずかに9年で、首相にまで上り詰めた。首相として、インフレや経済低迷、不法移民などへの対策で一定の成果があがったと強調する。

スナク首相は、その成果を総選挙で国民に問う。評価されて、選挙に勝利すれば、首相を続ける。評価されず、首相を退任することになっても、その成果を基に民間企業に「就職活動」し、より高所得の新たなキャリアを築いていくのだろう。

スナク首相にとっては、首相の座さえも、自らのキャリアの一部でしかないのかもしれない。

日本では、大物閣僚が民間企業の幹部に転ずることは、ほぼない。そもそも、政界を早期引退しようとする人がいない。できる限り長く政界に居座って、キングメーカーになり、隠然たる力を誇示し続けようとする。

その違いは、日本では社会全体に広がる「年功序列・終身雇用」の慣行が、英国にはほぼ存在しないからだろう。

日本では、まずスナク氏のようなビジネス界のエリートが、35歳で政界に転じることが少ない。年功序列・終身雇用では政界に転職しようとして、失敗すれば、元の待遇と同じ職を再び得るのは難しい。政界に出ることは「リスク」が大きすぎるので、仕事がうまくいっている人は、まずそこから離れて政界に行こうとしない。

また、政界が「年序列(年功、ではなく年序列)」なので、スナク氏のように優秀だからと早期に要職に抜擢されることもない。

ビジネス界で優秀な人材とされても、政界でも1回生扱いされる。早期に政界入りする年下の世襲のボンボン議員にペコペコしなければならない。そんなつまらない思いをするために、わざわざ政界に転じたりしない。

そして、負けたら政界を引退してビジネス界でキャリアアップすればいいという発想がないので、不人気でも思い切った改革に取り組んで、信を国民に問うという気概も持ちにくい。問題先送り、事なかれ主義、無責任体質が横行する。

何度でも繰り返すが、年功序列・終身雇用の社会では、ビジネス界に戻れないので、本当に「選挙を落ちたらタダの人」、いやタダ以下のプータローになるので、政界にしがみつくことに必死になってしまう。

スナク首相の、ほぼ敗北確実という状況下での、あまりにも潔く成果を世に問おうという姿勢をみて、日本の政治・社会の体たらくについて、あらためて考えさせられてしまった。





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