【連載小説】『平凡な少女のありふれた死に方』第13話

「私が言うのはフェアじゃないってわかってるんです……」
 高木さんはそう言って苦虫を嚙み潰したような顔で、自分の知るすべてを語ってくれた。
 真っ直ぐ僕の目を見つめるその瞳は、ビー玉のようにキラキラと光を反射して、透き通った綺麗な色をしていた。落ち着いた雰囲気で文学少女然とした住野さんとは対照的に、彼女は軽く明るく染まった髪とパッチリ開いた大きな瞳が印象的な派手めの女の子だった。
 住野さんとは同じクラスで、何でも話せるほど親密な間柄とのことだが、全く違うタイプだからこそ仲がいいのだろう。確固たる覚悟と切実さを持って語る彼女を見れば、どれだけ住野さんのことを思っているのかが十分に伝わってきた。
 一通り話を聞き終えて、僕はそのまま住野さんの元へと向かった。彼女の語ったことをきちんと咀嚼できてはいなかったし、素直に信じられないという思いもあった。そんな中で彼女と会うことが正しいのかはわからなかったが、それでも僕はこのシナリオを進めるために、彼女と話をしなければならないと思った。
「その顔、どうせ菜月から全部聞いたんですよね」
 再び病室で僕を出迎えた住野さんは、開口一番そんなことを口にした。
「あーあ、最悪。あの子って変に真面目なんですよ」
 僕が何かを言うよりも先にすべてを理解したといった様子で、肺の中で古く澱んでいた空気を一気に吐き出すように大きな溜め息を吐く。
「やっぱり住野さんは白坂先輩を殺してなんかいなかったんだね」
 彼女はひどくつまらなそうな顔をしていて、今更そんな話は聞きたくないとでも言いたげだった。それでも僕は話を続ける。
「あの日、実際に君は先輩と会っていた。そして何かがあって、怒鳴り声を上げるほどの喧嘩になった。オカ研と漫研どちらもその声を聞いていたし、その前に部室棟に入っていく君の姿を見かけたという子もいたから、そこについてはほぼ間違いない」
「じゃあ、そのときに怒りに任せて私が殺したんじゃないですか? それを自殺に偽装して、そうしたら偶然あの人はその日死ぬつもりだったから、遺していったシナリオが上手い具合にハマってしまった。それなら全部辻褄が合う」
 無駄だとわかっていることをあえて口にする。それは結論を急かすようでもあり、逆に遠ざけているようでもあった。
「残念ながら、それはありえない」
 僕も彼女がわかり切っているであろうことをあえて答える。まるで探偵と犯人に分かれて決められたセリフを読み合っているような不自然な感覚だった。
 きっと彼女はすべてを暴かれ、糾弾されようとしている。そして僕はそれに応える義務があった。
「オカ研と漫研の人たちが怒鳴り声を聞いたのは十六時ごろ。でもその三十分後、十六時半ごろに白坂先輩の姿が見られているんだ。オカ研の根本が帰り際に文演部の部室を覗いて、その時は部室に白坂先輩一人だけだったと言ってる」
 つまり、住野さんが白坂先輩と会ってから、先輩が死ぬまでの間に最低でも三十分以上の空白の時間が発生している。しかも、根本が覗いた時に住野さんがいなかったということは、彼女は先輩と口論になったあと、一度部室から出ていることになる。
「それに、君は白坂先輩と会ったあと、高木さんと会っている」
 まるで役割を終えたかというように、彼女はもう何も言わなかった。
「ちょうど部室棟の前を通りがかった高木さんは、明らかに様子のおかしい君を見つけて声をかけた。君はただ黙って涙を流し始め、彼女はそんな君を落ち着かせるために、近くのベンチに座ってしばらく寄り添っていた」
 住野さんは十七時ごろになって、もう大丈夫だから、と言って部室棟の方へ戻っていった。そんな高木さんの証言が正しいとすれば、彼女には白坂先輩を殺す時間はなかったはずだ。
 僕の指摘に対し、何も否定をしないことが何よりの証明だった。彼女はすべてを受け入れてただ死刑宣告を待つ囚人のように、優しい風に揺れるカーテンを静かに眺めている。
「どうして自分が殺したなんて嘘を……」
 思わず口からこぼれ出た疑問に対し、彼女は呆れたように鼻を鳴らして笑った。
「私、先輩のことが好きだったんですよ」
 あたかもどうでもいいことを語るように、その口調はあまりに他人事染みていた。こんな風に言わせてしまったことを申し訳ないと思うけれど、僕には他にどうしようもなかったのだと思う。実際に同じことを高木さんに聞かされたときも、曖昧な返事を返すことしかできなかった。
「そして、あの人のことは嫌いでした。前はそれらしい理由を言ってみましたけど、本当は単に羨ましかったんです」
 彼女は不自然に抑揚のついた声で、決してこちらを向かないまま語る。
「あの日、私はあの人に部室に呼ばれて、そこでこれから死のうとしているということを告げられました」
 ――君には謝っておかなきゃいけないと思ってね。
 どうして自分にだけ先に教えたのか、と住野さんが尋ねると、白坂先輩はそう答えた。
「あの人は私の気持ちを知っていた。自分がそれを邪魔していることも。先輩はあの人の作る物語に、その中に存在する先輩自身の偶像に、挙句、あの人自身に憧れていた。もし自分が死ねば、その憧れは崇拝に変わり、より強固で絶対的なものとなってしまう。きっとその先に私が入る余地はないから、結果的に恋路を邪魔してしまうことになるのを先に謝っておきたい、と言われました」
 僕には反論できないし、する資格もなかった。彼女に何を言ったところで、傷ついた心をえぐることになるだけだった。
「そういう自分の死に価値を見出しているところがすごく嫌いだった。死ぬなら一人で死ねばいいのに、他人を巻き込む傲慢さが許せなかった」
 淡々と続けられていた言葉が途切れる。その一瞬の沈黙に、彼女の抱えている複雑な感情のすべてが詰め込まれていたように感じた。
「死ぬことに価値なんてない。そう言ったら、あの人何て言ったと思います?」
 ――そうだね。勝手に価値をつけるのは残された人々だ。
 それが彼女にとってどれだけ残酷なものだったのかは、想像さえできなかった。
「私からも一つだけ聞いてもいいですか?」
 帰ろうとしていた僕を呼び止め、彼女はそんなことを尋ねてきた。一度ドアにかけた手を離し、首だけで彼女の方を振り返る。
「どうして私が先輩を好きになったのか、思い出してくれましたか?」
 僕は少し迷って、いや、と短く答えて顔をそらす。
 ――曖昧で、矛盾していて、不格好な自分を許してあげることが必要なんだよ。
「松原咲人の言葉。先輩……けいちゃんが小さい頃、私に言ってくれた言葉です」
 もしかしたら、嘘でも思い出したふりをすれば、彼女も少しは救われた気持ちになったのかもしれない。それでもただ押し黙ることしかできなかったのは、きっと僕があまりに曖昧で、矛盾していて、不格好すぎる人間だからだった。



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