【連載小説】『平凡な少女のありふれた死に方』第11話

 住野さんのお見舞いへ行った次の日、僕と和希は部室棟で聞き込みを行うことにした。
 やはり彼女が白坂先輩を殺したとは思えない。しかし、彼女が何かを知っていて、それを隠している可能性は高い。それが理由で自分が先輩を殺したと嘘をついているのではないかと考えていた。
 白坂先輩の死を追求するため、いずれにしても当日のことは調べる必要があった。そのとっかかりとしても、住野さんの行動から紐解いていくというのは悪くないアプローチだろう。
「じゃあ僕は知り合いを適当に当たってみるよ」
 一緒に行動しても効率が悪いだろうということで、二手に分かれて聞き込みを行うことになった。和希は独自の人脈があるので、それを使って情報を集めようとしているらしい。
 早速出遅れて、部室に取り残されてしまったので、とりあえず僕は近場から話を聞いてみることにした。
 部室棟は各階に真っ直ぐ一本の廊下が走っていて、左手が窓、右手に各部室が並んでいる形になっている。文演部の部室は三階の奥から二番目の部屋が割り当てられていて、階段は入口側にしかないため、わざわざ端まで行かないと出入りができないのが面倒だった。
 こうした構造上、文演部の部室に出入りするためには、他の部室の前を通らざるを得ない。つまり、住野さんが本当に白坂先輩を殺していたのだとしたら、その時も誰かに姿を目撃されている可能性が高い。
 もちろんドアを閉めていれば廊下の様子は見えないが、部室はドアを閉めてしまうと空気がこもりやすく、風を通すために窓とドアを開けっ放しにしていることが多い。あの日はちょうど残暑の蒸し暑さが厳しい日だったので、おそらくほとんどの部活が扉を開けていたはずだ。
「どうも。ちょっといい?」
 まずはすぐ隣のオカルト研究部を訪ねた。
「ああ。誰かと思ったら西村くんか」
 案の定、この日も開けっ放しになっていた扉を一応ノックして中に入ると、副部長の根本が出迎えてくれた。
 根本は僕と同じ二年生で、クラスメイトでもあった。決して社交的とは言えない僕が喋りやすい数少ない相手の一人だ。相変わらず真っ白い顔に紫色の不気味な隈が張り付いていて、陰気な雰囲気を漂わせている。
 文演部とオカ研は部長同士の仲が良く、部室が隣同士ということもあって、部活ぐるみで仲が良かった。一部の部員はたまに『本作り』に参加してくれることもあるくらいで、今年の文化祭では協同で制作した作品を展示予定だった。
 オカ研は部員も少なく、いつも熱心に集まっている方ではないので、この日は彼一人のようだった。聞き込みという意味では他の部員もいてくれた方がよかったが、事情が事情なので逆に話しやすくてよかったかもしれない。
「この度は、何と言うか、大変残念だったね……」
 根本は僕の顔を見るなり、ばつの悪そうな表情を浮かべる。
「うん。実はそのことで聞きたいことがあるんだ」
 僕は前置きもそこそこに、早々に本題に入る。どこまで話すべきか迷ったが、住野さんのことは隠して、白坂先輩が誰かに殺された可能性があるとだけ伝えた。
「それで、あの日誰かが部室の前を通らなかったかを知りたいんだ」
「なるほど。もし本当に殺人だったとしたら、犯人は必ずオカ研の部室前を通っているはず、ということだね……」
 どうやら根本はあの日もこの部室に一人で本を読んでいたらしい。
「正直言って、そこを通った人までは覚えていないな……。何人か見かけた気もするが、文演部ではなくて漫研の人たちかもしれない。それに十六時半には作業が終わって帰路に着いてしまったから、その後のことはわからない」
「そっか。まあそうだよね」
 交通量調査のバイトをしていたわけでもあるまいし、いちいち部室の前を通った人間を確認したりはしないだろう。
「ただ、そういえば一つ気になったことがある」
「気になったこと?」
「ああ。実はあの日の夕方くらい、ひどい怒鳴り声が聞こえたんだよ。あのときは誰かが喧嘩でもしているのかとあまり気にしなかったんだが、今になって思えば、あの声は住野くんのものだった」
 全く予想外のところで思わぬ情報が飛び出してきた。それがもし本当だとしたら、住野さんは僕たちよりも先に一度部室を訪れているということになる。しかも怒鳴り声を上げていたというのはただ事ではないし、彼女が一人ではなかったということも意味している。
「それって何時くらい?」
「確か部室に来てすぐくらいだったから、十六時ちょうどくらいかな」
 僕たちが部室の前に集合したのは十七時。白坂先輩に準備があるからと指定されたのがその時間だった。その空白の一時間の間に住野さんと白坂先輩が会い、何かが怒鳴るほどのことがあって、結果として住野さんは先輩を殺害した。全くない、とは言えないシナリオだ。
「実は帰り際にちらっと文演部を覗いたんだが、その時は白坂先輩一人しかいなかった。だから確実に住野くんだったという保証はないが……」
「ということは、怒鳴り声が聞こえて少ししてからも、白坂先輩は生きていたってこと?」
「あ、あぁ。そういうことになるね」
 これで再び住野さんが犯人である可能性が薄まった。彼の証言通りなら、住野さんは口論をしたあとに一度部室から立ち去っていることになる。そこからまた戻ってきて殺害、というのもありえなくはないが、動き方としては違和感が残る。
「僕が聞こえたということは、逆隣りの漫研でも聞こえていたんじゃないかな。そっちにも聞いたら何かわかることがあるかもしれない」
 一旦根本に別れを告げ、彼の言う通り漫研にも話を聞きに行くことにした。
「すみません……」
 漫研はオカ研と違い、挨拶程度の関係しかなかった。仲が悪いわけではないのだが、あまり他人と積極的に関わろうとするタイプではないのだろう。僕も同じタイプなので、会話を交わしたことのある人はほとんどいなかった。
 僕はか細い声とともに、そっと顔を覗かせて中の様子を確認する。部屋の中にはよく廊下で見かける人が四人座っていて、全員が机にかじりつくようにしてペンを握っていた。作業に集中しているようで、こちらの声は届いていない。
「あの、すみません」
 上擦りそうになる声を何とか抑えてもう一度呼びかけると、一番手前にいた一人がこちらに気付いてくれた。
 丸眼鏡で短く切り揃えられた髪。大人しい文学少女と言った雰囲気だが、瞳の奥に芯の強さを感じる。彼女もかなり濃い隈を携えているが、単純に陰気なだけの根本と違って寝不足と疲労から来るものだろう。名前は知らないが、彼女は確か漫研の部長だったはずだ。
「えっと、あなたは……」
 顔は見たことがあるが名前を思い出せないといった様子で、こちらをまじまじと見つめる。微妙な沈黙が気まずかったが、僕の方も相手の名前を知らなかったのでお互い様だった。
「文演部の西村です」
「ああ、西村くん、ね。どうもどうも」
 思い出したようなふりをしているが、まるでピンと来ていない様子だった。部活も学年も違う僕のことを知らないのも無理はないだろう。
「それで、何か用かしら? ちょっと今締め切り前でバタバタしていて」
 確かにかなり逼迫していることが他人の目から見ても明らかだった。部長はこうして僕に対応してくれているが、他の部員たちはこちらを一瞥しただけですぐに自分の作業に戻っている。そんな忙しい中に来てしまったことを申し訳なく思いつつも、僕の方もそうは言っていられない状況なので仕方ない。
「実は先週の月曜日のことを聞きたくて……」
 僕がそう言うと、彼女はハッとした顔をして、すぐに申し訳なさそうに顔を歪めた。どうやら僕が言うまで白坂先輩のことを忘れていたらしい。もう一週間以上経っているし、自分の活動に必死だったらそんなものなのかもしれない。
「……ごめんなさい。とりあえず中で座って」
 あえて何かを言うわけでもなく、彼女はそのまま僕を中へと招いてくれた。他の部員たちもいつの間にか手を止めていて、様子を窺うような目でこちらを見つめている。
「先週の月曜日の十六時くらいに、怒鳴り声が聞こえたという話がありまして……。もしかしたら漫研の方にも聞こえてたんじゃないかと思って、聞きに来たんです」
 余計な心配をかけるのもよくないと思い、彼女たちへの説明は最小限に留めることにした。変な噂を流すようなことはないにしても、逆に彼女たちの負担となってしまって締め切りを破らせてしまっては申し訳ない。
「あいにくその日は部室にいなかったの……。紗紀子たちはいたんじゃないかしら?」
 彼女が他の三人に話を促す。
「はい、覚えてます。たぶん隣の部室からだと思うんですけど、突然すごい声が聞こえたから驚いて……。なんか口論?をしてるみたいだったかな」
「うん。会話の内容までは聞こえなかったけど、口論っていうか、片方が一方的に怒ってる感じだった」
 一年生らしき二人は部長とは違い、あまり僕に対して気を遣っている感じはなかった。対岸の火事を野次馬目線で話しているような口ぶりで、重たい空気を中和してくれるのが逆にありがたかった。
「ありがとうございます。他に何かあの日のことで気になったこととかはありますか?」
 だいぶ情報は得られたが、何かもう少し踏み込んでいく手掛かりがないかと尋ねてみる。
「あ、あの……」
 すると、まだ口を開いていなかったもう一人の部員が恐る恐る口を開いた。
「私、二人とは少し遅れて部室に来たんですけど、そのときチラッと文演部の部室の中が見えて……。部長さんともう一人部員の方が話していたのを見ました。確かに何か揉めているようだったかも」
 これで確定だ。やはり根本が言っていたことは間違いないようだった。あの日、住野さんは白坂先輩が死ぬ前に会っていて、しかも激しい怒鳴り声を上げるほどのことがあった。
 僕は四人にお礼を言って、また何か思い出したら教えて欲しいと伝えて部室を後にした。
 少しずつ当時の状況がわかってきたものの、肝心の部分がまだ不明瞭だった。住野さんはどうして白坂先輩を殺したなどと嘘を吐いたのか。彼女は何に怒ったのか。彼女は何を隠そうとしているのか。
 一度文演部の部室に戻り、次はどこに向かおうかと考えていると、ちょうど和希が戻ってきた。
「何かわかった?」
「多少は収穫あったけど、まだまだって感じかな……。そっちは?」
「こっちも色々あったんだけど、とりあえず重要参考人を連れてきたよ」
 そう言って和希が少し横にずれると、後ろには知らない女の子が立っていた。
「はじめまして。一年の高木菜月って言います。詩織のことで、先輩に話があって来ました」
 こちらに目を合わせず、俯いたまま話す彼女は、悲しそうで、怒っているようで、今にも泣き出しそうな顔を浮かべていた。



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