短編コラム だれかの心臓になれたら
「こんな世界」と嘆くだれかの生きる理由になれるでしょうか。
まるで歌のような言葉が、僕の胸に響いた。それは最初で最期の愛の言葉だった。
街も人も歪み出し、化け物のように変わってしまった。欲動に巣食った愚かさが、この目に映る。人々はシアトリカルに手の上で踊らされ、生きる意味を知らぬまま、形骸化した夢に取り憑かれていた。
「愛をください」と誰もが願った。そっと震えた手を取り、心を抉るような美しい愛を求めた。
「こんな世界」と嘆く誰かの生きる理由になれるでしょうか。
いつか終わると気付いた日から、僕の心臓は死へと秒を読むように鼓動し続けている。雨に溺れ、藍色の闇に溶けてしまっても構わないと思った。
でも、どうか、どうか、あの日のように傘を差し出し、笑ってみせてほしい。僕たちが一緒にいることで、また雨の日も晴れて見えるようになるはずだから。
もしも夢が覚めなければ、僕たちは姿を変えずにいられたのだろうか?解けた指から消える温度は、だれの思い出なのだろうか?
雨に濡れた廃線、煤けた病棟、並んだ送電塔、夕暮れのバス停、止まったままの観覧車、机に咲く花、君の声。何もかも、最初から無かったように感じられる。
死にたい僕は今日も息をして、生きたい君は明日を見失っている。なのに、どうして悲しいのだろう?いずれ死するのが人間だとわかっているのに。
永遠なんてないけど、思い通りの日々じゃないけど、脆く弱い糸に繋がれた僕たちは、次の夜明けを待ち望んでいる。
どんな世界でも、君がいるなら、僕は生きていたいと思える。君がいれば、僕の地獄でも、絶えず鼓動する心臓になれる。
僕も、だれかの心臓になれたなら。
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