聞き上手と現場感

現場は大事だ。

よく言われる。反論する人はあまりいないだろう。その意味では、「顧客が大事」という言葉ととてもよく似ている。誰も反対しないが、それが何を示しているかはあいまいだ。

ここでは現場感とは何かを考えたうえで、現場感を掴むうえで聞き上手が果たす役割について考えてみたい。

現場感ってなんだ

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現場が大事。だから現場感を持ちなさいと言われる。では現場感とは何か。わざわざ現場感という言葉を使うくらいなので、現場にいない人のための言葉だ。マクドナルドの店長に現場感は必要ない。現場にいるから。現場で起きていることや雰囲気を把握し、その見合いを抽出したうえで、企画や営業やマーケティングや経営といった本社業務に活かすときに使う。

そしてそれは、現場知識とは違う。現場理論でも現場認知でもない。感覚的な、五感すべてを使った身体的経験のことを言う。もちろん実際に店舗にいることそのものではなく、言葉にならないものを含めたそのエッセンス、実際に店舗にいないのにいるように理解していることだ。

では、現場の雰囲気や感覚、細かいノウハウを覚えていれば、現場をうまく回す能力を持っていればそれが現場感か、というとそれもちょっと違う。あくまで目的は本社業務にあり、本社業務のために役に立つものでなければならない。新商品開発であれば現場で求められている商品が何か、というところまでたどり着かなければならないし、販売促進であれば顧客に訴える言葉は何が適切か、までたどり着かなければならない。

つまり、ただ雰囲気を五感で感じたり、現場で働くだけでは不十分ということだ。あるべき現場感とは、「現場で起きている事象を五感を使って把握し、目的となる業務に使用できる形に咀嚼する能力」と整理すべきであろう。よって、①現場で起きている事象を五感で把握する能力、②目的となる業務に使用できる形に咀嚼できる能力の2つが必要となる。

作業用衣類の店舗に来た商品開発マネージャーは、来店者の雰囲気や目線、空気の動きなどを感じる中で、まず女性客が多いことに気づき、そして女性客は男性とちがって目的を持っておらず特定の用品を探しているのではないこと、2人連れでお互いをほめながら服を見ていることなどを五感を使って把握する。そしてそれを咀嚼し、ファッションとしての作業用衣類という言葉に落とし込むことができて初めて新商品開発が成功するのだ。

現場で起きている事象を五感を使って把握する

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五感を使って把握する。イメージはしやすいが、ただ五感を使うだけであれば、現場にいれば誰でもできる。人間の五感は常にセンサーがオンになっているのだから、重要なのは使い方である。ここではおそらく3つの視点がある。
・作業者の視点
・顧客の視点
・俯瞰した視点
(工場などの現場においては、顧客としての視点は存在しない場合もあり得る。)

作業者の視点を持つには、作業者になるのが最も良い。飲食チェーンであればホール/キッチンスタッフとして中に入る。工場であればラインに入る。BtoBの商談の現場であれば自らがセールストークをする。そこでの動き方、顧客の目線や態度などを感じることだ。

顧客の視点も同様に、顧客としてふるまうのが良い。店舗であればただ歩くだけでなく、店員に声をかけ、購買まで行うべきだろう。その時の顧客としての感覚を得る。

俯瞰した視点は、それらに縛られず全体を何となく感じることで、最終的には作業者か顧客の視点に落とし込まれるであろう事柄だが、それぞれの意識だけでは感じられないことだ。例えば店舗や工場への光の入り方や、出入り口以外のドアの開閉など。そうしたことが咀嚼する段階でのヒントになることが、往々にしてある。

さて、把握するうえで重要なのは、「違和感」だ。それは必ずしもリアルタイムで意識に上らせる必要はないが、本来こうあってほしい、という状態と比べてそうでないときに気づけることが重要であり、それを身体的な記憶として留めておくことが必要だ。違和感がない五感は、ただの体験であり、それでは本社業務に活かすことはできない。

なお違和感は、必ずしも改善点を意味しない。来る前に自分が描いていた現場との違いを見出すということだ。味を求めて珈琲を飲んでいるという自分の想像とちがい、おしゃべりを楽しむために珈琲を頼んでいるという違和感に気づけるか、といったことだ。違和感に気づければ、珈琲の味を向上させるだけでなく、会話を楽しめるインテリアや音響設計に発想が向かう。違和感に気づかなければ、結局頭の中で事前に描いていた現場と違わない印象のまま、現場を出てきてしまうだろう。

違和感の段階では、言語化しないほうがよい。現場にいる違和感の段階で安易に言語化すると、受け取る情報をその方向にゆがめてしまう。「判断停止」して、ただただ、受け止めるのだ。

目的となる業務に使用できる形に咀嚼する

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上記から連続して、違和感を覚えたことを前提として、その違和感を形に落とし込むのが、咀嚼する能力だ。

今度は、記憶をさかのぼり、そこで感じていたことを言葉にする。意味合いを考える。仮説を発想し、それをぶつけてみる。この段階では、ほかに現場を知る人と意見をぶつけあったりするのも有効だろう。

この段階では、本社業務の目的に沿って合理的に思考を進める必要がある。ここで言葉に落とし込めないと、他人と共有できない。反証ができないため深まらない。

この段階で使用するフレームワークは、ロジカルシンキングであり、イシューアナリシスであり、イシューツリーである。そこに現場で感じた違和感をうまく落とし込めることで、オリジナルな分析と打ち手が生まれる。この時、現場で十分に体験と感情を動員しておかないと、机上の論理に引っ張られてしまい、常識や無難な考えに引っ張られてしまう。現場に行く目的は机上の論理で到達できないことに気づくことなのだから、論理に負けない確信を自分の感情から導く必要がある。

情報の吟味を現場で行わない

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最も重要なことは、情報の吟味を現場で行わないことだ。判断を停止し、あるがままを受け入れる。漁師が漁船のうえでマグロの解体をしないのと同じだ。情報を収集する漁場では、魚を集めることに徹する。またその際は、マグロを集めると決めているわけではないのだから、マグロ以外の魚もすべて集める。廃棄はそのあとで良い。漁船と人間の脳の違いは、特に言語化されていない情報は容量を気にせず集めることができるということだ。

聞き上手を活用する

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さて、この①現場で起きている事象を五感で把握する際に有用なのが、聞き上手的アプローチだ。聞き上手は言語コミュニケーションのスキルであるが、その態度を五感を使って、環境との対話に適応する。聞き上手とは、端的に言えば、

・相手に好奇心を持ち、好きになる
・相手の言うことを先入観なく受け止める
・相手の状況、心情に共感し、肯定的に受け入れる
・感情を受け止めることをゴールにする

ことだ。それを現場に対しても行う。特に聞き上手が有用なのは、肯定的態度だからだ。本社から人が現場に赴くとき、往々にして「現場が気づかない新しい発見をしよう」「問題点を見つけ出そう」という態度を持つ。それはもちろん目的からして正しい。ただしそれでは、事前に考えている机上の仮説から離れることができず、正しい情報を受け入れることができなくなる。相手方、環境に真実が存在するという前提で情報を受け取るのだ。吟味は戻ってからでよい。

それから感情の重視が欠かせない。五感を総動員すると同時に、その結果自分の心に湧き上がってきた感情も観察する。この場合、環境側に感情はないので、自分の感情が対象となる。行為に伴って生じる感情にこそ、現場の現場たるゆえんがあるのだ。これも極めて聞き上手的なアプローチであるといえるだろう。

間接的な状況における現場感

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そして、このアプローチで環境を認識できるようになると、さらに広がる可能性がある。間接的な状況、すなわち人の話しから現場を思い描く能力が飛躍的に向上するのだ。

自分が行ったことのない現場の話をしてもらう際に、自分が行ったほかの現場での感情、五感、体験と照らし合わせて聴くことで、想像力が高まり、細部の再現性が高くなる。

例えば経理業務。紙で送られてきた情報をエクセルに入力する作業で月初は3日くらいつぶれてしまうという話を聞いたときに、合理的・本社的な頭で聞いていれば、「無駄ですね」だけの話で終わるだろう。それを、現場を想像しながら、その状況を前提として聞けば、その時に時間との闘いのプレッシャー、ミスを避けるためにどう工夫しているか、その入力を強いる営業に対する思いなどが自らに想起されるはずだ。打ち手を考えるのはそれからで良い。それができれば、結論が同じ「無駄」だとしても、同時に自動化する際のチェック項目の立て方、営業現場での入力のルール作り、期限の妥当性などに配慮が向く。往々にしてそうした配慮ができないことで、「正しい」打ち手が実現しない。

聞き上手アプローチによって、間接的であっても想像力を用いて、現場感を伴う話の聴き方が可能になるのだ。

まとめ

現場は大事、現場感を持つことが大事といわれるが、その指すところはあいまいだ。あるべき現場感とは、「現場で起きている事象を五感を使って把握し、目的となる業務に使用できる形に咀嚼する能力」である。

その際には、現場では事象を把握することだけにとどめ、情報の加工は現場を離れてから行うことが重要だ。

現場で起きている事象を把握するために、聞き上手のスキルは極めて有効である。聞き上手が肯定的態度で環境と向き合い、同時に感情を観察することができるからだ。

そして聞き上手アプローチで現場を体験できると、現場にいかずに話を聞いた際にも、同様の発想を持つことができるようになる。間接的であっても想像力を用いて、現場感を伴う話の聴き方が可能になるのだ。

聞き上手とはコミュニケーション技術の枠を超えて、世界の見方のフレームワークになり得る。


神山晃男 株式会社こころみ 代表取締役社長 http://cocolomi.net/