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もしも村上春樹の小説の主人公がロジカルシンキングを頑張ったら ①MECE編

台所でスパゲティーをゆでている時に、電話がかかってきた。僕はFM放送にあわせてAdoのうっせえわを口笛で吹いていた。スパゲティーをゆでるにはまずうってつけの音楽だった。口笛で吹くとわりと滑稽な曲になる。
僕は電話のベルが聞こえたとき、無視してしまおうかとも思った。Adoがまさにうっせえと繰り返している時だったからだ。それでも、電話には出なければならない。それが社会人というものだ。

「もしもし」
「もしもし。なんだか後ろがうるさいけど、何を聞いているの?」

妻のナオミからだった。

「FM放送を聞いていたんだよ。スパゲティーをゆでていたんだ」
「ふうん」

僕が何をしているかには、全く興味がないようだった。

「あのね。大事なことを言うからよく聞いてね。しばらく会えなくなるけど、探さないでね」
「もうすぐスパゲティがアルデンテでゆであがるところだよ。しばらく会えないって、どれくらい?」
「しばらくはしばらくよ。ちょっと覚悟しておいてね。ただし、数多くある連絡手段の中で、一つだけ通じる方法があるわ。どうしても連絡がしたくなったらそれを使ってね。それじゃ」

電話は突然切れた。やれやれ。いったいなんなのだろう。数多い連絡手段?冷静になれ、と僕は思った。今は問題を解決すべき時だ。どうやらこのまま待っていても彼女は返ってこなさそうだ。僕の本能がそう叫んでいた。やれることからやろう。まずは連絡手段について考えてみることにした。

考えを深め、物事を分類するときは、MECEに限る。ミーシーというやつだ。MECEとは、Mutually Exclusive & Collectively Exhaustiveの頭文字をとったものだ。MEは「互いに重なり合わない」、CEは「全体として漏れがない」を意味している

MECEを教えてくれたのはナオミだった。喫茶店で初めて会ったときのことだ。ナオミはその時、スパゲティー・ボンゴレロッソを食べていた。

「たとえば生き物を分類するときに、動物と植物っていうとするでしょ。そうすると菌類がはいらなくなってしまうから、それはCEと言えなくなってしまうわけ。脊椎動物を魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類、空を飛ぶ動物って分けたら、コウモリや鳥がだぶって入ってしまう。それはMEではないわけ」
「空を飛ぶ動物なんて分類、意味ないじゃないか」
「それは分類する目的次第よ。空を飛ぶ動物、空を飛ばない動物と分ければMECEよね。さらに分けて空を飛ぶ動物、地上を歩く動物、水中を泳ぐ動物と分けてもいい。そうすると生息域でMECEに分類できるから、遺伝子的な分類と違う視点で分析ができるわけ」
「なるほど、こういう分類がいい、というものがあるわけではなくて、その都度、適した分類の仕方があるということだね?」
「そういうこと。それから、MEとCEだったらどちらが大事だと思う?」
「どちらが?常にMECEにすればいいんじゃないのかな」
「理想を言えばそうよ。だけど常にMECEにしようとすると時間もかかってしまうし、意味のない細かい分類が増えてしまったりする。MECEはあくまで手段だから、目的にとって意味あることをしなければいけないのよ」
「なるほど。それで言えば、MEかな?」
「どうして?」と彼女は鋭い目つきで言った。どうやら僕は間違ったことを言ってしまったらしい。
「どうしてそんな風に思うの?そんなにいい加減に生きていて楽しい?」
初対面にしてはなかなか手厳しいな、と僕は思った。
「いい?MEだけだと、漏れ抜けが発生してしまうわけ。実務の世界では、漏れ抜けが一番避けたいことよ。だからCEを優先して、ダブりがあるのは許容するの。例えばスパゲティの味を考えてみて。トマトベース、魚介ベース、ペペロンチーノ、そんな風に分けたら厳密にはトマトと魚介両方の場合があるでしょ。これがそう」
彼女はスパゲティ・ボンゴレロッソをフォークでくるくると巻き取りながら言った。
「だけどトマトベース(魚介含まない)、トマト&魚介、魚介(トマト含まない)に分けることに意味があるのかっていうことよ。レストランのメニューでそんな風に分類されていたら、ちょっとげんなりするわよね」
「する」
「そういうこと。厳密さは手段であって目的ではないのよ。覚えておいてね」

厳密さは手段であって目的ではない。どうして彼女は初対面でそんなことを言ったのだろう?そのメッセージは、いま彼女が姿を消したことと関係しているのだろうか?

さて、と僕は思った。MECEを使ってありうる連絡手段について考えてみよう。どう分けるところから始めようか。

「まずは対極的な概念で2つに分けるのがわかりやすいわね」
と彼女はよく言っていた。例えば積極的=消極的、利用者=提供者といったものだ。厳密にMECEではない場合もあるが使い勝手はとても良い。
もう少し拡大して、必ずしも対極的ではないがセットで網羅的と言えるものもある。量と質、効率と効果、短期、中期、長期、空、地、海などだ。これもうまく使えると、使い勝手が良い。

連絡手段でいえば、例えば双方向と一方向で分けてみようか?双方向には電話、対面、チャットなどが含まれて、一方向にはメール、手紙、掲示板なんかが入りそうだ。悪くない、と僕は思った。

僕は、双方向の連絡手段をさらに分類しようと思ったところで、手を止めた。彼女は言っていた。厳密さは手段であって目的ではない。そうか、と僕は思い、もう一度分類をやり直すことにした。なぜなら、僕はいま彼女の居場所を知らないからだ。双方向や一方向にわけても、その中で彼女の居場所/連絡先を知らないと意味がないものを詳細に分析しても仕方がない。ここでは、「特定の連絡先にメッセージを送る手段」と「連絡先が分からずにメッセージを送れる連絡手段」とに分けよう。

「特定の連絡先にメッセージを送る手段」は、手紙、メール、携帯電話などだ。訪問や伝書鳩もあるが、いずれにせよ彼女の居場所が分からないのであればそれらをこれ以上深堀しても意味がない。実際にできそうなのは、メールと携帯電話へのメッセージくらいだろうか。見てくれるかは分からないが、とりあえず送ってみることはできそうだ。

「連絡先が分からずにメッセージを送れる連絡手段」とは何だろうか。不特定多数の場にあって、向こうが見たいと思ったときに見ることができるメッセージ、掲示板や、新聞広告などだ。これの方が可能性が高そうだ。分析してみよう。

「今やビジネスにおいてデジタル・インターネットの力は強大だから、それを無視して物事を考えてはいけないわ。特にコミュニケーションにおいて情報をコピーするコストがほぼゼロであることの効果は絶大よ。それを忘れないでね」とナオミは僕によく言っていた。そうだな、デジタルとアナログにわけて考えてみよう。ナオミが言うことはいつも正しい。

すると、デジタル・・・SNS、ブログといったところか。アナログ・・・新聞広告、駅の掲示板、電柱への張り紙なんかかな。

「それからね、魔法の言葉があるの」
「魔法の言葉?」ある時、彼女は上機嫌で、魔法の言葉を教えてくれた。
「その他っていうのよ」
「その他」
「その他がいいところはね、必ずMECEになることよ。それが無視できるほど小さくなればそのまま放っておいてもいいし、その他にしたうえで、他になにかあるだろうかって考えてもいい」
「その他に何があるだろうか?という思考を、その他という言葉からスタートさせるということ?」
「そういうこと。飲み込み早いじゃない」ナオミに褒められると悪い気はしない。その他を使ってみよう、と僕は思った。

デジタルについて考えよう。その他を作るためには、いま思いついているSNSとブログに共通することを言葉にしたほうがよさそうだ。「コンテンツを載せて相手がそのページに来てくれるのを待つ手法」ということか。その他は、「こちらのページに来なくても内容を見てもらう手法」ということになる。それでいて相手の連絡先が分からない前提だ。そうか、と僕は思った。相手が開いたWebページに強制的に自分のページを出す手段、つまり広告だ。

googleかYahooで、ナオミが検索しそうな単語を買い取って、そこに僕がメッセージを送るのだ。現実的かどうかはおいておいて、MECEを使わなければその発想にはたどり着かなかったかもしれない。そういえば、と僕はナオミがよく言っていたことを思い出した。

「よく人はロジカルであることをクリエイティブの対概念のように言うけども、それは間違いなのよ。むしろロジカルに物事を考えることは、クリエイティブに考えることをサポートする手段なわけ。最後に直観が必要なことは世の中多くあるわ。むしろ大事な物事はすべて直観で思いつくか、決めるかしかできないかもしれない。ロジカルであることは、その最後の直観までの道のりを平坦で最短距離にする作業と言えるかもしれないわね」

今なら彼女の言うことがよくわかる。そしても僕は、改めて僕にとって彼女がいかに大事な存在なのかを感じていた。僕は必ず彼女と再び連絡をとり、なぜ彼女が姿を消してしまったのか、その謎を解かなければならない。

僕はその晩、納得できるMECEを作り、最初の手段ーーわかっている連絡先にメッセージを送るーーを試してみた。もちろん返信はなかった。次に、ブログ(正確にはnoteというサービスだ)にここまでの考えを記載することにした。これを彼女が読むのかは分からない。だがまずは動いてみることだ。

「踊り続けなさい。好むと好まざるとにかかわらず」彼女はよく言っていた。好むと好まざるもMECEだ。ナオミが言うことはいつもロジカルだ。

それにしてもナオミはどこにいるのだろうか?自分の意思で僕から離れていったのか。なんとなく、そうではない予感がしていた。どこか外部の強い力が働いて、彼女の意に反して連絡手段の限られる場所に閉じ込められている気がする。彼女はきちんと衣食住を与えられているのだろうか?僕は彼女の健康が気になった。好物のスパゲティ・ボンゴレロッソはいつも通り5人分食べられているのだろうか?

ワタナベ・ナオミを探す僕の旅が始まった。

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神山晃男 株式会社こころみ 代表取締役社長 http://cocolomi.net/