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台風一過と月見そば

台風一過で晴れ渡る日が続くと、放射冷却で夜が冷える。寒風に揉まれながら夜空を見上げると、眩いばかりに輝く10月の月が目に入った。古来秋の月といえば中秋の名月が挙げられるが、10月の月も等しく美しい。目が眩むほどの月あかりに照らされて、帰路を急ぐ体に腹がぐうとなった。

そうだ、今日の晩飯は月見そばにしよう。


10月にして10℃を下回る長野県、信州の名産といえば蕎麦であるが、意外なほどに信州人は暖かい蕎麦を食わない。所謂ちゃんとした職人が居る蕎麦屋が出す蕎麦は、たいていざる蕎麦であり、冬場の寒い季節でも信州人は好んでコレを食べる。同じく名産品に七味唐辛子が挙げられているにも関わらず、信州人は年越し蕎麦さえざるで食う。

これは、蕎麦の香りを十全に楽しむのにざるそばが一番なのが要因だろう。蕎麦は香りを楽しむ食べ物であり、名人と呼ばれるような蕎麦打ちの神髄はやはりその香りと食感に現れる。拘った蕎麦職人は、茹で上げた蕎麦を〆る湧き水で店の立地を選ぶなんて話があるぐらい、信州人の蕎麦にかける情熱は熱い。

特に北信地方でメジャーである戸隠蕎麦では、ぼっち盛りと呼ばれる大盛のざるそばが一般的である。冷たい湧き水で〆た香高い蕎麦を、薬味にワサビとねぎを入れたそばつゆで頂くのが北信でのメジャーだ。

温かいかけ蕎麦は、どうしても風味が出汁に持っていかれる。温かい出汁に浸かっている以上、食べる間にも蕎麦のコンディションは悪くなっていくし、名人技を味わうのには適さないのだ。

まぁあくまでコレは店で食う上等な蕎麦の話で、自分のような貧乏学生が食う600gで200円しない乾麺の蕎麦には当てはまらない。もともと香なんてたかがしているし、むしろ出汁と醤油で誤魔化して食うにはこれで十分だろう。

蕎麦は茹で時間がうどんよりも短いという点で楽だ。片手鍋に沸かしたお湯へ、二人前の蕎麦をばさっと入れて適当にかき混ぜた後、4分ほど待つ。頃合いを見て少し固めに茹で上がった蕎麦をざるに開け、上から水道水を流しながら洗うように〆てやる。

出し汁は、一人前を仕込むのも億劫なので麺つゆを使う。温かいお湯に麺つゆを混ぜてやり、好みでみりんや醤油を足してやればいい。自分はカツオが強烈に効いた出汁が好きなので、上からカツオブシを振りかけてやる。

しっかり水を切った後、どんぶりへ移した蕎麦の上に卵を割り、上から熱いだし汁を掛けてやる。卵が好みの硬さに固まるまで、少し蓋をして蒸らしてやれば月見そばの完成だ。付け合わせに、ネギなんかを散らすのも良い。

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啜る蕎麦へからむ半熟卵と、ほっとする出汁の香り。ざるそばのような強烈なまでの香り高さは無いが、10月の風に冷め切った体を温めるにはこれ以上ないごちそうである。

台風は去り、爪痕は残ったが、黙っていても腹は減る。寒風吹きすさぶ10月の空に浮かぶ月明かりは、今日もやけに明るい。

おかずが一品増えます