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【読書日記R6】【私の100冊 No5】 優しいミステリ。駒子シリーズ「魔法飛行」・「1(ONE)」

駒子シリーズ/加納朋子/東京創元社

「ななつのこ」「魔法飛行」「スペース」「1(ONE)」

「私を作ってきた100冊」の中に駒子シリーズの第二作目「魔法飛行」を選びました。
この本を読んだのは、1994年、ちょうど私が大学生の頃、主人公・駒子と同年配の頃のことです。

「こんな優しいミステリがあるのか」と「普通の生活の中で生まれるミステリもあるのか」とふたつのびっくりを味わった思い出の一冊です。

今でいう「日常の謎」のジャンルで、この後北村薫さんの円紫さんシリーズなどへ進んでいきました。
私のミステリに対して築いていた壁を壊してくれた一冊ともいえるかもしれません。

それまで私がミステリに抱いていたイメージは必ずしも芳しいものではありませんでした。
陰惨な殺人、その動機となる悲惨な因縁、カネや色の欲望にまみれた登場人物といった、人の暗闇を描く物語。
しかも舞台の多くは英国の社交界であったり、戦後間もなくの旧家であったりとどこか遠い世界のおとぎばなしめいていましたし、民間人なのに犯罪捜査に携わっているとか、行く先々で死体を発見するとか、設定に無理があるものも多いと思っていました。(今は、これはこれとして楽しむ余裕があります)

「魔法飛行」の主人公は、才能も性格も容姿もごく普通の短大生、駒子。
日本の現代の学生ならだれでも体験するありふれた学生生活をおくっている駒子が「瀬尾さん」という青年に送る手紙に記される日常にひそむ不思議なことの数々。

「名前をいくつも持った女の子」
講義で出会う髪を赤く染めた印象的な美少女の名前を回覧される出席簿で確認するといつも違っているのはなぜか。

「白骨化していく少年の絵」
ひき逃げ事件のあった道路の壁に被害者の少年の父が描いた肖像は、ある日白骨と化していたのはなぜか。

「テレパシーで会話する双子」
学園祭で出会った双子の少年が、叫んでも届かぬ高い塔の上と下で間違いなくメッセージを送ることが出来たのはなぜか。

これらの出来事の真相を、駒子が書き送った手紙の中から鍵を見つけてときあかす鮮やかさ。

駒子と瀬尾さんの甘くもどかしい往復書簡に紛れ込む、差出人不明の謎の手紙。
白い便箋に落とされたインク染みのように不穏な気配を漂わせます。
これら一連の謎が一つに導かれて示すこととは何か?

ごく当たり前の私たちが紡ぐ日常の生活の中にも悪意も欲も正も邪もあり、人が人と暮らす中にはいつも謎がある。

本書で「探偵役」を担う瀬尾さんについて駒子は思います。

瀬尾さんは、人間として稀有な人だと私は思う。私には決して見えない部分、あるいは見ようとしない部分が、瀬尾さんには怖いほどによく見えてしまったりするのだ。私はそれを<推理力>と呼び、彼は<空想力>だと言い直す
―空を想う力、さ。分かるかい?

「魔法飛行」より。瀬尾の言葉

そして、駒子は「空を想う心」は「人を想う心」と結びつくという。

そうか、「推理小説」は「空想小説」なのだ。
「人」について「なぜ?」と考え抜く物語がミステリだ、とその新たな魅力を知ることになりました。

さて、駒子シリーズは4作あります。(そのほかに、作中作「ななつのこ」の絵本もあるらしいですが、こちらは未読)
この4作、連作とはいえ、どれから読んでも特に問題はありません。
実際、私が手に取ったのは「魔法飛行」が最初でした。

「ななつのこ」から「スペース」までは、駒子の短大時代を描き「スペース」から実に二十数年を経て今年に入ってから「1(ONE)」が刊行されました。

「ななつのこ」で駒子は瀬尾と出会い、「魔法飛行」で付き合いを深め、「スペース」で二人の関係に一定の結論が出て、「1(ONE)」は、二人の子供世代に中心が移ります。

「ななつのこ」
駒子が読んだ小説「ななつのこ」。
少年「はやて」が出会う不思議なことを美しい「あやめさん」に話すと「あやめさん」はその謎解きをする。

その小説にほれ込んだ駒子は作者にファンレターを出します。
なんと作者から返信があり、駒子が書きおくった身の回りの「事件」の謎解きが添えてあった!
作中小説「ななつのこ」の謎と呼応するような「日常の謎」と向き合っていく中で宇宙の好きな「瀬尾」と出会うのです。

「魔法飛行」
駒子は、「ななつのこ」で知り合った瀬尾へ、短大生活で遭遇した謎について書き送りながら瀬尾との関係を深めていく。

「スペース」
瀬尾に渡した「はるちゃんへの手紙」に託された駒子の想いは届くか。
私にとっては、瀬尾の下の名前を知ったのが収穫でした。

そして、今年刊行された「1(one)」
瀬尾と駒子が積み重ねてきた二十数年の日常、二人の間に生まれた子供たち、そして犬たちの物語。

もちろん前作を読んでなくても楽しめますが、息子の名前が「はやて」であること(「ななつのこ」の作中小説の主人公の少年の名前)や、「魔法飛行」で出てきたアイテムが大事に残っていることなど、前作とともに年を重ねた読者にはうれしい作者からの贈り物がしかけてありました。

さて、「1(ONE)」について一言でいうならば「犬を無性に飼いたくなる小説」でしょうか。
瀬尾と駒子の子供は二人。「はやて」と「玲奈(れいちゃん)」

はやてが自分の唯一無二の友犬「ワン」に出会い、玲奈が自分だけのわんこ「ゼロ」と出会う。

変化の早い時代を例えてDogYearと表現することが少し前に流行りましたが、犬の1年は人の7年に匹敵するのだとか。
だから、人の少年とあかんぼ犬が出会っても、やがて犬は人の成長を追い越し、老い、先に逝く。

生まれて間もないワンがはやてと出会いその「弟」となり、ワンは成長し、はやての「友」となり、やがてはやてに妹・玲奈が生まれると、はやてとともに「兄」として「妹」を守ることになります。

そして、ワンは、玲奈が「自分のためのわんこ」がほしい、と主張し子犬のゼロ(れいちゃん=0であり、ワン(1)の次でゼロ(0))がやってくると、「残り少ない時間」を使ってゼロの教育者として鍛えようとします。
その最後まで自らの使命を全うしようとする姿が愛おしいのです。

なお、玲奈が「ネット小説」に感想を送るところから物語が動き始めるのが、駒子がファンレターをおくったのと比べて懐かしさとともに時代の変化を感じました。

このシリーズではいずれも「手紙(メール)」が大きな役割を果たします。
人の心を伝え、つなぐ手段が手紙です。
本書の言葉を借りれば、「推理力」は「空想力」。
誰かのことを真剣に考えなければ、手紙も書けないし、推理もできない。

私は、こんな人の心と心を結ぶ優しいミステリが好きなのです。

人から人へ向かう心というものは、魔法の飛行そのものだと思わないかい?二人の間に横たわる時間や空間、それに考え方や価値観の相違、様々な実際面での問題―そういった諸々のものを、時に人はなんて軽々と飛び越えてしまうんだろう

「魔法飛行」より瀬尾の言葉


魔法飛行に挟まっていた神保町書泉グランデの栞。なつかしい・・・。

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