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縁について。(恋愛エッセイ#13)
こんにちは。こんばんは。
梅雨真っ只中ですが、最近やっと梅雨っぽくなってきましたね。kamehiroshiです。
今月誕生日を迎えて31歳になったのですが、この歳になると結婚とか離婚とか、転職とか、引っ越しとかいろんな周りの方々の変化について話を聞くことが多くなりました。
その話のなかでよく聞くのが、『縁』の話。
縁があったとかなかったとか、日々の生活のなかで人と人が関わっていけば、いろんな出会いに別れ(もちろん人以外の物や出来事とも)があるものです。
恋愛においても、よく運命を感じたとか、前世でも恋人だったんじゃないかとか、縁にまつわるロマンティックな話を聞いたりしますよね。ほら、耳をすますとカフェで隣の席からも。笑
運命のシナリオはもともと用意されていて、よいことも悪いことも必然だと思ったりもするし、yukiちゃんはJOYという曲で『運命は必然じゃなく偶然でできてる。』って歌ってたりして、気持ちだけは思春期な僕はどっちなの?ってなったりします。笑
そもそも、縁っていう言葉の意味を広辞苑で引いてみると、
1.へり。ふち。
2.家の外側に添えた細長い板敷。縁側。
3.人と人、または人と物事とを結びつける不思議な力。
4.ゆかり。つづきあい。えにし。
5.人と人とのつづきあい。婚姻の関係。
と出てきます。
よく恋愛で、『縁がなかった。』といったときに使われる意味合いとしては、3つめとか5つめの意味な気がします。
実際物事を進めるなかで、予定が合わなかったり、気持ちが合わなかったりするときに『俺と彼女の間には結び付く不思議な力がなかった。』なんていうと、そうかと納得できます。
でも『縁がなかった』というのフレーズだけみると、どこか不思議な力任せで、自分とは関係ない見えない何かが原因みたいに聞こえないでしょうか?
じゃあ縁があったら、相手との関係はうまくいって、彼女と結びついたのか。きっとそれを約束できはしないと思います。
僕は最近縁がないというフレーズを耳にすると、『いや、それは自分の行動とか、想いが足りなかっただけじゃない?』って多々思うようになっています。
例えば、気になる女の子をデートに誘って断られたとします。
仮にあんまり話したことがない相手だと、断られる可能性の方が普通に考えて高いかもしれません。
でも1回だけじゃなくて、2回3回、はたまた10回誘えばOKの返事がくるかもしれません。(最近の世の中はストーカー問題に敏感なので、これはあくまでも例えで、限度は節度を持ってご判断ください。)
1回誘って断られたのと、10回誘って断られたのでは、断られるまでに至った行動力が全く異なります。
そして同じ『縁がなかったよ。』とガックリ肩を落としても、1回しか誘ってない人に対しては、『なんか気合い入ってなくない?』と思ってしまいますし、10回誘った人に対しては、『めっちゃ頑張ってる!』と思えて、ここで初めて『縁がなかったんだね。』と言えると思います。
実際僕も2年半前までは、『縁がなかったわー。無理無理。』と思うタイプでした。
当時彼女に振られ、傷心旅行でアメリカに住む友達のところを訪れたんですけど、夜な夜な友達に話を聞いてもらったんです。すると友達は、
『ホントに手に入れたいと思うなら、そのためにどれだけ努力したか自信を持って言えるくらい、アクションを起こさなきゃ。考え方とか行動とか変えて努力して、それでもダメだったときに、初めて縁がなかったって言えるんじゃないかな。』
と言ってくれました。しょうくん、本当にありがとう。
その友達の言葉で、僕はまた頑張ろうと思えて、結果的に実りはしませんでしたけど、アプローチを続けてその彼女と3回デートすることができました。そして初めて『縁がなかった』と言える状態になって気持ちの整理をつけることもできました。
最終的によい結果にならないこともたくさんあると思います。
でも今でこそホントに強く思うんです。
『縁』というものは、きっと行動しているところに集まってくる、見えない不思議な力
なのではないでしょうか。
迷っていても、悩んでいても、あのこと一緒にいられない。一緒にいるために行動して、また行動するしかないですね。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
かめがや ひろしです。いつも読んでいただきありがとうございます。いただいたサポートは、インプットのための小説やうどん、noteを書くときのコーヒーと甘いものにたいせつに使わせていただきます。