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安心な僕らのなかにきっとぼくはいない。(超短編小説#24)

終電で最寄りの駅に着く
改札を出ると地面を覆う黒いアスファルトがいつも以上に濃くなっていた
天気予報のあたりもハズレもわからない


カバンに入っている小さいポーチから
イヤホンを取り出す
10年近く使っているiPodを取り出して
それを差し込む
なんでこの◯はジャックって言うんだろ
10年の付き合いになるiPodに向かって
不思議を問いかける



なんとなく周りの人たちは
帰り路を早足で歩いているように見えて
なんだか自分だけが違った場所に帰ってきて
しまったような気持ちになった


チャチャチャチャチャチャチャチャという
ギターのイントロのあとに
トゥルルルトゥルルルトゥルルルトゥルルルというピアノが流れる



「雨降りの朝で今日も会えないや」



流れてきた歌詞と目の前の風景は
思っているよりも噛み合わず
今この曲じゃなかったなと勝手にさみしくなる


左ポケットのなかでカチカチと音量を上げる


毎朝駆け足で過ぎていく交差点までくる
ここもアスファルトがやたらと濃くなっていた



信号が赤から青に変わる
なんで赤がうえで青がしたなんだろ
どっちが大切でどっちが大切じゃないんだろ



そんなことを考えながら横断歩道の白いところだけを大股で踏んで歩く



ふと右を見る


信号がみんな赤だった
先の先の信号のその先まで
信号は赤が光っていた


なんで赤が左でなくて右にあるんだろ


さっき遠くに見上げた信号も
うえだけに色がついている




「ジンジャエール買って飲んだ
こんな味だったけな」


セブンイレブンにジンジャエールは
売っていなかった
こんな味だったけなも味わえないぼくは
いま世界のどこにいるのだろう



安心な僕らのなかにきっとぼくはいない


それでも思い切り泣いたり笑ったりは
ぼくらと同じようにできる気がする




いま世界のどこにいるかも分からないぼくに
できることは
きっと思い切り泣いたり笑ったりすること
くらいなのだから



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