ディスタンス。(超短編小説#8)
さすがにクリスマスの有楽町はすごい人ごみで、日比谷口の狭い改札を抜けるのにも一苦労だった。
まさかクリスマスに遅刻なんて、と梨絵は自分を呪ったが、
『レストランのカフェスペースでコーヒーを飲んでるから、ゆっくり来なよ。』
と隆が言ってくれたので、少し気が楽になった。
日比谷口の目の前にあるレストランに入ると、入り口すぐのスツールに座ってこちらに手を挙げる隆と目があった。
『いやーこのレストランの雰囲気がすごい好きでさ。』
と子どものように少しはしゃいだ隆の口調は、完全にクリスマスモードであった。
本人が言うとおり、レストランは少し暗めで大人な雰囲気があり、控えめに言ってもオシャレだった。
メニューを広げて、
『せっかくだからホリディランチにしようか。』
と隆が言う。
何が【せっかく】なのだろうと考えながら梨絵は同意したが、メインのサーモンと4種のキノコのクリームバター包み焼きが食べたかったので、そんなことはすぐ頭の中で溶けていってしまった。
デザートまで決めたあと、細身ながらいかにもこの店にふさわしい、顔の整った若い店員がオーダーを取りにくる。
『2人ともホリディランチをお願いします。』
隆のオーダーするところを眺めながら、テラスに面した通りの様子を眺める。
今日は気持ちのいい天気だ。
クリスマスを着飾るとおりは、どこか爽やかで、そして華やかだった。
レストランのなかではカップル、家族連れ、友達同士と様々な関係の人々が笑顔で会話をしている。
テラス側のママ会と思われる集団は、プレゼント交換をしていた。
どんなものを交換しているのかと、一人のママが開ける袋に注力していると、
隆が先ほどの店員さんに、
『最後はコーヒー1つと、紅茶1つで。ええ、どちらもホットで。』
と頼んでるのが聞こえた。
梨絵はコーヒーが苦手で、基本的に飲まない。
今では隆もそれをよく知っているが、付き合い始めた最初のころは苦手なことを伝えていても、
『コーヒーと紅茶どっちにする?やっぱり紅茶?』
と聞いてきたものだ。
でもさっき店員さんにオーダーする前に、隆からの確認はなかった。
梨絵はどこか嬉しくなり、隆が注文し終える姿を眺めていた。
今日なら寒くても、温かな気持ちで外を歩ける気がする。
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