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でたらめエッセイ ーアイスコーヒーの呪いー

アイスコーヒーには絶対にガムシロップから入れること。

それは、自分の生活内で明確に守らなければないルールとして私の中に存在している。

私は年がら年中アイスコーヒーを飲んでいる。夏でも冬でも、とりあえずカフェに入るとアイスコーヒーを頼む。家でもアイスコーヒーをがぶ飲みしている。

それは大方の場合安くて手軽であり、猫舌でもいつでも飲めるから。冷たい方が体にすっきりと沈み込み、体に素早くカフェインを取り入れるのに向いている気がする。

でも、ブラックで飲む気分ではない場合。アイスコーヒーの中に何らかの液体を加えて飲もう、と考えた時、私はどのような場合でも絶対にガムシロップから入れる。

結局甘いものが好きな私は、ブラックで飲むよりガムシロップを入れた方がこの黒い液体のことを美味しいと感じる。ミルクはあれば入れるけれど、別にいらない。黒くて甘い液体だけでいい。

なぜか。

理由はまあいくつかあるのだが、そのうちの一つはかつての自分の悪癖に由来する。

その昔、高校生の頃、大変朝に弱かった私は、駅の自動販売機で毎朝缶コーヒーを買って飲んで目を覚ましていた。

とにかくカフェインの覚醒作用だけを手早く享受したくて、微糖のコーヒーを毎朝毎朝、義務のように胃に流し込んでいた。どうしても耐えきれない時は一度に二本も三本も飲むこともあった。その日の午後は決まって胃がぐちゃぐちゃになって保健室へ駆け込んだ。

だが、思春期の体はカフェインに慣れてしまうのが早かった。襲いくる強烈な眠気はもはやコーヒーでは防げず、授業開始と同時に意識を失う日々は改善しなかった。

役に立たなかった虚しい液体の抜け殻を教室のゴミ箱に捨てるのがなんとなく嫌で、廊下の隅にひっそりと置かれたゴミ箱に放り込んでいた。わざわざそこを選んで捨てるのなんて私くらいのものだったから、ある時片付けられていたゴミ箱の中身は見慣れたコーヒーの空き缶でいっぱいで、自分に引いた。

その時の缶コーヒーは、金属臭くて不味かった記憶しかない。なんなら、もう二度と同じものを飲もうとは思えないほどに。

そんなわけだから、高校生の私にとってその缶コーヒーは、自分のだらしなさと教室での居心地の悪さを長い時間かけてブレンドしたような、最悪な飲み物だった。

舌にまとわりつく不気味な甘さが、そのまま自分の自己管理の甘さを体現しているようで気持ちが悪かった。引き上げるたびに大きな音を立てるプルタブの手応えが怖くなった。

それでも、少しでも教室で意識を保っているために美味しくないコーヒーを毎朝口にしなければいけない。その感情は呪いだった。

が。

その呪いはある日ぱったりと私の中から消え去ることになる。

何がきっかけだったかは忘れてしまったが、完全に高校の体制についていけなくなり、ドロップアウトを志した時だったかもしれない。

滑落を受け入れた私は、その朝、初めて缶コーヒーを買わずに学校へ行った。(もちろん授業は寝た)

その帰り道、予備校をサボって適当な喫茶店に入った。多分、割とちゃんとした喫茶店だったと思う。

「あの、アイスコーヒーひとつ」

慣れないテーブルでそうオーダーし、回収されたメニューと引き換えに運ばれてきたアイスコーヒーには、ガムシロップとミルクが別にちょこんと添えられていた。

薄暗い橙の照明の下だからだろうか、一杯で缶コーヒーが五本くらい買えてしまいそうな値段の黒色の液体が宝石のように見えた。その澄んだ黒を壊したくなくて、ドキドキしながらガムシロップだけをそっと注いだのを覚えている。

氷を浮かべた水面に細いストローを差し、比重の違うシロップがグラスの底に落ちていくのを見つめた。

そしてシロップが全部落ち切った時、行儀悪く中身をかき混ぜた。氷がぶつかってかちゃかちゃ音を立てた。そして、意を決して、ミルクを入れずに黒いコーヒーを吸い込んだ。

美味しかった。

濃くて苦くて少し甘い。今まで飲んでいたコーヒーはなんだったのかと思うほど、そのコーヒーは美味しかった。

あの日、冷たく黒い液体に溶けたガムシロップは私を救ってくれた。

それから私は、毎朝駅で缶コーヒーを買うのをやめた。

そのかわりに、アイスコーヒーにはガムシロップからしか入れられなくなった。

ミルクを先に混ぜたとして、私はその作法も感覚も知らないから、あの時教室で感じた得体の知れない甘さになってしまうかもしれない。そんな怖さから、私はガムシロップを先に入れてグラスの中身をかき混ぜることしかできない。

シロップが真っ黒な液体に馴染んだことを確認して、初めてミルクを入れる。暗い缶の中に詰められたあの日のコーヒーのような奇妙な色にならないように、グラスに浮かぶ氷が描く紋を見つめながらそっと入れる。

そうして現れた茶色いアイスコーヒーはいつも通りの味がして、私はほんの少しだけ安心するのだ。

頭の中では、この色もこの味も、シロップとミルクの順番を入れ替えたくらいでは変わらないことをわかっている。それでも多分この先ずっと、私はガムシロップからしか入れられない。

『アイスコーヒーにガムシロップを先に入れること』はきっと、あの朝の缶コーヒーの味を忘れるために私に上書きされた小さな呪いだ。

もし、いつかコーヒーにガムシロップなんて入れないことが当たり前になった時、きっとまた何か新しい呪いがかかるんだろう。

それでも、あの時よりはずっとマシで、何倍も素敵な呪いなんだと思う。

そんな思考とガムシロップを混ぜ込んだ真っ黒なアイスコーヒーを飲みながら、私は今日も呪いが解けるのをとてもゆっくりと待っている。

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