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介護の専門家でも、親の介護は難しい。(遠距離介護実録#03)

「まだ目が十分に見えてないし、右手も動きが悪いから、運転なんかできっこないでしょ」

「お父さんが車の事故を起こしたら、周囲の迷惑でしょ。なんで病気の親に無関心なんだって周囲に責められるから止めてね」

「とにかく、リハビリだと思って歩くようにしてよ」

「なんでそんなに理解してくれないの?これだけ家族が心配しているのに、本人がその気になってくれなきゃ、やってられないわ」

……

お恥ずかしながら、実父が退院に向けて試験外泊をした時、私が父に浴びせた言葉です。

父は庭先で転んで頭を強打し、脳出血になりました。
しばらくの間は集中治療室に入り、手術も繰り返すほどでした。

冒頭の言葉のように、教科書通りの対応を父に求めていたら、父は完全に拗ねてしまいました

父「子どものくせして、偉そうに言って」
父「うるさいから帰れ。もう来んでいい」

ご近所中に響き渡る声でケンカ。それからと言うもの、実家に帰ってきた父に電話をしてもなかなか出てきてくれません。

みなさんのお宅はいかがですか?
もし、親御さんが老いてきて、これまでのように過ごすことができなくなったら。
親御さんの身体の変化を素直に受け入れ、互いにぶつかり合うことなく過ごすことはできるでしょうか。

分かっていても、「感情」が邪魔をする

私は、介護をする人たちの生活や気持ちを支える仕事をしています。

実父のような父親を持つ介護者から相談があれば、

「脳のダメージを受けるような疾患を抱えたら、見た目は今までと同じでも、話すことや生活態度が変わってくることもあります。まずは今までと様子が違うこと、そして、その違ったことが生活に悪影響を及ぼしていることを主治医に相談してみましょう。もし、治療では治らないことだと言われたら、親御さんのペースにあわせながら、少しずつできることを探していきましょう。焦らなくて大丈夫ですよ」

と、言うはずです。でも、自分の時にはそれが言えない。

実の父だから感情が先に出てしまうのです......。

相手の行動をそっと後押しする「ナッジ」

先日、行動経済学者であり、ナッジ理論を研究している竹林 正樹さんの講義を受けました。

相手に話を受け入れてもらうには、「直観」に訴えかける必要があるようです。

直観とは例えば、

・現状が好きで変化を嫌い、急激な変化を感じると反発をする
・面倒なことは先送りにしたい
・自分だけは例外だと思いたくなる習性がある

という、人間本来に備わっている感覚的な反応です。

父にとって右半身の麻痺は体に起こった急激な変化であり、面倒なことで、自分だけは例外だと思いたい......まさに全てに当てはまります。

書くことが苦手になること、
車の運転ができなくなること、
好きなお酒や間食を規制されること

命拾いしたものの、自分に訪れる変化を受け入れるのは、実に辛いことなのかもしれません。

ただそれでも、何とか現状よりも良くしたい・良くなってほしいと私をはじめ家族は願うのです。

ナッジがコミュニケーションを好転させる

人間の行動心理を踏まえ、上手に働きかけるコツがあります。

話をするなら相手の疲れていない時間帯を選び、空腹時などは選ばない。父の大好きなテレビ番組が始まろうとする時間帯を避けて、電話をするようにしました。
また、大事な話をする前には父のお気に入りのおつまみセットを届けたり......。

そうすることで、不必要に苛立つ感情が芽生えず、冷静に話を始めることができるようになりました。

病院へ受診をし、その結果を家族内で共有するように。
車で遠出をしたがっていた父は、近所の人気がない場所しか車に乗らないようになり、
間食を止め、その代わりに食事の直後におやつを食べるようになりました。

父の暮らしは少しずつではありますが、今までよりも健康的な生活に近づいています。


「これはダメ・あれはダメ」「こうしなさい!」と力づくの強制ではなく、父自身が納得して、自ら生活を改善しようと動き始めてくれるようになりました。

介護のこと、親の老後のこと。頭で理解はしていても、いざ自分の親や家族となれば話は別です。「分かってくれない」「あれをしてくれない」ということが続けば次第に我慢は限界を迎え、お互いに感情でぶつかりあってしまいます。

冷静さを取り戻すために、親御さんとの関係性を維持しながら介護を行うために、ナッジ理論を取り入れてみませんか。

相手の直感的な反応とその対応方法を理解し、お互いにぶつかり合わないような話し合いの環境(時間帯や場所・事前準備)を整えることで、上手に相手の懐へと入っていくことができるのです。

もうすぐお盆。帰省の準備をしはじめる頃でしょうか。
数年ぶりに対面できる家族もたくさんいると思います。
「ナッジ」の考え方を参考に、素敵なお盆の時間を過ごしてくださいね。

私は介護の仕事に関わっている以上、今年も、コロナが蔓延している故郷に帰省することができないなぁ。
明日は上手に電話で父と話をしよう。

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