見出し画像

黄昏の朝食

 冷蔵庫から昨日作ったいりこ出汁を取り出す。みそ汁には二番出汁がよい。火にかけている間に食材を探す。具はそんなに入れなくてよい。豆腐とねぎで十分だろう。豆腐は木綿、ちぎり入れる。ねぎは昨日の残り。昨日は暑かったからそばを食した。すでに切ってあるから、そのまま入れる。煮立たせないように注意し、味噌を入れる。味噌にはこだわりはない。

 いりこ出汁を使うのは幼い頃の祖母の影響だろう。既製品ではなくいりこから煮出したものでないと、味気なく感じる。手間ではあるが、この手間が自分の体を支えていると思えば。その祖母は学生の頃に認知症を患い、一昨年亡くなった。

 ご飯は昨晩まとめて炊いたものを食べる。パンも嫌いではないが、やはりお米、しかも白米がやはり好きだ。最近はレンチンご飯も美味しいが、炊飯ジャーでも炊いたほうがやはり美味しい。お米を研ぐのは幼い頃から手伝いとしてやっていたので得意だ。そして手間でも1日単位で使い切る。ひとり暮らしの最初は何日か分炊いていたが、やはり1日単位が美味しい。

 大学卒業後上京して、すでに5年になる。上京前はご飯を炊くことしかできなかった。巣立つ前に不憫に思ったのか母がみそ汁のレシピだけは教えてくれた。最初はそれだけを頼りに、幸い料理に対して不器用でもなかったので、着実にレシピは増えていった。教えてもらわずとも、やはり味は母のものに近い。帰省したら母に手料理を振る舞おうと思っているが、忙しさから帰省もままならずできずにいる。

 いつもなら一汁一菜で済ませるが、今日はまだ6時30分。普段より早く起床したのでおかずも用意しようと思いたった。再び冷蔵庫を開ける。鮭の切り身にも惹かれたが、やはりハムエッグか。ハムと卵ふたつを取り出す。フライパンに少しの油をひき、ハムを入れ、卵を落として弱火で焼き、少し水をいれて蓋をする。昔は火加減もわからずよく焦がしていたが、最近は大丈夫になった。黄身は半熟より固まったほうが好きだ。だが、焦りは禁物。弱火でこつこつ火を入れる。その過程は昭和の時代からコツコツ働いている父のようだ。

 その父とは上京前話すこともなかった。別段喧嘩したわけではないが、男同士の反発みたいなものか。それは家を出る日まで変わらなかったが、最後の最後で父は俺に話しかけた。

「女とお金には気をつけろよ…」

 聞いた瞬間、ほかにないのかよ…と苦笑した。が、その言葉が胸の奥に響いた。おかげで?借金もしていないし、マルチにも宗教にも保険会社にも引っかかってはいない。残念ながらよい女性にも巡り会えていないが。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?