芋づる式がつなぐ記憶
過去に
「暗記は芋づる式が1番」と
社会の先生が言っていたような、違ったような。
記憶は芋づる式に繋がっている。
だから、やっぱり暗記項目の多い歴史なんかはストーリー仕立てにしたり、語呂合わせしたりしながら関連性をもたせて覚える方法が使われるのだろう。
それはお勉強に必要な知識に限らず、
私たちの経験に伴う思い出も芋づる式だ。
ある一つの事柄を思い出す時、
似たような経験がフラッシュバックする。
私もそうだ。意図しないのに
子供の姿を見れば、自分が関わった生徒たちが思い出される。そして決まって思い出すのは、「しまったなぁ、今ならこうするのに。」という考えても仕方のないことだ。
公園で体操する高齢者を見れば、両親や祖母のこと。中年男性を見れば、恋人のこと。
視界に入ってくる風景、人物を発端に、あらゆる記憶が連想される。
そして、
あれやこれやと関連する出来事が、まさしく芋づる式に、止めどなく出てくる。出てきた記憶に一喜一憂する。
そうしてふと気づくと、疲弊している私がいる。
知識を詰め込むのに、芋づる式はもってこいだ。
しかし、
芋づるで繋がれた記憶は、時に私たちを苦しめる。
必要な知識や、楽しい思い出ならいい。
ただ気の重たくなるような記憶は、なるべく仕舞っておきたい。
悲しい思い出まで引っ張り出してくる芋づるを断ち切ることはできないか。
そんなことを模索する今日この頃。
土の中で静かに根を張る、芋づるは手強い。