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【読書感想】雑草を見る目が変わる一冊 - 『雑草はなぜそこに生えているのか?』

家庭菜園やガーデニングに取り組んでいると長いお付き合いになる、所謂”雑草”という名前で一括りにされる草花達。

毎回適当に引っこ抜いて終わりではあるのですが、ちょっと良い感じの花をつけるやつがいたり、何かと気になる存在でもありました。

とはいえ、家庭菜園を始めるまでは草花にそこまで注目していなかったので、植物に関する知識はゼロです。

そんなこともあり、電子書籍ストアで見かけてタイトルが気になっていた『雑草はなぜそこに生えているのか?』(ちくまプリマー新書 / 筑摩書房 / 著:稲垣栄洋)を読んでみましたが、これは自分の中の雑草観(?)が変わる一冊でした。


■吉良吉影は静かに暮らせない

まず、前提として植物界は激しい競争社会だということ。

漫然と植物に「平穏」や「安息」のようなイメージを持っていましたが、それは誤解だったようです。

実際は、日光・水分・土中栄養分の奪い合いが日夜繰り広げられる、平穏なきスーパー競争社会。

葉を広げて他の植物に日光が当たらないように妨害、等という露骨な足の引っ張り合いも日常茶飯事。

まさに弱肉強食&適者生存の世界です。

植物も自然界の一部である以上、当然と言えば当然ではあるのですが、改めて詳細な解説を読むとイメージとのギャップが激しい・・・

私の大好きなマンガ『ジョジョの奇妙な冒険』で、「植物のように静かに暮らしたい」という人生観を持つ吉良吉影というキャラクターがいますが、残念ながら植物界に彼の望む平穏は無いようです。

世知辛いですね・・・


■雑草のブルーオーシャン戦略

では、雑草は圧倒的な繁殖力で他の植物のテリトリーを侵略しているのか、というとそんな事はなく、”雑草”と呼ばれている植物達は非常に”弱い”存在だというのです。

これはかなり意外でした。

家庭菜園の作物はしっかり手入れしないと、枯れたり、病気になったり、上手く成長できなかったりします。

それに比べて、雑草は何をしなくても伸び放題、引っこ抜いても無限に生えてくる、という認識があったからです。

何となく、強弱でいえば雑草の方が”強い”イメージ。

実際には雑草と呼ばれている植物は競争力が弱く、他の”強い”植物には真っ向勝負では勝てないそうです。

だからこそ、強い競争相手が存在しない領域に進出している。

それがその辺の道端だったり、人間の管理する庭や畑だというわけです。

人間が手入れしている = 競争相手となる強い植物がいない、ということで戦略的に進出してきているんですね。

道路のコンクリートのちょっとした隙間から雑草が生えているのを見て「すごい生命力だな~」なんて感心することがありますが、実際は「ここなら競争相手がいない! チャンスだ!」という感じで生えてきているようです。

この辺り、ビジネスでいうところのブルーオーシャン戦略のようで感心しました。


■雑草から学ぶ人生観

他にも、雑草のイメージを覆す知識がいろいろと紹介されています。

何度踏まれても不屈の精神で立ち上がる「根性」のイメージがありますが、実際にはそんなことはないそうで。

踏まれた状態でも目的(= 繁殖)を達成できるのであれば、”立ち上がる”という無駄なことにエネルギーは使わない。

目的のために不要なことは切り捨てる、という合理的判断。

つまり、実際のところ雑草は「根性」という言葉とは真逆の価値観で生きているそうです。

他にも、雑草は弱いからこそ、様々な戦略を駆使して、競争力の強い相手との直接対決を避けながら生き残りを図っている。

これらの特性から、筆者は「雑草の特性は人生観に通ずる」と述べています。

これには私も共感しました。

自分に”強い”能力や特性が無かったとしても、競争相手との領域をずらすことによって競争を避ければ、それを活かせる領域がある。

安易な根性論に身を任せるのではなく、戦略的に判断する。

自分も残念ながら、競争力の”強い”能力は持ち合わせていません。

それでも、今後の社会をのらりくらりと生き抜いていくため、雑草から学ぶことはありそうです。


本書の内容はあくまで雑草学の基礎の基礎なのでしょうが、自分の雑草観を更新してくれる良書でした。

「雑草魂」等の言葉から感じるイメージが大いに変わりそう。

今までは邪魔者と認識していた雑草ですが、ちょっと違う視点で見ることができて、畑仕事が楽しくなりそうです。



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