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地図はウソをついている

『FlyFisher』2015年8月号掲載

終わった。
先月から続いた店のリニューアル作業が遂に終わり、先日新しい店に生まれ変わった。
ほとんど休みが無かったために、当然釣りに出かける余裕も無く、遅くに自宅に帰るや否やこのヤマを乗り越えたらどこの川へ行こうかと地図を眺めて現実逃避の毎日であった。
そんな激務を乗り越えられたのは一冊の地図のおかげであった。
 東京地図出版(現マイナビ)のリンクルミリオンという道路地図は、リング綴じになっていて開きやすく、目的のページを折り返しておけるので車に常備するにはもってこいの地図である。
そしてこの地図が現実逃避に最良な理由が川の描写である。
実はこの地図、一般の道路地図には珍しく、なんとコイ・フナ、ヤマメ、イワナと、魚種別の釣り場を各河川に記号として掲載している。
パラダイスを求めて川を探しに彷徨うにはもってこいの地図で、釣り場の記号が記載されている川に行けばだいたいはその魚がいる。釣れるかどうかは別にして。

地図は用途によって様々な種類がある。観光などで見所を詳細に記した観光地図、宅配業者などが主に使う住宅地図、登山などに利用者の多い地形図、船乗りが使う海図、僕たちがよく利用する道路地図。バイクツーリングに特化したツーリングマップなんてのもある。

そういえばバイクツーリングにはこの『ツーリングマップル』一冊だけ持ち歩くのが、なんちゅうか、こう、通な雰囲気で、ツーリング界(なんてものがあるのか知らないが)では大きな判型の観光ガイドを持ち歩くのは野暮ったい風潮であった。

そんな地図の世界を面白く学べる本が今尾恵介『地図入門』(講談社メチエ)である。
本書に「地図とは世の中を記号化したものである」との言葉があるとおり、地図とは全ての人が読んでも記号というもので「大筋で合意できる風景」が再現されている。
 地図素人の僕は地図というものが正確無比なものだと思っていたが、実は結構ざっくりした描写をしているというのも面白い。
それは地図の世界の「総描」という概念で、ざっくりと「こんな感じ」で地図を描く事である。日光のいろは坂の地図では縮尺にもよるが、5万分の1地形図ではカーブの箇所が実際よりも少なく描かれており、「カーブの多い道路」というざっくりとした意味が伝わればOKというのが「総描」というものなのだそうだ。地図を見ながら「いろはにほへと」と数えてカーブが足らなくなってしまっても間違いではなかったのである。

また、地図は意図的にウソをついている。戦前戦中は国土防衛の都合で、軍事基地の表記を意図的に改ざんしており、基地のある場所が地図上ではまるまる畑に変わっていたりするのも時代を感じさせて面白い。当時はウソを記載している地図が公に売られていたので、現在にそれとは知らずに古地図を信頼すると危険であるが、その判別方法も本書には書かれている。

そして高さの基準。
どの高さを0メートルとしているか、僕は本書で初めて知ったのであるが、これは東京湾の平均海面を0メートルとして、北海道も九州も高さの基準は東京湾の平均海面から数えての高さなのだ。

 地図は目的地に行くまでの実用的なものだと思っていたが、実は見知らぬ場所を見知らぬ人へイメージさせる為に、記号による抽象的な描写で立体を伝達させる工夫と努力、そして「伊豆半島全体の地図を描く際、ペン入れする時に大瀬崎のエッジを鋭く描くと、半島全体が締まって見えるんです」と言う地図製作者の美学までもが垣間見える。
そんな地図の読み方に開眼できるのが本書である。

さてそんな地図の世界であるが、地図が是非とも欲しいと思うにも関わらず、一方で地図にして欲しくないアンビバレンツな場所がある。
釣り人にとっての川の詳細な地図である。
渓流は天候により毎年変化するが、入渓退渓の場所や駐車場、トイレなどが詳細に記載された川の地図が欲しいと思ったことは誰しにもあるだろう。しかし、それとは逆に、魚を探し求め彷徨い歩いて辿り着いた釣り人にとっては、多くの釣り人には知って欲しくない「自分だけの川」でもあるのだ。
国土防衛以上に秘密にするのが釣り人たちの川なのである。

#フライフィッシング #釣り #地図 #ツーリングマップル #読書 #書評 #本


『地図入門』
今尾恵介/著
講談社選書メチエ 1,728円 ISBN 978-4-06-258601-6


『リンクルミリオン 東北道路地図』
マイナビ出版 ※絶版


『ツーリングマップル 関東甲信越』ほか各地域版
昭文社

 

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