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第六ポンプ

「ねじまき少女」があまりに衝撃だったバチガルピの短編集。この短編集を読むとバチガルピの物語は一貫して環境問題や生命倫理、貧富格差、グローバリセージョンなどを描いているのがわかる。

「ポケットの中の法」では、生きている構造物、「活建築」が空高くそびえる中国の成都が舞台で、乞食のワン・ジュンがデータキューブをある人物に渡す事を依頼される話だが、チャイナゴシックと雨降る露店の風景、そびえる高層建築などなどブレードランナーを思わせる。

「ポップ隊」は、若返りの技術が確立し事実上寿命がなくなった世界。人口爆発を防ぐため出産が禁じられ、無許可で出産した母と子どもを摘発してその場で処理(殺す)する男の話。出産することは人生を棒に振る愚かな行為だと信じ、「死んだ目」で無感情のまま子ども達を処理していく。恐竜のぬいぐるみが絶滅した種を暗示し、これまたなんとも暗澹たる思いを抱かせる話。

表題作の「第六ポンプ」は長年食品添加物や化学物質を摂取してきた影響で主人公以外全部バカになった未来。主人公の妻はガス漏れを調べようとライターで明かりを取ったり、コンセントのゴミを取るのにフォークを使おうとしたりする。汚水処理のポンプが故障したためにマニュアルが読めることで一目置かれるエンジニアの主人公がポンプの修理のためにコロンビア大学の工学部を訪れるが学生は裸で日光浴かセックスしかしていないし、工学部は大昔に閉鎖されて図書室も使われず埃をかぶっていたりと、世の中バカばっかりと著者の悲鳴が聞こえてくるような話。
映画『26世紀少年』は、バカはセックスばかりするので人口が増え続け、気づいたら世の中バカばかりになっていて、大統領はポルノスター、食料不足の原因は作物にはゲータレードを与えていたのが原因(理由は「ゲータレードは体にいいじゃないか」)というバカの未来が舞台。そこへ冷凍睡眠していた平凡な男が26世紀のバカの世界で目覚めたもんだから天才扱いさせるというなんともレベルの低い映画だけれども、ま、テーマは同じだと思う(笑)

「カロリーマン」と「イエローカードマン」は長編「ねじまき少女」と同じ世界が舞台。植物がなんらかの遺伝子の問題で食べられなくなり一部の巨大な企業が遺伝子改良で生産する耐性をもった食物(カロリー)を独占している世界の底辺で抗う人々を描き、熱気と臭気が入り交じり、読んでいて汗がしたたるような強烈な物語。「カロリーマン」はアメリカが舞台だが「イエローカードマン」と「ねじまき少女」はタイのバンコクが舞台ということで世界観も新鮮でアジアの雑多な雰囲気とSF的設定のカオスぶりが最高に面白い。

他に体内にゾウムシを飼う事により砂を食べて人体の再生ができるようになった世界で、四足の天然の生物「犬」に出会う兵士の話「砂と灰の人々」や、楽器として生体改造された姉妹の「フルーテッド・ガールズ」など、よくもまあそんな設定思いつくなぁと感心する短篇が目白押し。

バチガルピの最新長篇「シップブレイカー」はまだ未読だが、この独特な世界感をもった個性的な作品を生み出す作家は今後も追いかけたいと思う。

※2013年書評

第六ポンプ
パオロ・バチガルピ/著 中原尚哉/訳 金子浩/訳
ハヤカワ文庫SF 1,058円
ISBN:978-4-15-011934-8

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