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夫婦がもっと自由に生きるためのステートメントをつくりませんか?

自分の言葉で語るとき、人はいい声で話す。

そんな経営理念を掲げてSIGNCOSIGN(サインコサイン)という会社を経営しています。自分の言葉で語るステークホルダーに投資しながら、自分の言葉で語るステークホルダーの「覚悟」を様々な手法で「共創」して対価を得るというビジネスモデルなのですが、日頃は大企業〜スタートアップまで様々な法人を対象にネーミングやステートメント(企業理念など)、ロゴデザインといったアイデンティティの共創を通じた「ブランドや企業の覚悟」のデザインをお手伝いさせていただくことが多いです。(関わってくださる皆さまいつも本当にありがとうございます!)

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そしてデザインすべきは、ひとりひとりの「個人の覚悟」へ

例えば企業理念など、ステートメント(声明)としての機能を発揮する言葉を定義することはブランドや企業の覚悟を醸成・可視化する上で非常に重要なプロセスです。しかし、この覚悟に沿って実を結んでいけるかどうかは、当然そのブランドや企業に従事する人間ひとりひとりに懸かっています。

だからこそ、企業理念で掲げる覚悟を本当に実現させるためには、そこに従事するひとりひとりの「個人理念」といかにシンクロできるかが重要になります。一方で、そのひとりひとりにとっても自らの「個人理念(覚悟)」と親和性の高い「企業理念(覚悟)」を掲げる企業やブランド、コミュニティなどに関わることがきっと幸せな人生の近道にもなるはずです。

個人的にも、ひとりひとりに「個人理念」を掲げてもらうための活動もいくつか行っていますが、個人レベルでの覚悟だとか理念だとかは意識しようとしたこともないという人がほとんどだと思います。

なんとなく(?)重要な覚悟を表明している「ある場面」

しかし、覚悟だとか理念だとか考えたことがないという皆さんも、なんとなく(?)重要な覚悟を表明してしまっているなと感じる「ある場面」があります。

それは、結婚式の「誓いの言葉(宣誓文)」です。

たとえば「教会式」の結婚式で誓い合うことになる「その健やかなるときも、病めるときも〜」という例の宣誓文は、クリスチャンの方にとっては特別な意味もあるだと思いますが、そうでない方にとっては、それぞれの夫婦が自分たちらしく自由に生きるための覚悟を表明する内容になっているかというと、正直あまりそうではないように感じます。むしろ語弊を恐れずに言うと、夫婦の永遠の愛が強調される一方で、間違いは死んでも許さないぞ!という強い内容になっているがために、日本の夫婦はお互いに我慢し合う少し窮屈な関係になっているのでは・・??というのは考えすぎでしょうか?

もちろん、ただのセレモニーだし・・という意見もあるとは思いますが、企業やブランドがその誕生の瞬間にアイデンティティをステートメント(企業理念)というかたちで覚悟を表明するように、夫婦もその誕生の瞬間やアイデンティティを表明する機会(結婚式など)でこそ、自分たちらしいステートメントを言語化することは、その後に理想の結婚生活・人生を送るために実はとても重要なことであるはずです。(誓いの言葉というオープンなカタチでも、あくまで自分たち向けのクローズドなカタチでも。)

自分たちらしいステートメントを一緒につくりませんか?

ちなみに僕が結婚したのは2010年10月。当時はコトバやステートメントなどを仕事にし始めるよりも随分前だったのですが、なんだかクリスチャンでもないのに「アーメン」って言うのは違うな〜っと思って何気なく人前式という形式を選びました。そのために自分たちでつくることになった宣誓文がこちらです。手前味噌で恥ずかしいですが、9年近く経った今見返してみても、なんだかんだ自分たちらしくやってこれたこの歳月の指針になってくれているように感じていますし、これからも掲げ続ける覚悟として二人とも納得できる内容です。

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というわけで、そんな自分たちらしい夫婦のステートメント。もしよかったらぜひ一緒につくってみませんか?ちょうどこれから入籍や結婚式なんですという方はもちろん、これを機にあらためて自分たちらしい夫婦の覚悟をかたちにしてみたいという方ももちろん大歓迎です。

今後ビジネスにできるかどうかはわかりませんが、きっとこれからの世の中において必要なことだと思いますし、それが結果的に僕がお手伝いしているブランドや企業の覚悟が実現することにもつながっていくはずだと思うので、まずはボランティア的に少しやってみたいと思います。

もし興味のある方がいらっしゃれば、直接メッセージなどでもいいですし、以下のbosyuからでもお気軽にご連絡ください!


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