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MASA 第5話 エピローグ

 健たちの連絡を受けて駆けつけたお母さんによって病院に運ばれ、佳亜は即入院となった。後で佳亜が「平将門の首を退治してきたんだ」と言ったら、お母さんは「あらそう。良かったわね」と言ったという。
 さらにありがたかったのは、疲れきっている健たちと、死んだように気を失っている康子と早苗の面倒を見てくれたことだった。健たち四人をいったん車で佳亜宅に連れ帰り、健たちには風呂を、康子と早苗は体を拭いてくれ、それからそれぞれの家まで車で送ってくれたのだ。健も早苗の家は知らなかったのだが、「あら健くん、知らないの? この子、神社さんの子よ」と言って、健と大和を驚かせた。
 神社の娘。だからこそ早苗は選ばれたのかもしれない、ご託宣を下す役を。康子が将門の娘の滝夜叉であるなら、早苗もまた、理由があって選ばれたのだ。

それから一週間後。よく晴れた日だった。日中はずっと白い太陽が照りつけ、うだるような暑さが続き、夕方になっても気温が下がる気配がない。健と大和は佳亜の家に行くところだった。

 前と同じように、まずマルテスが出迎える。二人を覚えているのかいないのか、最初はふんっと鼻を鳴らしたが、健がしゃがんで手を差し出すとべろんべろんと舐めだした。
 お母さんに案内されて佳亜の部屋に入ると、佳亜は元気そうだった。シャツから覗く胸の白い包帯を除けば。
 三人はしばらく無言だった。
「大和」
 佳亜が口火を切った。
「ん」
「マムシドリンクと、百足をみんなで踏んづけたのは、何の意味があったの?」
「あ、それ、俺も知りたい!」
「ああ、あれは……まあ見立てなんだけど。藤太、つまり藤原秀郷が、京都で大蛇に頼まれて百足退治をしたって話があるんだよ。だからああすれば、俺たちも秀郷にあやかって、力が得られるんじゃないかと思って」
「へぇー……」
「じゃあ鏑矢は?」
「あれも結局、同じ考え方なんだけど……。将門と藤原秀郷との決戦のとき、どこからか飛んできた矢が将門の額を射抜いたって話があるんだ。誰が放ったのかははっきりわかっていなくて、神の放った矢ってことになってる。で、その矢が鏑矢だったって」
「ふうん?」

「だから、健が射る矢も普通の矢じゃなくて、鏑矢にすれば効くんじゃないかと思って」
「うわーすごいな、大和。でカブは何の意味が?」
「……今言ったんだけど。鏑矢って元々は、矢を笛みたいに鳴らすための、穴の開いた球がついてる矢のことなんだ。でその球が野菜のカブに似ているから、鏑矢って呼ばれるようになった」
「ほんとぉ?」
「ほんとだよ! ……でもまあ多分、それだけじゃないと思うけど。もしあのとき、僕が鏑矢を射たんだったら、だめだった」
「……下手くそで外すから?」
「違うよ! ……将門を射たのは誰だったのかわからないってさっき言ったけど、別の説もあるんだ。射たのは平貞盛、藤原秀郷と一緒に将門を討った人。その人とも言われてるんだ」
「ふうん」
「……ここはもう少し驚いて欲しいとこなんだけど」
「だって貞盛は、将門の討伐軍なんだろ? だったら別におかしくないじゃん」
「……その子孫が射たから、鏑矢は効いたんだ」
 その言葉の意味が脳に浸透するのに、たっぷり五秒はかかった。ようやく大和の言っていることを理解すると、健は噴き出した。
「子孫⁉ 俺が⁉ 平貞盛の⁉」

「そう。貞盛は、将門亡き後この辺り一帯の統治を任されたんだ。健の家けっこう古くて、昔からあるだろ。うちみたいな、土地が安いから移ってきた新興住民と違って」
「それにしたってそんな、それだけで、……」
「まあ子孫っていったって、血が一滴流れてますっていうくらいだと思うけどね。ここら辺、古い家多いしね」
「なんだ。じゃあやっぱり、俺でなくったって同じだよ」
「……うん。でもやっぱり健だと思う。少なくとも僕じゃだめだった。そう感じるんだ」 
「…………」
「それから佳亜もそうだよ」
「え?」
 大和の言葉に、今度は佳亜が聞き返す。
「矢を射たのが平貞盛なら、将門の首を直接取ったのは藤原秀郷。で苗字に『藤』のつく人は、大抵藤原氏の子孫っていうだろ? だから、あのとき将門の首を取るのも、佳亜じゃなきゃだめだった」
「……そんなの。そんなこと言ったら、伊藤さんだって佐藤さんだってそうじゃないか」
「そうだよ。佳亜なんて、藤原氏の家臣の、義理の親戚の、家の台所でハエを追う係かなんかだよ」

「いや、それは違う。……ただまあ、健が平貞盛っていうのは荒唐無稽な夢物語としておいておくとしても、俺が藤原秀郷っていうのはそうかもしれない」
「なんでだよ」 
「七人影武者の見破り方を秀郷に漏らしたのは、秀郷に通じた将門の家の女房だったって、大和、こないだ言ってただろ?」
「うん」
「最後に俺が、木刀で将門を切っただろ? 胸の傷を抑えながら、格好良く」
「……まあね」
「実はあの木刀さ、早苗ちゃんが俺に渡してくれたんだ。そのあとすぐ本人は気絶しちゃったけど」
 健と大和は絶句した。
「俺のことを好きだった早苗ちゃんが、俺が秀郷の子孫であることがわかって、愛を思い出して俺に味方してくれたっていうのは、納得のいく話だよな」
「なっ……」
「待てよ。その場合早苗ちゃんは、ご託宣を下す巫女と、将門に仕える女房の一人二役ってことになるのかな。ああ、それとも巫女さんが秀郷に惚れたのか、納得……痛いっ」
 健の拳が、佳亜の頭上に落下した。
「なんかむかつく」
「……それはおいとくとして、康葉ちゃんの調子はどう? その後」
 大和が言った。

「うん、元気だよ。すっかり何事もなかったみたいに過ごしてるよ。あの出来事は何にも覚えてないみたいだ」
「そっか。良かった。……突然、仏に目覚めちゃったってことなんか、ない?」
「ないよ。なんで?」
「将門の娘って、将門の死後は出家したって説があるんだよ。出家して尼さんになったって」
「えっ、尼さん⁉」
「そう。仏門に入って、父親の霊を弔ったんだって。名前は如蔵尼」
「大和、その如蔵尼のお寺、どこにあるの?」
 佳亜が言った。
「え? えーっと、たしか秋田かな。お墓もあるって」
「よし、行こう」
「なんで⁉」
「確かめに」
 佳亜がにこにこしながら言う。
「やだよ。またなんかあるかも」
「だから行ってみるんだよ」
「……面白そうだから行ってみたいんだろ」
「あたり」
 悪びれずに佳亜が頷く。懲りてない。
「やだね。俺はごめんだ」
「まあまあ、そう言わないで」
「……僕も、行ってみたいかも」
 大和が眼鏡の位置を直した。
「よく言った、大和! 二対一で決定だな」
「ワホッ」
「…………あーあ。わかったよ」
「決まり!」
「やった!」
 二人が嬉しそうに手を合わせている。それを仕方ないなという顔で見ながらも、健も本当はちょっと行ってみたいのだった。

                      
                     了


#創作大賞2023  

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