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P. hillii、P. veitchii、P. willinckiiが原種→亜種→原種に戻った経緯と、P. angolense、P. vasseiと書くのは害という話

の続き


ビカクシダの品種には

  • マレー半島-アジア

  • ジャワ-オーストラリア

  • アフリカ-アメリカ

の3グループがあり

「ジャワ-オーストラリア」グループの原種から

  • P. hillii

  • P. veitchii

  • P. willinckii

が抹消され、亜種に格下げされた時期がある、という話が
中国語版にだけ書かれてた
https://zh.wikipedia.org/wiki/鹿角蕨屬


ビカクシダには原種が18種あることや
それらの原産地が3グループに分かれることは
多くの園芸家が知ってると思う

https://ja.wikipedia.org/wiki/ビカクシダ属
https://en.wikipedia.org/wiki/Platycerium
にも18種が載ってるけど
写真だけで木構造が載ってない

最も内容が新しくて正確な中国語版
https://zh.wikipedia.org/wiki/鹿角蕨屬
には、木構造も載ってる


ビカクシダ自体はうんと昔に発見され
種として登録もされてたけど

テキトーに分類されてたそれらを、3グループ18種にまとめたのは
1972年に論文を発表したアメリカ人学者Barbara Joe Hoshizaki氏の功績が大きい

使ったテクは、ワグナーの平面分岐法(Wagner’s planar bifurcation method)だった


なのに、その10年後の1982年に
E. HennipmanとM. C. Roosというオランダ人学者が出したA Monograph of the Fern Genus Platycerium (Polypodiaceae)
という、論文ですらないハンドブックで否定されてしまった

具体的には、「ジャワ-オーストラリア」グループに属する

  • P. bifurcatum

  • P. hillii

  • P. veitchii

  • P. willinckii

は、P. bifurcatumだけが原種で
ほか3つは、その亜種だと書かれてしまった

それに対して、1983年にCamusさん、Hovenkampさんが
1984年に(さっき出てきた)Wagnerさんが
レビューで否定した

そして、Barbara Joe Hoshizakiさん自身も
1990年にMichael G. Priceさんと共著で、Platycerium Updateという論文で反論してる


その内容がAbstractですでに面白くて……

1982年の、この問題のハンドブックと
1984年に別人のVailさんが出したハンドブックに対して
ビカクシダへの関心に貢献したことと、写真やイラストを褒めた後

前者に対しては、彼らの系統分類学的分析には欠陥があると断じてて
怒りが行間からにじみ出てる

たぶん時代がいまだったら
本を売るためにテキトーなことを書いた2人が
複数の学者にマジレスされて炎上した感じだったのかも……?

講談社の売った『ゲームの歴史』って誤りだらけの本が回収されて
その内容を有志が訂正するWebサイトが、むしろゲームの歴史として役に立ってたり

『アサシンクリード シャドウズ』でトーマス・ロックリーって忍者みたいな名前の教授が
Ubisoft以外の地球人ほぼ全員から、テキトーなこと書くなって怒られが発生したのと
似たイベントが、当時あったのかもしれない


さらに、2006年にドイツのHans-Peter Kreierさん、Harald Schneiderさんが
科学的な論文を書いて1972年のほうを支持した

手段としては、4つの葉緑体DNAマーカーのヌクレオチド配列を取得して
配列の類似性を検出することで
ビカクシダの系統発生を再構築したというもの

種とか亜種、変種って
科学的な調査ができない時代にまず発見、命名、分類されるから
進化の順番と関係なくて

こんな感じで遺伝子を調べられる時代に、追加で調査されて
種が亜種になったり、亜種が種になったり、再分類されるもの

それがビカクシダに対しても行われたのが、この2006年の論文で
結果は1972年の論文と類似してた

たどり着いてたBarbara Joe Hoshizaki氏すげー


Hoshizaki, Barbara Joeで検索すると、バーバラさんの写真を見られる

こんな大人しそうな人を怒らせた
1982年の2人もすげー

Hoshizaki氏は2012年没なので
2006年に自説が支持されるのを、喜んで読んでたかもしれない


この2006年の論文で支持された分類が
現在も標準として使われてる

なので
https://zh.wikipedia.org/wiki/鹿角蕨屬
に載ってる木構造も、18原種になってるし

  • P. hillii

  • P. veitchii

  • P. willinckii

の名誉は回復してる

この論文は
https://bsapubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.3732/ajb.93.2.217
で誰でも読めるし
英語が分からなくても、系統の図が面白いのでオススメです


以上、今回書いた話には
学びが含まれてる気がします

誤った分類を、提案してみる段階を踏まずに
いきなり断言して出版することは

訂正に1982年から2006年までの、24年間も掛かったわけで
訂正コストが非対称で大変なのだなー


1982年の本を書いた2人も、素人だったわけじゃないので
きっとアホの犯行ではなかった

だから、ビカクシダについて
インターネット上で何か文章を書いたことある人は
この話を、アホだなーで済ますのでなく

自身が、間違った記述、古い分類などを書いてしまってないか
自問自答する機会にするのが良いと思います


例えば……
1990年のHoshizakiさんの論文にも、事例の紹介として出てきた

  • P. angolense

  • P. vassei

という名前


1974年にJoncheereさんが
https://archive.org/details/blumea-0006-5196-22-053-055/mode/2up
の論文で、それらの名前を分類し直した

P. angolenseは
P. elephantotisのシノニムであり

P. vasseiは
P. alcicorneのシノニムである

元々、P. angolense、P. vasseiを名付けたのは
Mortonさんという同一人物で
その説をJoncheereさんが斬って捨てたわけ


それから50年も経ってる

インターネット上から
P. angolense、P. vasseiという名前は消えているか……?

「P. angolenseと呼ばれていた時期がある」
と紹介するなら理解できる

「元々はP. angolenseと呼ばれていた」は誤りで
元々はP. elephantotisで、一時的にP. elephantotisではないと誤解されただけ


P. elephantotisを紹介したり、売ったりする時に
カッコで、対等な別名かのように
50年前の短期間だけ存在した、誤りと分かってる名前を書く行為は

ベテランのフリをしたくて、知ってる名前を羅列しただけの
ただのアホだし

ましてや、古い名前を先に書いて
カッコで今の名前を書くのは、アホを超えた何かだと思う

Mortonさんのライフはとっくにゼロよ!

古い分類が
検索結果から消えていかない方向に加担してる害であり、かっこよくないです


あと、P. vasseiだけど
P. alcicorne var. Madagascarだけを意味するかのように書かれてることが多い

でも、Joncheereさんの論文にはそんなこと書かれてなくて
「マダガスカル/東アフリカ」と書かれてる

現在でも、英語サイトでなら
P. vasseiと呼ばれていた株の例として、P. alcicorne var. Africaが挙がってる

ひょっとしてP. vasseiがマダガスカルだけだと思ってるのは
日本だけの特殊な方言じゃあないのか……?

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