おかき
古き良き時代に、また別の場所で描かれた。 そんなおかきものたち。
言われてみると長い様な、読むと短い様な。 そんなおかきものたち。
大きなスマホならスクロールすらいらない。 そんなおかきものたち。
「ねぇひまり。おばあちゃん家に行って来なよ」 夏も終わりを迎え始め、セミよりトンボがウザったらしく思える頃に、母が一番ウザくなった。 「なんで今言うかな」 私だって始業式も一週間前に控え、残りの宿題を済ませる予定も立てていた。そう決めていたのだ。 「いいじゃない、お願いよ」 母は何か言いにくい理由を持っているようで、私はその理由を知っていて。 「分かったよ。行けばいいんでしょ」 それをあえて聞かずに、私は折れた。 ずっ
桜の蕾が花開き、風と踊り空へ舞う。 月曜の空は爽やかに晴れ渡り、入学式を経た新入生や入社式に参加した新社員といった新生活を始めた人々が歩みを進める。 そんな時、俺は橋の下で一つの植物を眺めていた。 いや、これは植物と呼んでいいのか。 アロエの様な肉厚な葉を四方に伸ばし、燦々と輝く太陽の光を全身に浴びる彼女。鮮やかな緑色に混ざってまだら模様の赤が入った彼女は、俺と橋の二つの影から出る様に葉を伸ばしていた。 「一年生植物だね」と隣の友人が声を出した。 「言われなくと
「そろそろクリスマスの季節か……」 窓に積もる雪、男が一人で外を眺めながら感傷に浸る。 「何しみったれた顔してんのお前?」 突如、屋根裏から出て来たのはこの屋敷の居候だ。 「いいだろ少しくらい、私にだって人肌の恋しい時があるのさ」 「俺がいるじゃんかよー独りぼっちみたいにいうなよー」 居候が飄々とした態度で屋根裏から這い出てきた。 「お前、俺は”人肌恋しい”って言ったんだぞ?」 「そういうお前も人間じゃないじゃん?」 「そういう君は”元”だろう?」 二人の喧騒は
僕は化物。人間じゃない。 だから今日はトマトの被り物を被ろう。 真っ赤な実に白い光沢、少しばかりの青いへたが少しばかりいいアクセントになっていると思う。そんな被り物をかぶっても僕はしっかり周りが見える。 だから僕はいつも、被り物を被って外に出る。 僕は人間が好きだ。 なぜなら、彼らはとても楽しそうに時間を過ごすから。 それを見ているだけで僕は幸せなのだ。 けれど、僕は人間と関わる事が出来ない。 僕は少し皆とは違うんだ。 お腹も空かないし、疲れも
午前5時の早起きにも慣れてきた、最近はいつもこの時間だ。 漁業を営む両親ですら、まだ起きる時間ではない。 というか俺はまだ船にも乗せて貰えるほどの腕が無い。 「お前はまだまだ未熟だからな。道具の使い方からだ」 父親の一言が俺の心に波を打って響く。 しかし、そんな道具も扱えない俺、そんな俺にはとある秘密があった。 「ピー!ピー!」 白い砂浜に近づくと聞きなれたホイッスルのような音が聞こえてくる。 俺が海に近づくとそれは飛び出してきた。 「キュー!キュー!」 可愛らし
胸に抱えた、言葉は花束。 彩を悩んだ。種類を悩んだ。 多くを束ねた大輪は重くなりがちだ。 選りすぐりの一輪では伝わるか不安だ。 だから重ねた。色も、歳月も、この想いも。 枯れることを知らぬまま。 幸せの高台から、降り落ちる淡白な花束。 投げた彼女は純白を身にまとっていた。 きっとそれは、見た目も本質も花束だ。 貴女が作った言葉たち。 その未練を断ち切るために。 だから行く先も見ぬままに、白い花束を投げるのでしょう。 胸に抱えた、言葉は花束。 彩を悩んだ。種類を悩んだ。 多
掴めもしない青に手を伸ばした。 届きもしないなんて考えもしない。 白い雲に手をかざした。 黒い影が顔にさした。 息を吸って顔を逸らした。 それでも手は伸ばし続けた。 こうして手を伸ばしていれば、少なくとも。 死にたがりには見えないはずだから。 死にたい。と言う時の口は笑顔で。 生きるか。と言う時の口は嘆きだ。 生を受けた時の鳴き声に意味を問わないで。 物心ついた時に打った感情の布石を見てくれ。 盤上に死にたい。の黒を打ったのはいつだろう。 誤魔化すように生きるか。と白を打ち
去年を朝日の裏側に、置いてきて二三日。 夜は回るのが早くなって、雨を目にする時間が増えて、寒さは足早に空を駆ける。 暗く、うるさく、冷たい夜。肌を擦って灯る熱を、この胸に抱き締める。 明日、死んでいてはくれないか。この夜がいつまでも朝を拒んではくれないか。あの雨がとめどなく世界を溺れさせてはくれないか。その寒さが私の鼓動を絞めてはくれないか。 お望みだらけの俺をきっと、振り払うように朝が来る。 朝がまた、俺を私にする。
幸せは小さく分けて冷凍保存。イメージとしては製氷器。手のひらで小さく溶けゆくのを見るのも、熱く煮えたぎった心のコップにひとつまみするのも良い。 あまりに保存が長すぎると、凍らせていたことを忘れてしまうから。1日1個、必ず使うようにしている。使いすぎたってまだまだある。ただ、入れすぎては日常が薄まってしまう。 過剰摂取とその後の希薄化に揺られながら、待望のやおいうどんに手を付ける。 今日は少し、過剰かも。
冬の夜はミントの味がする。 三日月、ベランダ、室外機。履けないサンダルほっぽいて、あたためた牛乳に一口。夜空に向かって吐息をぽつり。 君と話した夜のミント、知らない味に知ったかぶり。あの日と同じ三日月で、感じるのは揺れる室外機だけで。 冬の夜はミントの味。 1人の夜は、なんの味。
友とは人生を豊かにするけれど、 友とは人生に必須な訳ではない。 ただ、泣くのはいつも、友の事。
窓の外が、白んでいた。 普通に生きていれば、気付くことのないくらい、薄い白がべったりと。青空を映す窓に張り付いていた。 それに気付くことが出来たのは、毎日ただただ本を読み、横目で外を眺めていたからだろう。 僕は紐に本を委ねて。青い座席のシートを立った。 ボックスシートの間を抜けて、足を掬われぬよう一歩一歩を踏み締める。 誰一人として目を向けず、手の中で画面の先のダンスを見てばかり。 スマートフォンは苦手だ。酷く首が痛むから。 「ガチャンガチャン!
夏は何かもが大きく感じる。 大きく広がる青空、その青を切り抜く白い積乱雲。どこまでも木々が生える山。目に入るものでさえも大きいと言うのに、耳に入る蝉の鳴き声もまた大きいのだから、夏というものは大きく感じて、背の低い僕からも大きなため息が出る。 「久しぶりに、婆ちゃんの家に行くか」 大きな欠伸しながら、車の鍵をチャリン。と鳴らしたのはオヤジだった。自営業も閉じた遅めのお盆休み。自家用のエブリィワゴンを走らせる。 車の窓に吊るした風鈴を指でチリンチリンと鳴らすのにも
月はまだいるか。なんて考えて捨てる夜。 早とちりの秋雨か、門限破りの梅雨なのか。分かるのは明日、いやもう今日か。 きっと夜を巡って,来る朝には雨だろう。 雲の向こうにまだ、あの月は居るだろうか。 ……みたいな。 そんな空想の予定を入れてみる。お蕎麦と髭剃りの間が良い。 意味の有無は問わないで、人は無意味に意味を持たせられる生物なんだから。 無意味含めて私は今日も。昨日も明日も、これからもずっと。夜に朝を組み立てる。寝て起きる明日の
薄く,軽やかに。私から剥がれていく。 それは、爪痕を残すための白い爪とか。 または、自分を守っていた卵の殻とか。 時の流れに振り落とされた、幼さとか。 心の中で細々と輝いていた、未来とか。 大人になれなかった僕が、剥がれたか。 はたまた大人になる私が、剥いだのか。 考えている間に、それは白く色褪せる。 前は何色だったのか、分からなくなる。 色を探して、考えていた意味を失くす。 何をきっかけに考えたのかも、忘れる。 そうしてまた一つずつ、剥がれていく。 白い何かと私だけが、ただ