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衝動的に土を42L買う男 - ボタニカル倶楽部

衝動的に園芸用の土を42L買ってきた。

日が落ちる前に近所のドラッグストアまで車を出し、カートに土をバンバン乗せて購入。愛車のオレンジ色のXVのバックドアを開けると、長靴やスコップ、過去の何かしらの乾いた土が落ちている。お洒落なSUV車の世界観構築はとっくのとうに諦めていて、実用性に特化した軽トラもどきだと思っているほうがいい。

そこに42Lの土袋を積み込む。俺は最近、土が大量にあると安心するようになってきている。1袋たったの198円で手に入れられる精神安定剤だ。なんたって重いし、開けたての土は栄養たっぷりでフカフカしている。そして黒い。昔からつや消しの黒が大好きなのだが、園芸用の土もいい塩梅なのである。いかにも、「地球に貢献できますよ!あなたのボタニカルライフに役立ちます!」といった自信に満ち溢れた表情をしている。

日々買い物をしているなかで、自然のなかに「ソイヤ!」と投げ捨てて罪悪感を感じない商品は非常に少ないだろう。だが、土は違う。自分の庭に買ったばかりの土を撒いたときの開放感ときたら……。俺のなかに眠り続ける農耕民族のDNAが騒ぎ踊りだす。ジャンガジャンガジャンガとビートを打つ。空気に触れた土はふくよかな香りを放ち、あっというまに先住土たちと順応していくのである。栄養が枯れた土でも、酸性に傾いた土でも、石ころや雑草にまみれた土でも、土にとっては土なのだ。みんな同じなのだ。それでいいのだ。

実はこの土への衝動を生んだきっかけがある。ゼロからいきなり生まれたものではなく、自分の失態を恥じて、一日でも早く環境復旧に取り組みたかった。それはバーク堆肥への過度な信頼だ。要は自然循環の中で生まれた「落ち葉の集合体」みたいなもの。豊富な栄養分を含み、痩せた土に混ぜることで生き返る便利なやつ。浅い知識で本を読み、とりあえずバーク堆肥を土表面にかぶせておけばいい感じになるんじゃないの?と、知識同様の浅ましい顔で対処したのが2週間ほど前のこと。

そこに枝豆や青ネギなんかの種をぱらぱらと撒いてみたのだが、気が急いた素人ガーデナーにとって2週間はあまりにも長い時間感覚だった。コロナ自粛でずっと家にいるからこそ、早く目の前の変化を楽しみたい。強くたくましく芽吹くその瞬間をこの眼に焼きつけたい。ショーケースに並ぶトランペットを眺め続ける子どものように毎日水やりをしていたものの、あまりの変化のなさに土を触ってみたら、カサブタみたいにカッチカチだったのだ。

いや、もう、これは、ええ、ぜったい、だめなやつだろ!? こんなカッチカチのビッチビチな土の状態で種が芽吹くわけねーよ!むりむりむりむり! 成長期の中学生の膝に鋼鉄の防具巻きつけてるようなものよ。ど根性大根みたいにアスファルトの隙間から成長し続ける”ボタニカルな奇跡”も望めるかもしれん。でも、俺は一年目の素人ガーデナー。一刻も早く不安を打ち消して、5月の大事なゴールデンタイムを活用したい。だからプランターの土、ぜんぶ、入れ替える!過信したバーク堆肥は普通の土に混ぜ込んでなんぼ!

人間はなんて弱い生き物なのだろうか。ボタニカルパワーは常に人間の想像を超えてくる。土を入れ替えるために、燕三条製のかっこいいスコップでざくざくとプランターを掘り起こしたら、ちゃんと芽吹いて細い根をにょきにょきと出した種や豆が出てくるじゃないか。

こいつらもう息してたんだな。必死に、一所懸命に、与えられた環境のなかで俺のために芽吹こうとしてくれていたんだな……。ごめん、信じ切ることができなくて。不安だったんだ。むしろ植えた種のことはぜんぶ諦めるつもりだった。すげーよ、もう。人間が想像できる範囲がいかにちっぽけか思い知らされたよ。逆にありがとう。生きることって信じることかもな。

でも、衝動的な土作りはやめない。芽吹いた種は救出して、より良い状態にしようと思っている。なぜなら俺はこの小さな庭において天地創造の神だからだ。


「ボタニカル倶楽部」は植物を愛でることの素晴らしさを伝える活動です。いとうせいこう先輩が作ってくれた道を歩み、自分たちなりのボタニカルライフを発信し、いつか薄い本でも作れたらいいなと思っています。この活動に加わって、植物に関するエッセイを書きたい仲間を募集中。



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1982年生まれ。全国47都道府県のローカル領域を編集している株式会社Huuuuの代表取締役。「ジモコロ」編集長、「Gyoppy!」監修、「Dooo」司会とかやってます。わからないことに編集で立ち向かうぞ!