親は世界とつながる窓になれる
前編に続き、「知窓学舎」塾長の矢萩邦彦先生にお話をうかがいます。
「子どもたちのやる気を引き出したいなら、子どもの前に立つ大人が、やる気にあふれていなければならない」
そう語る矢萩先生は、塾長、ジャーナリスト、バンドマン、社会学者というパラレルキャリアの実践者です。
「自分がおもしろい! と思ったことしか子どもに伝わらないんですよ」と熱く語る姿には、内から湧き上がってくる好奇心のエネルギーを感じました。
取材をとおし、矢萩先生の歩んできた山あり谷ありの人生を垣間見たわたしたちも、やる気の火をつけてもらった気がします。
後編、スタートです。
熱い大人が子どもを動かす
かきほめ:「知窓学舎」は、とってもユニークな講師の方ばかりですが、どのような基準で選んでおられるのですか。
矢萩先生:明確な基準というものはじつはないんです。とにかく会って、目を見て「この人と一緒に子どもたちに学んでほしい」と僕が思うかどうかを大事にしています。
ひとりの人間として先に知り合いになっていたとか、信頼できる人から「この人は知窓学舎に合う」と紹介されて講師になっていただくパターンが多いです。
かきほめ:なるほど、実際に会って話すこと、人柄を知ることが大事なんですね。
矢萩先生:そうなんです。だから、子どもが通うかもしれない学校の先生には親御さんも事前にちゃんと会って話をすべきだと思います。
これまでの教育というのは、「何を学ばせるか」「どんなスキルが身につくのか」という「コンテンツ重視」の教育でした。でもこれからは違う。
極端なことをいえば、何を学ぶかはどうでもよくて、「誰がそれを教えるのか」「どんな生き様の人間がそれを伝えるのか」という、人間力だったり、人としての熱さや深さが、教育者には求められていると感じます。
「探究型学習」への移行が現場でなかなか進んでいない原因もここにあります。先生自身が探究的な人でなければそうした授業はできない。けれど、従来の教育で育ってきた先生にはそういう人が少ないんです。探究型教育の担い手が日本の教育現場には圧倒的に不足しているということです。
もちろん、そういう先生がまったくいないわけではなくて、各学校に名物教師、人気講師と言われている方々は数名います。そういう先生たちは今、いろんな学校からのヘッドハントに追われていますよ。10校、20校から声がかかっている先生もいると聞きました。
学校選び、塾選びのコツとして、子どもに合いそうな先生が複数名いるかどうかを見るといいと思います。たったひとりに照準を合わせて選んでしまうと、いざ入学したらその先生はヘッドハントされていなかった……ということにもなりかねない。それくらい、今の教育現場は人材の流動が激しいんです。
「おもしろがること」が信頼につながる
かきほめ:知窓学舎の講師陣はほとんどの方が「塾の講師」以外の経歴もお持ちだそうですが、それはなぜですか?
矢萩先生:今の日本の学校に「教師」以外のキャリアを持っている先生がどれくらいいると思いますか? じつは3パーセントくらいなんです。これじゃあ、子どもたちに進路指導できないよね、という危機感があって。「進路指導」「キャリア教育」がちゃんとできる大人に子どもを教えてもらいたいということが大きな理由です。
これは、僕自身の10代の経験によるところが大きいかもしれません。
僕は、中学受験をしたんですが、進学してから今で言う不登校の状態になりました。原因としてはいろいろあったんですが、いちばんは「自分のことをわかってくれる大人が誰もいなかった」ということに尽きます。
当時の僕がやりたいと思っていたのは、ロックバンドだったんです。しかも、ヘヴィメタルバンドです。
かきほめ:へー!!!!(一同、驚きの表情を隠せない)
矢萩先生:それから、アート全般にも興味がありました。行くなら芸術系の大学に行きたかった。でも、先生にも、親にもやりたいことを否定されました。
不登校になって、毎日深夜ラジオを聞いて、番組にはがきを投稿しました。はがきの内容から「たぶん、こいつ同い年くらいだな」ってわかることも多かった。この時間にラジオ聞いてるってことは、こいつも学校に行っていないんだろうなって仲間意識が芽生えたりして。その時間が10代の僕を支えてくれました。
かきほめ:矢萩先生は、子どもの夢や思い、アイデアを聞いたとき、どんなふうに声をかけておられるのですか?
矢萩先生:どんなことでもおもしろがってやることが大事なんです。決して否定はしないでほしい。とにかくまずは「それ、おもしろいね」って言ってあげるのがいい。これはご家庭でも、親御さんにお願いしたいことです。
子どもは、自分のことをおもしろがってくれる大人の話は聞きます。信頼するんです。「すごいね!」っていうほめ言葉もいいかもしれないけれど、「おもしろいね!」っていう言葉には、子どもをやる気にさせるパワーがあると思いますよ。
でも、心から「おもしろがってあげる」ということが大事です。本当におもしろがっているからこそ、その思いが伝わるんです。
「問い」を立てるのが大人の仕事
かきほめ:いま、家庭での学習時間が増えていて、具体的にはどんなふうに声をかけたり、励ましたりすれば、子どもの好奇心や熱意を育てることができるのか、悩んでいる親御さんが多いんです。知窓学舎で取り組んでおられる工夫を教えていただけないでしょうか。
矢萩先生:『セミたちと温暖化』という本に、とてもわかりやすいエピソードが載っています。日高敏隆という動物行動学者の本ですけれども、友人の先生が、成城学園の子どもたちに授業をしたときのエピソードです。
「アリを観察して描く」という授業で、最初は子どもたちに何も見せないで描かせました。するとだいたい、頭と胴を描き、胴体からから6本だったり8本だったり、適当な数の足を生やしている。
次に本物のアリを持ってきて、同じように子どもにアリの絵を描かせる。すると、どうなったと思いますか?
かきほめ:もしかして……おんなじ絵だったんですか?
矢萩先生:そうなんです。子どもたちが描いた絵は、前に描いたものと大差がなかった。
そこで、先生が「体はいくつにわかれているかな?」「足は何本かな?」「どこから生えているかな?」と質問をする。そうしてはじめて、ちゃんとしたアリの絵が描けるようになるんです。
このエピソードから学べることは、子どもには「ナビゲーター」が必要だということです。
いま、体験型学習というものも流行っていますよね。でも、どこかに連れて行ったり、目の前に本物を置いて見せるだけでは、子どもは学べないということです。そこには、知識ある大人の的確なナビゲートが必要です。
難しく考える必要はなくて、自分なりの視点で、自分の得意とする方向で問いを立ててあげればいいんです。
「虹の色は全部で何色あるんだろうね」とか「英語にも『いただきます』っていう言葉あるのかな?」とか。
理想的なのは、お母さんだけじゃなく、お父さんや、おじいさんとかおばあさんとか、周りにいる大人がいろんな視点で問いを投げかけることです。すると、多角的に学ぶことができますよね。
かきほめ:なるほど。「親子で一緒に探究する」という感じがしますね。
矢萩先生:しゅくだいやる気ペンも、僕は親子で使ったらいいんじゃないかと思うんです。どっちがやる気パワーを多くためられるか競争したりして、楽しめるんじゃないかな。親と子で一緒にやる気を出す、一緒に夢中になる。そういう時間がこのペンの効果をいっそうもたらすのではと思います。
かきほめ:いいですね、それ! 大人用のモデルも開発しようかな。
勉強は楽しいだけでいいの?
矢萩先生:子どもに探究的な学びをさせたいなら「学ぶことって楽しいよね!」ってちゃんと親も思えているかどうかがポイントです。
かきほめ:たしかに、そうですね。自分が勉強嫌いだったら、子どもに楽しさなんて伝えられないですよね。
でも……たとえば受験は楽しいだけではやっていけない面もありませんか? 我慢したり、耐えたり……。とくに受験は過酷なイメージがあります。勉強は楽しいだけでできるものなんでしょうか。
矢萩先生:受験をきっかけとして、勉強を楽しいと思わせることはじゅうぶんできます。
受験は特別なものではなく、子どもの長い人生の、長い学びのプロセスのひとつです。
そこを「探究的な学び」への入り口にできれば、子どもへのメリットはとても大きいと思います。
ポイントは、合格だけをゴールだと思わないということです。
じつは、大手の塾では夏休みが終わるまで過去問を見せないことが多いのですが、僕は、生徒に過去問をできるだけ早く見せるようにしています。過去問を見て志望校を選んでほしいからです。
過去問には、その学校の教育に対する思いも、考えも、すべてにじみ出ています。
いわば、過去問は学校からのラブレター。この問題を気に入ってくれる子にこの学校に入ってほしいっていうメッセージなんです。
過去問を見て「この問題、すっごく難しくて解けないけれどおもしろそう」と感じたら、その学校が合っているのかもしれない。逆に「この問題、解けるけどつまらない」と感じたら合っていないということなんです。
偏差値で志望校を決める子が多いけれど、偏差値の高い学校のつまらない問題を必死で解けるようになったとして、得られるものは、そのつまらない問題を作った先生たちが待ち構えている学校生活。どうですか?
かきほめ:うーん……。
矢萩先生:子どもの人生にとっては、問題を「解ける」「解けない」はどうでもいいんです。その問題に興味をもって取り組めたかが大事。じつは、そういう学びができる子どもはだいたい志望校に受かります。
そして、たとえ不合格になっても「こんなにおもしろい問題に必死で取り組むことができた」という経験はかならず子どもの糧になります。
これが、僕が「受験」と「探究型学習」を両立させられると考える理由です。
答えのないことを子どもに考えさせる
矢萩先生:子どもが安心して「探究」にのめりこむためには、自分が考えたことを否定されないということが大事です。
「答えは一つだ」。「間違ってはいけない」。
これまでの教育はそういうことを子どもたちに教えてきた。
その結果、子どもは何を学んだでしょうか。
僕がいちばん危機感を持ったのは愛や哲学がないということでした。
1995年、阪神淡路大震災のとき、僕が大学へ行くと、テレビに映し出される被災者の数で、クラスメイトが賭け事をしていた。〇時までにその数がいくらになるか。何人死ぬか……。
その光景を見て僕は「義務教育、失敗してるじゃん!」と強烈に思いました。
こんな人たちが、将来、官僚や会社のエリートになっていくと考えたらぞっとしました。
だから僕は、義務教育の入り口で、子どもたちに伝えなければいけないと思ったんです。最初の職業として中学受験を目指す塾の講師を選んだのはそのためです。
僕は、子どものころから教科書に書いてある答えを信用していないところがありました。
新しい発見があったら、ここに書かれていることは変わるよねってなぜだかずっと思っていました。
子どもの学びは、自分や他者への愛を育むプロセスだと思います。
好奇心や他者に対する関心を育てるには、ご家庭で、答えのないことを子どもと一緒に考えてほしいと思います。
大人は正解を期待しがちだし、子どもも正解しなければと思うと安心して考えられないからです。
「僕も答え持っていないよ」
講義で僕がそう言った瞬間に、子どもの目の色が変わるのを見てきました。
自分が何かすごいことを思いつくかもしれない。
何か新しいことを発見するかもしれない。
未知の領域にワクワクする探究心が子どもにはもともとあります。
つまり、学ぶこと、考えることはただただ楽しいことなんです。
【PROFILE】
矢萩邦彦(やはぎ・くにひこ)
実践教育ジャーナリスト、知窓学舎塾長、株式会社スタディオアフタモード代表取締役CEO、教養の未来研究所所長、聖学院中学校・高等学校学習プログラムデザイナー、探究型の中学「ラーンネット・エッジ」カリキュラムマネージャー
1995年より教育・アート・ジャーナリズムの現場で「パラレルキャリア×プレイングマネージャ」としてのキャリアを積む。15000人を超える直接指導経験を活かし「受験指導×探究型学習」をコンセプトにした統合型学習塾『知窓学舎』を運営、「現場で授業を担当し続けること」をモットーに実践教育ジャーナリスト・教育カウンセラーとしても活動を広げ、日本初の「バレエ×探究」を手がけるSHOW BALLET JAPANの監修顧問も務めている。代表取締役を務める株式会社スタディオアフタモードでは人材育成・メディア事業に従事し、ロンドン・ソチパラリンピックには公式記者として派遣。主宰する教養の未来研究所では「教養と豊かさ」「遊びと学びの方法的結合」「キャリア編集」をテーマとした研究を軸に、研修・コンサルティング・ブランディング・監修顧問を手がける。一つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を目指し探究する独自の活動スタイルについて、編集工学の提唱者・松岡正剛より、日本初の称号「アルスコンビネーター」を付与されている。
テキスト・岡田寛子/撮影・今井美奈/イメージ写真・上野俊治
撮影協力・知窓学舎横浜本校
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