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ホワイトデー

「お返し? あの、私、あげてないんだけど」そんな反応が返ってくるなんて想像もしてなかったのだろう。佐々木は固まってしまった。突き出された手には、ラッピングされた箱。それは私がプレゼントしていない、バレンタインデーのお返し。 「で、でもさ。英夫が見たっていうんだ。朝、涼川さんが僕の席で何かしてたっぽいのを」  こっそり入れるために少しだけ早く登校したんだけど、ダメだったか。でも見られていたこと自体は問題じゃない。一体なぜ、お返しの相手が私なのか、それが疑問だった。 「うーん、

偽りの部屋

 浮気をしているのかもしれない。私は居ても立っても居られず、駅のホームから改札へと戻った。 「いちおう、はじめまして、だね」彼の顔をまじまじと見る。少し照れた様子の彼の顔は、画面越しで見るのとあまり変わらなかった。遠距離恋愛ってことになるのかな。知り合ったのはネットでだし、告白は電話だった。もちろん返事はOK。細かいことは言ってられない、お互いもう二十台後半だもん。でも岡山と東京は遠かった。告白から半年経って、やっと彼の住む東京まで来れた。一応、一泊の旅行ということになって

君の後ろを歩きたい

「なんで後ろを歩くのよ?」  彼女は立ち止まって振り返る。その顔は不満で溢れていた。幅のない歩道では、僕は無意識のうちに彼女の後ろについてしまう。どうやらそれが気にくわないようだ。 「前を歩いてよ」 「いいけど」そう言って彼女の前に出る。  僕は背が高い、なんなら歩くのも速い。前を歩くといつも困ってしまう。一体どのくらいの速度で歩けばいいのだろうかと。速すぎると彼女を置いて行ってしまう。それが気になって、何度も何度も後ろを振り返っては彼女を見てしまう。それはそれでなんだか

機械のカツラ

 このカツラには毛がない。それは数センチほどの小さな小さな謎の機械。僕はそれを頭頂部よりやや手前に載せると、専用のタブレットを手に取る。 画面にはあらゆるタイプの髪型が映っている。ホストみたいな髪型や中にはモヒカンまである。僕はその中から一つ選ぶ、すると頭の上にある機械から毛が生えてきた。正確には生えてきているように、見えている。  これはホログラムで作られたカツラ。色や質感、長さや髪型までも自由に設定できる夢の機械。センサーが頭の形や残っている髪を検知し、フィットするよう

通知

 車両には、僕独りが取り残されている。電車はとっくに終点に着いていたようで静かだった。開いたままのドアからは、生暖かい風が吹き込んでくる。僕は慌てて立ちあがる、すると視界の隅に白い物が見えた。振り返ると隣の座席にスマートフォンが落ちていた。ギラギラしたカバーからして、それが女性の物であるということは容易に想像がつく。ふと、隣に女性が座っていたことを思い出した。駅員に届けないと――僕は落とし物を手に取り電車を降りる。  案内表示に従い改札に向かっていると、手にしていたスマートフ

味のしないラーメン

 男ってさ、ラーメン好きだよね。ラーメン好きな彼氏に連れられて、わたし達は、色んな店を巡った。わたしには、彼には伝えきれずにいたことがある。それは父がラーメンを営んでいること。  父は数年前に脱サラして、念願のラーメン屋を始めた。わたしが大学生になった今も続けているようだった。  なんとなく恥ずかしくて、彼には言えなかった。  彼からLINEがきた。 『明日ラーメン食べ行こうよ。おいしそうな店見つけたんだ』  はあ、またラーメン。嫌いじゃないんだけれど、たまには女子が喜びそ

値引き

『他店より高い商品がございましたら、ご遠慮なく販売員にお申し付けください』そう書かれた広告が、自動ドア横のガラスに何枚も貼られている。僕と上司の工藤さんは、家電量販店の前に立っていた。その謳い文句は、僕達の足を止めるには充分すぎるほどの存在感があった。 「ここ、入ったことないんですよね」僕は建物を見上げる。 「俺もないな。ポイントカードがあるから、いつも同じ店使うしな」 「ですよね。まあでも時間あるし、行ってみましょうか」  自動ドアを通り店内に入る。案内表示を一瞥すると近

草野球に青春を

 俺の胸には“夏休み“という言葉の響きからくるトキメキと、暇を持て余してしまいそうな不安さが入り乱れていた。終業式が終わり、午前中で解放された俺達4人はマクドナルドで昼食をとっていた。 「よっしゃー! そこ振るかね?」  また、裕二にやられた。最近の俺達のブームはスマートフォンの野球ゲームで、暇さえあれば対戦をして遊んでいる。  裕二の興奮を横目に、健太郎がぼやく。 「明日から休みっていってもさ、なんか特別やることないよな。いいよなあ、彼女いるやつらは」 「たしかにな。俺達

クラスの女子除霊師

「月島ってさ、除霊師なんだってさ」  視線の先には、月島奈々子がいた。休み時間だというのに、窓際の席で独り憂鬱そうに外を眺めている。彼女の一家は有名な霊媒師らしい。それがいつの間にか除霊ができる女子高生として、クラスに広まっていた。スラっとした長い黒髪に切れ長で冷たい眼をしている彼女は、噂と相まって神秘的に見えた。  今年の夏休みは、肝試し大会をやることになっている。僕がオカルト好きだとバレてしまったが最後、肝試し大会の場所探しを押し付けられていた。   僕は月島の方へ向

束の間のGW

 Tシャツとハーフパンツで充分だろう、シャワーを浴びた僕は薄着で座る。電源ボタンを押し、ノートパソコンを立ち上げた。SNSを一通り確認し終えた僕は、旅行代理店のホームページを開いた。  ゴールデンウィークは亜希と一緒にどこか旅行に行って、羽を伸ばしたいと考えていた。目的地、宿泊日、人数を入れて検索。いくつか適当なホテルを選んで料金を確認すると、僕は彼女にLINEを送った。 『沖縄はどう? 二人で二泊十数万円くらい』 『うーん、沖縄ってもう海に入れるのかな?』と亜希からすぐ