草野球に青春を

 俺の胸には“夏休み“という言葉の響きからくるトキメキと、暇を持て余してしまいそうな不安さが入り乱れていた。終業式が終わり、午前中で解放された俺達4人はマクドナルドで昼食をとっていた。

「よっしゃー! そこ振るかね?」
 また、裕二にやられた。最近の俺達のブームはスマートフォンの野球ゲームで、暇さえあれば対戦をして遊んでいる。
 裕二の興奮を横目に、健太郎がぼやく。
「明日から休みっていってもさ、なんか特別やることないよな。いいよなあ、彼女いるやつらは」
「たしかにな。俺達みんな予定もなにもないっていうのは、やっぱもったいねえよな。なんかやる?」俺は陸に視線を向ける。
「じゃあさ、野球やってみない?」

 陸の提案に、みんな目を見合わせていた。それを、誰かが言い出すのを待っていたんだと思う。たぶん俺だけじゃない。
 俺達4人は同じ中学校出身で、みんなサッカー部に所属していた。三年間それなりに頑張ったけれど、地区予選で早々に強豪校とあたってしまい、ボコボコにされて終わってしまった。なんていうか、なにもかもが違った、なにもかも。俺達は同じ公立高校に進学したけれど、俺もみんなもサッカー部には入らず、帰宅部になっていた。

「やろうぜ!でも道具はどうする、陸」裕二が乗ってきた。
「うちに一式あるよ。兄貴がさ、ソフトボールやってたからさ。だけどグローブはあと一つほしいな。健太郎持ってない?」
「持ってるよ。あとは場所だな」

「どっか広いところねえかな、窓ガラス割って怒られたくねえし」裕二が見回した。『サザエさん』でそんなシーンがあったのを思い出す。
「カツオかよ。小学校の運動場だったら広いし大丈夫だろ。誰か使ってねえといいけど」
「おっけー、じゃあ明日やろう」
 一気に決まった。俺達の夏が輝きを帯びてきた。

「そういやさ、子供のころ野球やってるとさ、俺にも打たせろーって入ってくるおじさんいたよな」
「いたいた、サッカーやってると交ざってくるヤンキーとかもね」
「今もいるのかな?っていうか明日いたりして」
「最近はそういうの厳しそうだし、いないんじゃない」
 明日の期待を胸に、俺達は解散した。

 翌日、俺達は地元の小学校に来ていた。
「ガキがサッカーやってやがんな」裕二が運動場の中央に視線を向けていた。
「そんな人数いないし、場所も広いから、少し離れてもらおう」陸が言う。
「おーい、そこのサッカー少年!俺達この辺で野球やるからさあ、あぶねえからあっちのゴールでやってくんない?」
 裕二は少年達の方へと歩きながら叫んだ。

「いいよー」
 少年達が反対側のサッカーゴールへと移動する。

「おし、ルールはどうする?」
「ピッチャー、バッター、キャッチャー、外野でいいんじゃない? ヒットを打つかアウトになったら交代しよう」陸の言葉にみんな頷く。

 ボールを持ったのは裕二、ピッチャーをやる気満々だ。
「じゃあ、俺バッターやるわ」
 俺は近くにあった金属バットを握った、昨日の借りを返してやる。
 健太郎がグローブをはめながら外野の方へと移動していったので、キャッチャーは陸がやることになった。

 みんながポジションに着いているのを確認すると、裕二はグローブをはめた左手を腰に当て、前傾姿勢を取った。なぜか二度三度と首を横に振ってから最後に大きく頷き、姿勢を正し両腕を高く掲げる。右腕を後方に引くと同時に左膝を高く上げ、それから前に倒れこむように大きく後ろから右腕を前に振った。フォームだけは一丁前である。しかしながらフォームの雰囲気に反して、その手から放たれたボールはキャッチャーの頭上を大きく越えていってしまった。大暴投。陸がボールを小走りで追いかける。
「へいへい、ピッチャー!ビビッてんの?」俺はバットを肩に担ぐと、ザッザッと靴の裏で砂を蹴る。

 それからというもの、裕二の投球はバウンドしたり、横に逸れたりするだけで、気付くとカウントはフォアボール。4球全て、裕二が投げた瞬間に俺はバットを振らなくて済むことがわかった。

 フォアボールに換算して4回分は投げただろうか。これが本当の試合で起きてしまった時のことを想像して、俺は笑ってしまった。
「俺ピッチャー無理っぽい。誰か交代しようぜ」裕二が折れた。

 陸がピッチャーに代わる。しかし、彼が投げてもあっけなくフォアボールになってしまった。誰が投げても結果は同じかと思われたその時、5球目にしてようやく、ストライクゾーンに向かって真っ直ぐボールが飛んできた。
 俺は思いっ切り振った――が打球音は鳴らなかった。それに俺自身、綺麗にバットを振れた自覚もなかった。
「金属バットってこんな重てえの? 健太郎、バッター交代しよう」
 俺はバットを置いて外野へと移動した。

「もうさ、下から投げねえ?」
 ごもっともな提案だった。入らないし打てない、もはや配球がどうのこうのという次元ではなく、俺達が目指すべきは、打って飛ばそうである。

 下手投げで放たれたボールはゆっくりと山なりに進む。これならば、打球が飛んでくるのかもしれない。俺は腰を落としていつでも走り出せる準備をする。しかし何事もなく空振りする光景がそこにあった。
「球がゆっくりすぎてタイミングあわない、あと金属バット重すぎてちゃんと振れない!」健太郎が叫んだ。

 空を切るバット、飛んでこないボール、俺はそれを少し遠くから見ている。何も起こらず時間だけが過ぎていく。天気が良すぎて眠くなってきた。
「そもそもあたんねーじゃん。カツオ天才かよ」暇を持て余して一人呟く。

 なんとなく終わりの雰囲気になり、俺達は裕二のところに集まった。
「ねえ、あの小学生達に交ぜてもらってさ、サッカーやらない?」
 陸が提案する。
「そうだな、声かけてくるわ。おーい、君たちー、俺達もサッカー交ぜてくんなーい? ジュースおごってやっからさー」裕二が叫ぶ。

 俺達はサッカー少年の方へと向かって行った。

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