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Coda〜あいのうた〜全ての壁は愛で乗り越えられる

涙が止まらない。
泣くと心が洗われるというけれど。

「Coda〜あいのうた」

友人とたまたま休みが合ったので、映画を観ようと、急遽新宿へ向かった。
第94回アカデミー賞で作品賞、助演男優賞(トロイ・コッツァー)脚本賞を受賞した作品だ。

サンダンス映画祭でも史上最多のグランプリ、観客賞、最高賞、監督賞、アンサンブル・キャスト賞の4冠を獲得した。

豊かな自然に恵まれたマサチューセッツ州の小さな海の町の家族の話。

CODA(コーダ)とは、Children of Deaf Adults=“聴覚障がいがある親を持つ聴こえる子ども”の意味を持つ。
音楽用語としては、楽曲や楽章の締めを表す=新たな章の始まりの意味も併せ持つ。本作は、2014年のフランス映画『エール!』のリメイク作品で、家族の中でたった一人の聴者である少女ルビーの物語だ。

両親と兄、4人家族の中で1人だけ耳が聞こえる高校生のルビー。
父と兄は漁師。早朝3:00に起き、漁に共に出る。
漁獲した魚を仲介業者に売り、そして高校へ向かう。
睡眠不足のため居眠りもしょっちゅう。
彼女は常に家族の通訳として動き、子供の時からバーに行けば両親のためにビールを頼み、自分の事よりも家族を優先に生きてきた。

単独で動けるのは唯一学校にいる時だけ。
同級生には魚臭いと揶揄われ、また、聾者の家族に囲まれて育ったため、話し方がおかしいと揶揄われ、町では浮いた存在になっていた。

授業が終わればすぐに家族の通訳をしに帰る。
家族はルビーを頼っていかなければ生きていけない、そう両親もルビー自身も思っていた。

ある日憧れていた同級生のマイルズが合唱部に入部の申し込みをするところから、自らも入部する。そこから彼女の人生のターニングポイントとなる。

ルビーの歌う声はとても透き通り美しい。親へ反発しながらも家族の事を第一に考える彼女の役柄は声の美しさと心の美しさと重なっていた。

もし自分がその立場ならどうしただろうか。
家族を捨てられない、でも自分自身の幸せも求めたい。けれども家族はルビーを離したくない。

驚いたのは出演者達が聾者の俳優であり、劇中の中ではリアルな聾者の日常が綴られる。現実は厳しく、健常者とのコミュニケーションが難しいだとか心の葛藤もリアルが描かれ、それらの聾者の経験が映画では描かれており、胸が痛い。

ルビーの境遇は不幸だと思う人もいるかもしれない。
今は「親ガチャ」という言葉もある。

でも本当にそうだろうか?
子どもは親を選べない、なんて言えば少しは気が楽になるのだろうけれど。辛い現実から逃げたい気持ちも分かる。けれどもその考えで果たして問題は解決するだろうか。

マイルズが言う。「昔小学生の時にバーで家族のためにビールをオーダーするルビーの姿を見てずっとカッコいいと思っていたんだ。」
彼女の家族は聴覚障害があっても良くも悪くも明るく仲がいい。それが羨ましい、とマイルズが言う。

今ある境遇は本当に不幸なんだろうか。

イギリスの歴史家アーノルド・J・トインビー(1889年~1975年)は、
「人間誰しも才能を持っている、その才能が花開くかどうかは、試練を乗り越えた数によって決まる」と言った。

子どもは親を選べない、ではなく、
自分の心の強さ、より成長ができるよう、子どもが親を選んで生まれて来た

のかもしれない。

けれども、ただ、強くなればいい、ということでもない。
結果的にルビーを救ったのは、ルビー自身であり、家族への献身的な愛だった。
その愛により、家族、マイルズ、先生と、みんなが変わっていく。
そんな愛が伝播していくさまに人は感動する。

自分自身も一見困難に見えるようなことに出会った時、どう自分が対応するのか、それを自分自身の成長の糧としてできるのか、相手を恨むのではなく、自分自身がどう愛でもって対応できるのか、試していくチャンスなんだろうと思った。

そうすればいつか戦争や争いもなくなるのかもしれない。
そんな風に思った。

つづく

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