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人との距離のとり方

今まで生きてきて、「他人だから理解しあえない」ってことに初めて気が付いた。自分が誠意をもって接したら理解しあわずとも、「あなたはこう考えているのね」とは分かりあえる=理解する と思っていた。それが共感にはならなくても。理解することと、共感することは別。私にとって共感することは簡単にはなくても、理解することは話せばできると思っていた。

しかし。話しても話しても伝わらないことがある。そんな簡単なことを気が付くのに人生の半分つかってしまった。パートナーがアスペルガーであることで、諦めることや理解しあえないことを知った。どうして?パートナーとして選んでしまったのか?悔やむ。私にとってコミュニケーションをとり、理解しあうことはかなり大切なことだから。きっと私のような生き方は”おせっかいおばさん”なのかもしれない。

パートナーとは、「事実報告」「連絡事項」「選択質問」などしか喋らない。それがお互いに安心できる距離感なのだ、きっと。感情が絡む話やどうして?などのような漠然とした質問は、パートナーを苦しめ心のシャッターを下ろされてしまう。今のところこれが最善策と思う。
「宅急便届きました。」「今日は帰りが22時ころになります。」「カレーと餃子どっちがいいですか」など。私が思ったことや、感じた事などは言ったところで、何の意味もない。それに返ってくる言葉に傷つくのがこわい。

私の心の声や理解してくれる大切な友人たちとの距離感と、パートナーとの距離感は全く違う。                         それでいいんだ・・と気が付くまで苦しかった。「苦しさ」がカサンドラ症候群であることを知ってからいろいろ気づくことができた。

少し、自分のことを肯定的に考えられるようになって元気になってきたよ。


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