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生成AIに取り組む全事業者が見るべき「State of AI 2023レポート」解説

AdeptやWayveなどに投資するAI特化のベンチャーキャピタル「Air Street Capital」が160ページ以上に渡って、AIの現状をまとめたレポート、「State of AI」の2023年版が、2023年10月12日に公開された。

このレポートには今押さえておくべき生成AI市場や技術の状況が豊富な事例やデータとともにまとまっており、生成AIに事業として取り組む関係者は一度は目を通すべき内容になっている。

とはいえボリューミーなレポートを読む時間をなかなか確保できないという方も多いだろう。本記事では、そんな方々向けに特に興味深いスライドをピックアップして紹介していく。


State of AIについて

このレポートは、英国のAIに特化したベンチャーキャピタル「Air Street Capital」が2018年から毎年発行している、AIの現状を、豊富な統計データとともに網羅的にまとめたレポートで、業界および研究分野の主要な AI 実践者によってレビューされている貴重な資料だ。

資料は、以下で構成されている。
研究: テクノロジーの最新進展とその能力について
産業: AIの商業応用とビジネスへの影響
政治: AI の規制、その経済的影響、および AI の進化する地政学
安全性: 高度なAIシステムがもたらすリスクの特定と軽減について
予測: 今後12ヶ月での出来事と、2022年の実績評価

160ページ以上に渡る膨大な資料となるため、本記事では、上記の中から、特に「産業」に関するトピックを中心に、興味深いスライドをピックアップして解説していく。

今、ホットなトレンドは?

このスライドは、2022年第4四半期から、2023年第2四半期にかけて、このAI業界において、どのようなトピックがトレンドとなっているかの変遷をまとめたものである。

このグラフによると、2022年は、量子化に関するトピックが話題になっていたが、2022年11月末にChatGPTが出現して以降、人間のフィードバックからの強化学習(RLHF: Reinforcement Learning from Human Feedback)やインストラクション・チューニング、Chain-of-Thoughtなどといった大規模言語モデルに関連したトピックが急速に伸びていることが分かる。

2023年、生成AIへの投資が大幅に加速

ここで、順番が少し前後するが、生成AIへのお金の流れを示す興味深いスライドを2枚ほど紹介しておきたい。

以下は、2023年(9月19日時点)、VC投資全体の24%がAI企業に投資されていることを示している。

ここで、興味深いのは、2022年と比較した時に、非AI企業への投資額がほぼ半分に減っているのに対して、AI企業への投資額はほぼ同じ水準になっているところである。これからも、投資対象としてAI企業が注目を集めていることが分かる。

次のスライドは、2023年に入り、生成AIへの投資が大幅に加速していることを示している。

2022年の生成AIへの投資額が39億ドル(約5,900億円)なのに対して、2023年(10月2日時点)は、180億ドル(約2兆7300億)と、文字通り桁違いの投資額になっていることが分かる。

事業として成功している生成AI企業は?

この投資が集まる生成AIにおいて、実際に事業として成功を収めているのはどのような企業があるのか?
以下のスライドにある、イギリスのSynchesiaは、その筆頭である。

このSynchesiaは、テキスト原稿を基に、AIアバターがリアルな見た目と話し言葉でスピーチを行う動画を生成するサービスを提供しており、現在では、フォーチュン100企業の44%に利用されている。

また、次のスライドにある、コーディング・アシスタント・ツール GitHub CoPilotも、成功している事業の代表例である。

上記スライドでは、このGitHub CoPilotが、開発者の生産性を最大32%向上させていることを示している。

また、私自身も大いに恩恵を受けているのが、文章作成におけるChatGPTの存在だ。

このスライドでは、中級レベルの専門的な執筆タスクに関して、ChatGPTの生産性への効果を調査した結果を示している。ChatGPT利用グループは、利用しないグループと比較して、40%の時間短縮、そして18%の品質向上が見られたという研究結果が示されている。

生成AIの課題

このように現在、様々な分野で成功を収めている生成AI事業が出てきているが、その一方で、生成AIの問題点も見えてきている。

生成AIサービスのユーザー定着率

以下のスライドは、利用開始1ヶ月後のユーザー定着率(左)、そしてエンゲージメント率(右)について、代表的な一般的サービスと、代表的な生成AIサービスを比較したグラフである。

左の定着率を見た場合、既存サービスの1ヶ月後再訪率の中央値が63%なのに対して、AIサービスは42%に留まっている。これは、AIサービスの方が、そのサービスを使い続ける確率が低いということを示している。つまり、新しいAIサービスが発表されて、ユーザーがぱっと飛びつき、さっと離れていくというような傾向が強いということだ。

右のグラフの、DAU/MAUで測るエンゲージメント率を見ても、既存サービスの中央値が51%なのに対して、AIサービスはたったの14%と、かなり差がある。これは、ユーザーが生成AIサービスに頻繁に利用するほどの価値をまだ見出していないことを意味する。

つまり、生成AIの最大の問題は、ユーザーが毎日でも使いたいと思えるような「価値」をプロダクトを通して提供できるかどうかということだ。一時的な流行りで終わらず、息の長いビジネスを構築するために、ユーザーが定着し、高頻度でアクティブに利用するほどの十分な価値を生み出す必要がある。

AI生成コンテンツの著作権問題

生成AIが普及するにつれ、生成AIによって生み出されたコンテンツの著作権について問題視され、様々な議論がされている。

たとえば、米国のある地方裁判所では、人が作ったものでないと著作権で保護できないという古くからの考え方を採用し、AIで生成された絵の著作権が認められなかった。

これに対して、アメリカ著作権局は、AIが著作権にどう影響するかを調査・検討するプロジェクトを開始し、新しいガイドラインが発表されている。それには、あらゆる芸術作品が著作権を持つには人が作ったものでなければならない、そしてAIが使われた場合、どこで使ったかを明確にする必要があると規定されている。

一方、AIが本や写真などの著作権がある素材を使って学習し、新しい文章や絵を作り出すことが著作権を侵害しているのではないかという問題で、特に、イギリスとアメリカにおいて、様々なAI会社が訴訟に直面している。

たとえば、Getty ImagesがStable Diffusionを開発したStability AIを訴えており、Stability AIが、Getty Imagesのコレクションから数百万枚をコピーし、著作権の情報を変更または削除したと主張している。また、Stable Diffusionの生成画像には、Getty Imagesのウォーターマークの修正版が入っていると非難している。

その他にも、OpenAI、Meta、MidjourneyなどのAI業界を代表する企業が、著作権で保護された書籍やアートワークが、トレーニングのデータセットとして使用されたという理由で訴訟に直面している。

ただ、最近、米国地方裁判所のウィリアム・オリック判事が、MidjourneyとDeviantArt に対する著作権侵害の申し立ては進められないとの判断を下し、アーティストによる告発は「多くの点で欠陥がある」と結論付けたという事例も出てきている。

今後、同様の裁判の判決事例を基に、これらの著作権問題に対する法整備が進んでいくと考えられる。

クローズド vs. オープンソース

いくつかのメジャーな企業が、自分たちのクローズドなAIモデルで市場を独占しているのが現状だが、それに対して、ここ最近、オープンソースのAIが急速に進歩している。

創業7年目のHugging Faceは、そのオープンソースAIの中心的な地位を確立しており、そのコミュニティが非常に活発な動きを見せている。

たった数ヶ月で、1300ものモデルが、オープンLLM(大規模言語モデル)のリーダーボードに提出され、2023年8月だけで、6億を超えるモデルがダウンロードされた。

そして、これらのモデルは、GradioやStreamlitなどのツールを使用して構築されたWebアプリケーションとして公開されており、Gradioの月間アクティブユーザー数も、今年に入って、5倍増と急速に伸びている。

AI企業への投資状況

ここからは、改めて、AI企業への投資状況について見ていく。

大型の資金調達に「必要なのは注目だけ」

このスライドのタイトルは、AI業界に大きな影響を与え、ChatGPTを始めとする今の生成AIの起点となったTransformerの論文タイトル「Attention is all you need」からの引用である。

ここでの意味は、生成AI領域のスタートアップ企業に何十億円もの資金を集めるためには、「注目されることが全て」ということで、つまり、注目を集めさえすれば、大きな資金を集めることができる、というわけだ。

実際、上記の論文を書いた著者たち(トランスフォーマーズ・マフィアと呼ばれる)は、全員、論文執筆時に在籍していたGoogleを去り、各々、AIのスタートアップを立ち上げ、莫大な資金調達に成功している。

しかし、このAIと言えばお金が集まるというようなAIバブルが、いつまで続くかは疑問であるし、上記のような一部の企業にお金が集中しているような傾向も否めず、これはAI業界全体のイノベーションに悪影響を及ぼす可能性もある。

AI全体と生成AIへの投資額

下のグラフは、左がAIスタートアップへの投資額の推移を表したもので、右は、AI投資全体に対する生成AIスタートアップへの投資額の内訳を示したものである。

AIスタートアップへの投資額は、2022年上半期と、2023年上半期とでほぼ同じだった。しかし、右のグラフを見てもらえれば分かるが、2023年は、前年に比べて、生成AIへの投資額が非常に伸びており、もし、生成AIがここまで伸びなければ、AI全体への投資額は、40%程度減少していた可能性がある。

AIが既存企業の価値を高めている

以下のグラフは、AIを採用している未上場企業(左)と上場企業(右)の、企業価値(EV)について、創業年ごとの内訳を示したものである。

AIスタートアップがどんどん出てきているため、未上場企業の方は、順調に伸びている。一方、上場企業の方は、2022年に一旦下落したが、2023年になってまた回復傾向にある。

注目すべきは、2023年のS&P 500の上昇の50%は、「The Magnificent Seven」と呼ばれる大手企業によってもたらされたことである。これには、Apple、Microsoft、NVIDIA、Alphabet(Googleの親会社)、Meta、Tesla、Amazonが含まれており、これらの企業はAIを推進することによって大きく利益を得ている。

世界のAIユニコーン企業

2022年、AI投資のおよそ55%がアメリカのAI企業に流れているが、さらに、2023年は70%の投資がアメリカ企業へ注入されるとされている。

以下のグラフは、国別のAIユニコーン企業の数(左)と、その企業価値の総額(右)だが、アメリカが他国を圧倒しており、中国、イギリスがこれに続いている。この傾向は、今後も続くと予想されている。


積極的にAI投資が行われているカテゴリ

では、どのような分野で、AIに関する投資が行われているか。
このグラフは、左から順に、以下の情報をまとめたものである。

  1. 2010年から2023年のカテゴリ別のAI投資額

  2. 2022-23年のカテゴリ別のAI投資額

  3. カテゴリ毎のAIスタートアップ企業の投資額の割合

  4. 2022-23年の産業別のAI投資額

2010年から2023年のカテゴリ別のAI投資額
一番左のグラフは、2010年から2023年(9月14日時点)における、カテゴリ別のAI投資額をまとめたものである。これによると、企業向けソフトウェア、交通、金融(フィンテック)、ヘルスケア、ロボティクスなどの分野に、積極的な投資が行われていることが分かる。

2022-23年のカテゴリ別のAI投資額
左から2番めのグラフは、直近のカテゴリ別のAI投資額をまとめたものである。こちらも、他を圧倒して、企業向けソフトウェアへの投資が最も多く、ヘルスケア、金融がこれに続いている。

カテゴリ毎のAIスタートアップ企業の投資額の割合
スタートアップ企業に限った場合(右から2番め)、ロボティクスの分野に非常に投資が行われており、ここでも、企業向けソフトウェアがこれに続いている。

2022-23年の産業別のAI投資額
産業別(一番右)では、ヘルスケアがトップで、金融、企業向けソフトウェアがこれに続いている。

上記から、企業向けソフトウェア、金融(フィンテック)、ヘルスケアの3つが、AIについて、世界で最も投資が行われている、つまり、注目を集めている分野だということが分かる。

逆に、この分野で、AIを活用した事業、プロダクトを開発することができれば、投資を得られるチャンスは大きいとも言える。

今後12ヶ月の予測

以下は、今後12ヶ月に起こるであろう10の予測である。

1. ハリウッド級の映像制作で、生成AIが利用

これは、ハリウッド級の映画やテレビ制作の現場で、視覚効果(VFX)に、積極的に生成AIが活用されるようになるという予測である。これにより、低コストで、現実には存在しないシーンやキャラクターを非常にリアルに作り出すことが可能になる。

生成AI、たとえばディープフェイク技術は、映画や広告製作で既に利用されている。例えば、故人の俳優をデジタルダブルとして復活させたり(例:ピーター・カッシングを『スター・ウォーズ』シリーズで再現)、若い頃の俳優の顔を再現したりするのに使われてる(例:映画「アイリッシュマン」で、ロバート・デ・ニーロやアル・パチーノの若返り効果に利用)。

映画製作における生成AIの活用は、制作コストの削減、制作時間の短縮、制作の自由度向上など、多くのメリットが期待されており、生成AI技術の進化により、その適用範囲、効果はますます大きくなることが期待されている。

一方、AIによるコンテンツ生成は、著作権やクリエイティブの権利といった新たな法的課題を生む可能性もあり、この分野の発展と共に、業界のルールや規範も進化していくことになるだろう。

2. 生成AIメディア会社が、2024年のアメリカ大統領選における不正利用で調査される

生成AIはテキスト、画像、音声、ビデオコンテンツを作成する能力を持っており、メディア業界に革命的な変化をもたらす可能性があるが、同時に選挙に関連する情報操作や偽情報(フェイクニュース)の拡散に悪用されるリスクも存在する。特に、2024年に予定されているアメリカの大統領選を含む政治的文脈での懸念が高まっている。

ディープフェイク技術が既に政治的な目的で使用された例はある。たとえば、2019年には、米国下院議員のナンシー・ペロシのスピーチがゆっくりとした速度で再生され、彼女が酔って話しているかのように見せかけるビデオが拡散された。このビデオは技術的にはディープフェイクではなかったが、生成AIによる偽情報の影響の一例として広く注目された。

このような不正利用に対処するためには、AIを利用したコンテンツを検出するための技術やツールの利用、ディープフェイクやAIによる偽情報の作成と拡散に対する法的規制の適用などが今後重要になってくるだろう。

3. 自己改善するAIエージェントが複雑な環境で最先端の技術や成果を上回る

これは、自分で学習して賢くなるAIエージェントが、複雑な環境において、最先端の技術や成果を上回る実績を出すという予測である。ここでいう「複雑な環境」とは、シンプルなルールや一つのタスクだけでなく、複数の変数や要素が絡み合う状況を指しており、高品質で複雑なグラフィックスやゲームプレイを持つゲーム、特定の工具を使ったタスクの実行、または科学的研究と実験などが含まれる。

例えば、"StarCraft II" というリアルタイムストラテジーゲームは、DeepMindのAIエージェント「AlphaStar」によってプロの人間のプレイヤーを破るレベルに達した。このAIは自己対戦を通じて継続的に学習し、ゲーム戦略における革新的なアプローチを生み出した。

科学の分野では、たとえば、DeepMindの「AlphaFold」は、たんぱく質の構造を予測する問題で人間の研究者を凌駕する結果を出し、科学界に大きな影響を与えた。このように、AIはデータの解析、新しい仮説の生成、実験の設計といった分野で、人間の研究者を補完し、時には超える成果を出している。

今後、自己改善するAIの進化により、このような様々な複雑な分野においても、人間の専門家や従来のAIシステムよりも優れたパフォーマンスを示すようになってくることが予想される。

4. テクノロジー関連の新規株式公開(IPO)市場が活況を取り戻す

落ち込んでいたテクノロジー企業の株式公開市場(IPO)が活況を取り戻し、少なくとも1つのAIに特化した会社が上場するという予想である。

ここで例として挙げられているのは、Databricksというビッグデータ分析、AI、機械学習プラットフォームを提供する企業である。この企業は、ビッグデータエコシステムであるApache Sparkの開発者によって設立され、その後、統合データ処理とAIアプリケーション開発のためのプラットフォームとして業界内で広く認知されている。

テクノロジー企業のIPOは、COVID-19パンデミックの影響、経済の不確実性、市場の変動性などによって影響を受けた。それにもかかわらず、データ分析、クラウドコンピューティング、人工知能などのセクターは引き続き成長しており、特にAI分野は投資家から強い関心を集めている。

このような市場環境において、少なくとも1つの主要なAI企業のIPOは、市場が新しい成長段階に入ったことを示唆する重要なイベントとなる。Databricksのような企業が公開市場に参入することで、AI技術の商業化が進み、この分野でのイノベーションがさらに加速するだろう。

市場が「unthaw(雪解け)」する時期には、特に注目される企業や技術に関する評価が高まり、投資家の信頼が回復することで、より多くの企業がIPOを通じて資金を集める動きが活発化する。これは、テクノロジー分野における健全な成長と持続可能な投資のサイクルを示す好徴候である。

5. 生成AIのスケールアップ競争が加熱

大規模な生成AIモデルの開発およびスケールアップ、つまりAIモデルの計算能力やデータ処理能力を上げるための投資が加速し、単一の大規模モデルのトレーニングに10億ドル以上を費やす企業が現れると予測している。

このようにスケールアップされた大規模なモデルは、データのより深いパターンを学習することができ、これにより、特に、言語処理、画像認識、医療診断などの分野での予測と分析の精度を高めることができるだろう。

また、このような大規模モデルをもつ生成AIは、新しいコンテンツやアイディアを生み出し、より新しい製品やサービスの開発を加速させ、新しいビジネスモデルや産業の変革が促進される可能性がある。

ただ、このようなスケールアップ競争の加熱は、計算リソースの需要を加速させ、特にエネルギー消費や環境への影響に関する新たな議論を引き起こしている。

6. 独禁法の観点からMicrosoft/OpenAIの取引に調査が入る

Microsoftは、2019年にOpenAIとの独占的なパートナーシップを発表した。この取引には、OpenAIのクラウドコンピューティングニーズを支援するための10億ドルの投資と、Microsoft AzureをOpenAIの独占的クラウドプロバイダーとして使用することが含まれている。一方、OpenAIは、このパートナーシップを通じて、先進的なAIモデル(例えば、GPT-3やDALL-Eなど)の開発を加速させた。

米国連邦取引委員会(FTC)や英国競争市場庁(CMA)が、独占禁止法の観点から企業間の合併や買収を調査することは一般的で、市場における公正な競争を保持し、独占的な行動が消費者に損害を与えるのを防ぐために行われる。

これまでにFTCやCMAが行った調査には、GoogleのFitbit買収やFacebook(現Meta)によるInstagramとWhatsAppの買収などがあるが、AI技術における影響度を考えると、MicrosoftとOpenAIのパートナーシップに調査が入る可能性は十分にあると考えられる。

7. グローバルなAIガバナンスの進展は限定的

高いレベルの自発的なコミットメントを超えて、グローバルなAIガバナンスの進展は限定的にとどまるという予測である。これは、国際社会がAI技術の急速な発展に対して統一された規制や管理フレームワークを確立することに苦労している現状を反映している。

これには、個々の国や地域の政策、国際機関による取り組み、そして産業界の自主的な努力が含まれるが、AIの影響は国境を越えるものであるため、国際協調が必要で、異なる国の利害関係や規制アプローチの相違が調和を取ることを困難にしている。

また、AI技術は急激に進化しており、新たな発見や技術の応用がどんどん出てくるため、規制がそのペースに追いつくのは難しいというのが実情である。さらに、AIの応用は多岐にわたるため、一つの規制が全ての分野で効果的であるとは限らない。また、AIが社会に与える影響は予測が難しいという側面もあり、規制作りをさらに複雑にしている。

EUでは、AI法案も提案されており、AIのリスクベースの規制枠組みを提供することを目指しているが、各分野で大きな議論を呼んでおり、最終的な合意に達するまでには、かなりの時間を要すると考えられる。しかし、世界に先駆けた、この取り組みは、世界的にAIに関する規制を作成する上での事例として大きな役割を持つだろう。

また、先日、イギリスにおいて、AIに関する世界中の著名人や企業を集めた、AI Safety Summitが開催され、様々なディスカッションが行われた。こうした取り組みは、グローバルなAIガバナンスを推し進める上で非常に重要な役割を果たすであろう。

8. 金融機関によるGPU債務ファンドの立ち上げ

金融機関が、AIの計算リソースの資金のためのGPU(グラフィック処理ユニット)債務ファンドを立ち上げるという予測である。これは、AIと機械学習の分野での計算資源への投資ニーズが高まる中での新しい資金調達の動向を指している。

この動きは、ベンチャーキャピタル(VC)が提供するエクイティ資金(株式による投資)を補完または置き換える形で、AIプロジェクトやスタートアップが必要とする計算能力の資金提供を行うことを目的としている。

AIや深層学習のモデルをトレーニングするためには、大量の計算パワーが必要で、これらの計算タスクには特に、高性能なGPUが用いられる。研究機関やAIスタートアップは、新しいAIモデルを開発するための膨大な計算リソースを必要とする。これには数百万ドルに上る投資が必要で、GPUのリースや購入が含まれる。

GPU債務ファンドは、こうした企業が資金を調達しやすくすることを目的としている。特に計算集約型のビジネスモデルを持つAIスタートアップにとって、エクイティ資金を減らし、代わりに債務ファンドを使うことは、会社の所有権を減少させずに事業を拡大する手段となる。

このようなファンドの提供は、VCが取るリスクの種類と規模を変化させることができる。VCは通常、事業の成功に伴う大きなリターンを求めて高リスク投資を行うが、GPU債務ファンドは計算リソースの必要性に基づいてより直接的で計画的な投資を行うことができる。これにより、AI分野の企業は新たな資金源を得ることができ、イノベーションの加速に寄与することが期待される。

9. AIが生成した曲が、ビルボード トップ10にランクイン

AIによって生成された楽曲が、ビルボード・ホット100のトップ10、またはSpotifyのトップヒット2024にランクインするという予測である。

AIによって生成された音楽が商業的な成功を収めることは、AIのクリエイティブなポテンシャルと音楽産業の未来におけるその役割の重要な兆しとなる。この予測は、AIが作曲やプロデュースにおいて重要な地位を占めるようになるという期待を示している。

現状、AI音楽生成技術は、楽曲のメロディ、ハーモニー、リズム、さらには歌詞までを作り出すことができる。これらのシステムは、機械学習のアルゴリズムを用いて大量の音楽データから学び、独自の楽曲を生成することが可能だ。AIによる音楽作成は、まだ完全には主流になっていないが、徐々に事例が出てきており、飛躍する兆しは見えている。

たとえば、YouTuberでありアーティストのTaryn Southernは、彼女のアルバム「I AM AI」を作るために、AIを使用している。このアルバムはAIをメインの作曲ツールとして使用した最初のアルバムの一つで、SouthernはAIが生成した音楽に歌詞をつけて歌っている。

AI生成音楽がビルボードやSpotifyのチャートで上位にランクインすることは、AIがただのツールではなく、クリエイティブなパートナーとして音楽産業におけるその立場を確立することを意味する。将来的には、AIが作った曲が大ヒットし、その結果として音楽チャートのトップに食い込む日が来るかもしれない。これは、AIの影響がテクノロジーの領域を超えて、文化の領域にも及ぶことを示す重要なマイルストーンになるだろう。

10. AI企業が、推論に特化したAIチップ会社を買収

推論作業負荷とコストが大幅に増加する中、OpenAIなどの大規模なAI企業が、推論に特化したAIチップ会社を買収するという予測である。

AI技術の進化と共に、AIモデルの「推論」の作業負荷が増大している。ここで、推論とは、トレーニング済みのAIモデルが、新しいインプットに対して、予測や分析をおこなうプロセスである。たとえば、スマートフォンの音声アシスタントから自動運転車のセンサー解析まで、幅広いアプリケーションで必要とされている。

推論作業負荷の増加は、効率的な計算ハードウェアの重要性を高めており、このニーズに応えるためには、特化したAIチップが必要になってきている。

たとえば、現在莫大な計算コストがかかっているとされるOpenAIが推論に特化したAIチップ企業を買収することで、大幅なコスト削減が期待でき、自社ニーズにマッチしたチップを開発することで、パフォーマンスの向上が期待できる。

実際に、Tesla、Apple、Googleなどの企業は、独自のAIチップを開発し、推論タスクに使用している。これらの企業は、推論チップの開発や買収を通じて、自社サービスの提供を改善し、AI技術の進化に伴うニーズに対応している。つまり、OpenAIのような企業が推論専用のAIチップ企業を買収する可能性は十分にあるということである。

まとめ

今回の記事では、AIに特化したVC「Air Street Capital」が発行したAIの現状をまとめた、2023年版「State of AI」について、特に経営者や生成AIのサービス・事業づくりに取り組んでいる方々にとって興味深いであろうスライドについてピックアップし、解説した。

本記事の内容がみなさんの生成AIへの取り組みの参考になれば幸いだ。

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