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佐藤満春著『スターにはなれませんでしたが』

いま売り切れ続出のエッセイがあることをご存じだろうか。
タイトルは『スターにはなれませんでしたが』。放送作家である佐藤満春が書いた初エッセイ本だ。

イチ放送作家でありながら、お笑い芸人としての顔も持つ佐藤はいわば異色の存在。
オードリーの親友といったポジションからじわりじわりと知名度を広げ、今やトイレ掃除の専門家としてもメディア出演を果たしている。



7歳で人生を諦めた男

ここからは著者の半生を語りたいと思う。
1978年に一般家庭で生まれた佐藤。ちなみに出生地は東京都町田市で、生まれてこの方同市に住み続け、現在では所帯も持っている。

小さい頃から楽しいことがなくモヤモヤしていたようだった佐藤。幼少期の頃は周囲よりも自分はデキると勘違いし自信に溢れているけども、成長するにつれ上には上がいることを思い知る……というのがよくあるパターンではあるが、佐藤の場合は7歳にして人生を諦めたというのだから驚きだ。

(友人に誘われサッカーチームに入るものの)全く上達せず、後から入ってきたチームメイトたちに、どんどんレギュラーを奪われていきます。こうして僕は、小学1年生にして「人には向いてることと向いてないことがありそうだ」と感じるようになりました。ここで得たこの感覚は、今後の人生(仕事)においても役立つ原体験となりました。

佐藤満春『スターにはなれませんでしたが』KADOKAWA(2023年) 44ページ

しかし、そんな佐藤にも、放送作家を志す体験をまさにこの頃に経験している。
学芸会で桃太郎を演じることになった時、先生の提案で脚本を書くことになった佐藤は桃太郎のオリジナルストーリーに着手。「鬼退治にやってきた桃太郎側もそうだけど、攻められた鬼側も結構大変だったんだよ」といった話を書き、佐藤の創作物の原点がここで生まれることとなった。

ラジオに夢中になった青春時代

中学に上がった佐藤はまもなくシンパシーを感じる友人ができ、その友人の紹介でラジオ番組の存在を知ることになる。
初めて聴いたラジオ番組が「伊集院光のOh!デカナイト」。伊集院ならではの笑いのセンスをラジオ越しに浴びる日々。そんな佐藤にとってラジオとの出会いは衝撃的だったようで、こう回顧している。

幼少期から人生に絶望し、自分の感覚が常に間違っているように感じ、学校でも家庭でも居場所がなかったきつい日々の中で出会えたラジオは、本当に救いでした。
(中略)ラジオを聴いている時間だけが本当に楽しかった。将来の夢を描くほど長期的に自分の人生は考えられないけど、とりあえず今夜、ラジオを聴くまでは頑張ろう。それだけのために生きてましたし、今もそうです。

佐藤満春『スターにはなれませんでしたが』KADOKAWA(2023年) 50~52ページ

「生きる希望」とまで形容したラジオとの出会いは、佐藤をラジオ漬けともいえる中学生活にさせたほどだった。しかし、この出会いによって没頭できるものを見つけた彼は、彼自身をのちのちお笑い芸人兼放送作家という異色の経歴を持つ人物にさせるのである。

消去法でお笑い芸人に

ラジオ漬けの中学生活を経て高校に進学すると、ラジオに関わる仕事を具体的に標榜するようになる。まもなくして、ラジオ番組に出演しているのはお笑い芸人が多いと知り、今度はお笑いの世界にどっぷりハマるようになった。

そのうち「実際にネタを書いてみたい」と考えるようになり、高校2年の時に迎えた文化祭で漫才コンビを組み初披露。相方になった友人に「時間がかかって大変だったよ」と言いながら台本を渡すほど芸人への憧れを強くしていった。

大学に進学後は、ほかにやりたいこともないという理由で芸人になる選択を取った佐藤。「消去法で芸人になったのは僕くらいなもの」と自負するように、ほかの芸人のそれとは一線を画す理由でその道を突き進むこととなった。

サトミツの“これから”

ここから先の、岸学と出会い2人が組むこととなる“どきどきキャンプ”結成秘話や、売れない時期の苦悩、同じ事務所の盟友であるオードリーとの出会い、放送作家兼お笑い芸人という二足の草鞋を履いて活動することになったきっかけから現在19本の番組を掛け持つ売れっ子作家になるまでの道のりについては、ぜひ実際に手に取ってその足跡を感じてほしい。

それと、このエッセイを堪能できるのは佐藤の人生だけではない。
オードリーの2人、山里亮太、松田好花、DJ松永といった錚々たるメンバーや、佐藤が構成作家を務める番組で演出を担当している舟橋政宏(テレビ朝日)と、佐藤が放送作家として売れるきっかけを作った安島隆(日本テレビ)との対談も収録されている。まさにお笑いファン必見の対談だ。
 
テレビで活躍するスターとたびたび共演し、どうやらその場所では花を咲かすことが難しいと悟った佐藤。多くの人間が群がる山ではなく、自分しか登っていない山でてっぺんを取ることが芸能界における佐藤の生存戦略だと思えば、それはかなりの策略家だ。

自信がなく、無個性と揶揄されても、人との縁を大切にし自身の適性がある方向へ舵を切る。そして、そこでやりたいことや好きなことをこれでもか!というくらい追求する。その姿勢は、それぞれの日常で奮闘する我々にとっても道標となるような生き方そのもの。努力を惜しまずに、多くの苦労をしながらも歩んできた佐藤の今後がますます楽しみになった1冊だ。


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