見出し画像

新しい刃物のブランド「癶(HATSU)」

昨年8月から福井県に度々訪れ、あるプロジェクトに参加していました。
そのプロジェクトは「F-TRAD」という名前で、福井県の事業かつ福井で活動するデザインスタジオTSUGIがディレクションを行い、福井県内の伝統工芸を現在のライフスタイルに転換することを目的とし、伝統工芸の現場や職人と県外のデザイナーをマッチングし商品開発を行うという内容でした。

F-TRAD

詳細はF-TRADのサイトをご覧ください。

今日はそのことについて少し書いていきたいと思います。

TSUGI新山さんとの出会い

まずTSUGIのことは数年前から知っていて、高校の後輩で徳島の建築家の高橋利明さんからも時々その話も伺っていて、「すごい事務所があるもんや」と思っていました。それこそ今ではだいぶ当たり前に言われてきているデザイン経営という言葉がありますが、経営の近くにデザイナーを置き、デザインだけではなく経営課題そのものをクリアしていくという従来のコンサルティングとはまた違う流れが現在ありますが、それをかなり前から実施していたという認識です。
彼らの拠点は福井県鯖江市。福井には眼鏡をはじめとするたくさんの製造現場があり、商品開発だけでなくブランディング、また販路開拓までを前面的にサポートするというすごいスタジオです。

おそらく2021年くらいでしょうか。僕らがデザインした消毒液スタンド「SUBMARINE」を彼らの運営するお店用に買ってくれたのが最初のコンタクトだったと思います。その時はスタッフと一緒に「え?TSUGIさんが買ってくれたの?」とスタジオ内がザワザワしました。まだ面識はなかったですがこちらが一方的に知っている中でのつながりでした。

TSUGIが運営するお店SAVA STOREにある消毒液スタンドSUBMARINE Photo by KAIRI EGUCHI

そうした時にある日一通のメールが来ました。「F-TRADというプログラムがあって宜しければ参加しませんか?」という内容でした。普段工業製品ばかりをデザインしている自分にとっては工芸品との協業はやってみたいという想い以上に、自分のスキルをどこまでそうした場で活かせるかという興味が勝っており、参加する意向を伝えました。

ちょうど今年の夏に、僕のメンターでもあり、作家で批評家、アキッレカスティリオーニ自由の探求としてのデザインの著者の多木陽介さんが長崎県雲仙市小浜で講演されるということで数年ぶりの再会のためにも小浜にスタッフと向かいました。そのころにTSUGIの代表である新山直広さんと東吉野でオフィスキャンプを運営している坂本大祐さんが出版された「おもしろい地域にはおもしろいデザイナーがいる」の本にゆかりのある場所をめぐってトークをするおもデザキャラバンとのドッキングイベントでした。ちゃんと新山さんとお会いするのはその日が初めてだったと思います。坂本さんとはずいぶん前に大阪府堺市にあるインテリアショップ藤谷商店でお会いしたのがたしか最初だったと思います。

おもしろい地域には、おもしろいデザイナーがいるという本 ※カバー外してます

高橋さん、新山さん、坂本さん、そして僕の共通点は大阪府出身であること。結構コテコテであることです。

伝統工芸士 戸谷さんとの出会い

F-TRADでは数名のデザイナーがまず招集されそれぞれに対してヒヤリングがあり、僕自身はどのテーマでも興味あったのですが過去に大阪で堺一文字光秀というブランドのデザイン伴走を数年やっていた経験から、刃物の知見は結構あるので貢献できると思います。ということだけをお伝えしました。

堺一文字光秀リブランディングプロジェクト Photo by KAIRI EGUCHI

そして僕は福井の伝統工芸士であり、SHARPNING FOURの代表でもある戸谷祐次さんをご紹介頂くことになりました。戸谷さんは三代目であり、二代目のお父さんから2020年に事業承継され、同時にタケフナイフビレッジの理事なども行う同世代の方でした。もともと電気工事のお仕事をされていたり、今の結構精力的に音楽(ベース)をされていたり、話すととても気さくな方で、最初のマッチングのミーティングですでにやりやすさを感じていました。

そもそも職人=堅いというイメージが日本にはありますが、多くの職人の方は40代以下になってきており、そうしたステレオタイプなイメージは徐々に無くなってきているというのも福井の色んな職人と知り合ってわかったことでした。その中でももしかすると取り分けオープンスタンスなのが戸谷さんなのかも知れません。

新山さんも「戸谷さんと江口さんはきっと合うだろう」という話をされていました。デザイン経営や事業は二人三脚で行うものなので相性というのはとても重要です。その中でベストマッチングだった気がしています。

ミーティングの様子 左:戸谷さん 右:江口

タケフナイフビレッジというところ

タケフナイフビレッジにある鎌の資料 Photo by KAIRI EGUCHI

福井県越前市武生(たけふ)には、タケフナイフビレッジという場所があります。武生に刃物の産業が根付いたのが約700年前。京都の刀匠「千代鶴国安」が水を求めてこの地にたどり着き、刀を作る傍ら農民のための鎌などを作っていったことが起源とされています。実際にナイフビレッジには鎌の資料や刃がどのように作られていくかのプロセスをたどった物も多く存在します。

武生は長い歴史の中で一大産地となった後、高度成長を迎え手作りの包丁はどんどん衰退していき苦境に立たされた中で、10人の職人がそれぞれ資金を持ち寄って作った協同組合がタケフナイフビレッジです。そしてそれを主導されたのはインダストリアルデザイナーの川崎和男さんです。僕らの世界で特に僕らの世代から上の人は知らない人はあまりいないくらい著名なデザイナーでアップルとデザインの仕事をした数少ない日本人の一人でもあります。今でもタケフナイフビレッジに行くと川崎さんのデザインされた商品も多数展示販売され、またインスタレーションやイスなども展示されています。高校生の時にはじめて読んだデザインの本は川崎和男さんの「プラトンのオルゴール」でした。

タケフナイフビレッジは職人が寄り合い仕事をする協同組合であり、またオープンファクトリーを通年で行う施設です。そしてそこで生産されたものを販売する機能も持っており、海外の方を中心に多くの包丁がここで生産され、販売されています。

タケフナイフビレッジ自体は以前から話には聞いていたのですが伺ったことがなかった(というより福井に来ることも二度目か三度目くらいだった)ので、そこで働く伝統工芸士と一緒に新しい開発をすることがとても楽しみでした。またオープンファクトリーという現代の主流となりつつある新しい手法により「生産をより身近に」することの重要性をタケフナイフビレッジまたは福井県内の様々な事業所では感じることができました。

戸谷さんの想い

戸谷さんの仕事風景 Photo by KAIRI EGUCHI

包丁には多くの製造プロセスが存在しますが、鍛冶が主に据えられることが多いです。戸谷さんはその後の工程である研ぎ師(刃を付けて切れるようにする)であり、日々時間を切り売りする仕事をされています。

その中で将来の不安も鑑みた時に同時に今回の話のオファーもあったそうで、将来のためにも自分のブランドを持っておきたい。という想いから参加を決意されました。理由は複数ありますが流通や収入に選択肢を持ちたい。という意思と、また将来的には後進が必要になるため今からその準備もしたいという意思があったものでした。

最初のミーティングでヒヤリングすると、主にパッケージの仕事というイメージでした。課題のほとんどがパッケージに関することだったのですがパッケージだけ行うのではなく、ブランドそのものから考えさせてほしいとお伝えし、共同で新しいブランドを考えていくという話になりました。

同時に売り場を見たときには、包丁自体に表面加工は様々なものが多く、積層やダマスカス鋼、また漆をふんだんに使った物など豪華絢爛な物が非常に多く感じられました。しかし柄の形状でいえば丸(楕円)、八角、栗(しのぎ)という伝統的な物がほとんどで、戸谷さんの主戦場であるタケフナイフビレッジでは新しいハンドルを考えることも重要だと僕は思い、丸と八角、そして新断面のハンドルを作りましょう。というプランをお伝えし了承を得ました。

僕の想い

10/7にRENEW期間中に行われたF-TRAD 中間発表の様子 Photo by ANZU FUJIHARA(KES)

戸谷さんは職人でありながら新しいブランドのオーナーになるということから、いきなり大きな事業を考えず、まずは基本の三徳包丁から始めましょうという話になりました。

戸谷さんにお聞きすると、越前打刃物というのは薄く作り軽くて切れ味がいいことが特徴とのことで、ブランドコンセプトの中には日常でも使いやすく、ご家庭で最初に持つ包丁でいたい。という想いも込めることにしました。そうした中で製品も豪華絢爛な物ではなく、素朴な佇まいでまるで鉛筆や竹の定規などすぐに手が慣れ親しむような物であるべきだというプロダクトのコンセプトも考えました。

それを持つ人が素敵に見えるような親しみすら纏えるような、何もない良さがそこに醸し出されるような。そんなニュアンスを感じ取ることができるブランドがいいなと思っていました。柴犬のように無垢で利口でそれでいて包丁の本質に迫っていくような冒険が未来にできるような。そんな拡がりを想いとして込めたかった。

癶(はつ)と名付けた経緯

初期のイメージスケッチ

ブランドやプロダクトのコンセプトがぼんやりと生まれた中で、物を作らずに僕は先に名前を考えることにしました。

・はじめて という意味を纏えるもの
・素朴なものにつけられる名前として相応しい物
・日本的な響きや意味であるが、いずれ海外でも通用するもの
・刃付けをする職人のブランドであることの隠喩であるもの

という具合に条件を先に設定し、その中でいくつかの言葉を考えていたとき、刃付けから「はつ」という言葉だけを抜き取り、どうにかできないかと長時間の朝風呂の中で考えたとき、「はつ」とiPhoneで変換していると偶然出会ったのが「癶」でした。

これはなんだ?と思い辞書で検索するとこれは「はつがしら」という部首であり、発や登など、これから準備し両足を揃えたときのわらじの形から変化してきた象形文字だそうです。

これは天啓だと思い、癶と書いてHATSUと読むブランドにすることに決めました。不思議なことに名前や意味が決まるとごちゃごちゃと波打っていた物語がすーっと凪いで澄んでいくことがあります。

癶(はつ)は、記号として一文字で表現できる。文章でもタイプできる。HATSUは海外の人でも読めるし覚えられる(長い日本語の名前を覚えるのは本当に難しいらしい)。意味も背筋がピンと伸びつつ、背伸びまではしない自然な様や無垢なさまが表現できている。

ユーザーにとっての新しい料理人生の始まりであり、戸谷さんの新しいブランドオーナーの始まりでもある。また越前打刃物の新しいスタンダードを職人とデザイナーが一緒に考えるブランドでもある。これまで高い山を登ってきた越前打刃物が、もう一度少しずつ山を登る出発点であるブランドに相応しいアイデアとなりました。※癶は商標申請済です

癶で計画したこと

3Dプリントで作成した汀のプロトタイプ

基本はV5というグレードの刃の三徳包丁でありますが、まずは柄を三種類作ることにしました。伝統的な丸と八角、そして新断面。将来的には減らしていく可能性もありますがユーザーとのコミュニケーションの中でそれを判断していければいいなと思い、まずは拡げることを最初のフェーズとしました。

同じく福井県には柄と繪という包丁のハンドルを様々生産している会社があり、戸谷さんと一緒にお伺いさせていただいて丸と八角、そして新断面についてお話させていただきました。

新断面に関しては、アイデアがいくつかある中であるものに絞りお話をさせていただいた時、過去に近いことをしたことがあるということでその形状をベースに新しい断面の形をまず僕の方で3Dプリントを用いていくつかのサイズや角の丸みをデザインさせていただき、そこから形状を進めて行っていただきました。

木種に関しては、色々サンプルを作ってもらいましたが、最終的には丸には欅(けやき)を採用しました。理由は木自体の素材感がとても美しく、奥行があるように感じたからです。丸という極めてシンプルな形状に対して奥ゆかしい感じが合っていました。

八角に対してはエンジュ(延寿)という縁起のいい木をベースに、拭き漆で少しリッチな雰囲気にしてもらいました。加工がしっかり入っているような物の風合いをここで見せれたらいいなと思ってこのようにしました。

そして新断面は当初は部分的に漆を塗ったものをプロトタイプしていただきましたが、あまり意味のない漆の使い方だったと反省しつつ、また同時に癶というブランドが装飾とは逆の方向に存在するため、最終的にはホウ(朴)で仕上げてもらうことにしました。その名の通り素朴な木で和包丁の柄では結構見たことがある人も多いように思います。

明るい木の色。そして軽い素材であることから、癶のコンセプトを表現するにはベストな気がしました。

柄と繪さんからお借りしたサンプルやプロトタイプなど Photo by KAIRI EGUCHI STUDIO

新ハンドル、名前は「汀(みぎわ)」

左から八角、汀、丸 Photo by TSUGI

新しい断面のハンドルの名前もずっと考えていましたが、丸や八角という言葉に並べたときに違和感がないこと、また形状の意味とその他の意味が交差することなどの条件から考えた名前が「汀(みぎわ)」という名前でした。

汀とは波打ち際という意味もあり、また丁とはひのと(火の弟)という語源もあり、水と火が共存せめぎ合っている様が刃物の製造工程と合っていること、そして包丁を数える単位も丁であること。

ハンドル自体はおにぎりを逆にしたような角の取れた逆三角形であり、丸や八角という上下左右対称に対して、汀は上下には非対称の形状を持っています。丸や八角は和包丁の考え方で「(柄に対して)手が合わせる」に対して、汀は洋包丁の考え方に近く「手に合わせる(ように柄を作る)」という、ふたつの異なる面(背と腹)を持っているので、どちらかというと洋包丁に極めて近い存在のデザインです。

近年人気の包丁は、刃が洋包丁(両刃)、ハンドルは和の様式を持っているものであり、今回の癶のラインナップも基本的には「和三徳」と呼ばれる洋包丁の刃に和のハンドルを付けたものですが、その三本の中でも汀は特に洋包丁らしい握り心地になっており、ブランドのコンセプトをここでも体現できると思い、あえて柄はホウでシンプルなデザインを目指しました。

パッケージについて

パッケージのプロトタイプ

パッケージもかなり悩んだ挙句、癶というコンセプトに最もふさわしいものはなんだろう。と考えたとき、癶とは無垢で素朴で本質的である。というブランドコンセプトから加飾の無い真っ白な箱で外箱も内箱もデザインしました。

癶のシンボルマークのみをエンボスで表現し印刷は無し。中の包丁が主役であるために中に入れるカードや取扱説明書も白い紙に黒の文字で書かれているだけというデザインを徹底しました。そのおかげで箱に収まった時の柄や刃の美しさがまた本質的であるということに迫るものだったと思います。

シンボルマークに関して

中間発表の資料より

例えば展示会に出ることが将来あった場合に、また癶がギフトを行ったり、どこかでポップアップを行ったりした際に、包装紙やショッパー、ブースやウェブサイトのデザインなどに多々活用できるように、癶を記号化し単体でも使え、またテクスチャーパターンとしても使えるようなものとしてデザイン。和にも洋にも見えるような汀のようなブランドの位置を表現するかのようなテクスチャーは、今後様々なシーンで活用していこうと考えています。

癶の将来の計画も検討しました

「朝だよ!ハピネスふくい」収録中の揚原アナ(FBC)、戸谷さん、江口、はぴりゅう

ブランドがリリースされただけではそこで終わってしまいます。継続的に、また段階的な拡大を続けるためにもデザインの提出と同時に今後のプランを三年分作成しました。ここに関しては詳細は割愛させていただき、新しいリリースを楽しみに待っていただけたらありがたいです。

癶はすでに販売されています。

F-TRAD販売サイト

こうして誕生した越前打刃物のニュースタンダードを目指すブランド「癶(※読み方はもう覚えましたね)」は現在F-TRADの特設サイトで販売しています。発送は二月中旬以降に順次発送することとなります。宜しければぜひお買い求め下さい。その他のデザイナーと伝統工芸の協業もどれもとても素晴らしいのでそちらもぜひ。

また僕の地元大阪でも実物を見れる機会を作りたいと思いますのでその時にはぜひお越し頂ければ幸いです。7000文字という長いnoteをお読みいただきありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?