成仏したくない
浦山春子は草むらの中で倒れていた。
腹の辺りから大量の血を流していた。
春子は日が暮れるまで友達とファミレスでテスト勉強をして、友達と駅前で別れて一人で歩いているところ、後ろから抱きつかれて大きい手で口を塞がれて、草むらの中に引きづりこまれた。
引きづりこまれると、男が荒い息遣いをしながら春子の制服を脱がそうとしてきた。
春子が抵抗すると、男はナイフで春子の腹を何回も刺してきた。
春子は腹をナイフで刺されるなか、意識を失ってしまった。
意識が戻ったとき、男はいなかった。
春子は胸を上下に動かして呼吸をした。
(助けを呼ばないと)
ブレザーのポケットの中にあるスマートフォンを取りたかったが、腕が動かない。
(私、ここで死んじゃうの? まだ……聞いていないのに、死ねないよ)
春子はゆっくり握り拳をつくった。
(アイツ絶対許さない。もし私が死んだら呪い殺してやる……)
春子の視界は徐々に暗くなっていき、春子の呼吸音は聴こえなくなった。
次に春子が目を覚ましたとき、空は明るかった。
腹から流れていた血は消えて、制服は襲われる前のきれいな状態だった。
(生きてる? あれ夢だったの?)
春子は急いで自宅に帰った。
そのとき、体がすごく軽く感じた。
自宅に帰ると、リビングには自分の遺影と骨壷があった。
その前で母が泣いていた。
(ドッキリじゃないよね?)
「お母さん」
春子は恐る恐る母の背中に向けて呼びかけたが、母親は後ろを振り向くことなく泣いていた。
(ホントに死んだんだ、私……。これからどうしよう)
その日から最初の1週間は家にいた。
しかし、いても母の悲しい姿を見ているだけで辛くなったので、次の週から学校に行ってみた。
そこでも誰も教室のいちばん後ろの窓際に春子がいることに、気づいてくれなかった。
もう聴いても役に立たない授業を聴いているのに飽きてきて、1週間後には学校に行かなくなった。
それから家に戻らず、町の繁華街を徘徊するようになり、春子が死んで1ヶ月が過ぎようとしていた。
(いつまでここにいるんだろう。死んだらすぐあの世に行くんじゃないの? ずっとここにいるのかな。別にあの世に行きたいって気持ちはないけど、このままここにいて良いのかな。なんかの漫画で出てきた、あの世からお迎えに来る人とかって来ないの?)
と春子は思いながら、アーケード商店街を歩いていた。
(今夜はどこに行こう)
行き先の候補を頭の中で挙げていると、目の前に大きな黒い影がいるのに気づいた。
その影は人の形をしていなかった。
目と思われる赤い光が2つ、ジッと春子を見ていた。
春子は怖くなり、その場に立ち止まった。周りの人たちはこの影に気づいていなかった。
(何あれ? もしかしてあの世からお迎えに来た人……みたいなもの?)
「見つけた」
黒い影が低い声で言った。
それを聴いた春子はどこかで聴いたことがある声だ、と恐怖を感じた。
「よくも俺を呪い殺しやがって。許さねえ。もう一度、殺してやる!」
と言うと、黒い影が勢い良く春子に迫ってきた。
春子は迫って来る黒い影を見て、回れ右をして走り出した。
春子は走りながら後ろを見ると、黒い影は追ってきた。
(私が呪い殺した? 昔、雑誌にあった嫌いな人を不幸に遭わせるおまじないはやったことあったけど、効果なかったよ)
春子は死んでからできることを知った浮く能力を使って、アーケードの天井まで浮いた。
(ここまで追ってこないでしょ?)
と思ったら影が黒い腕を伸ばして、春子の脚を掴もうとした。
(アイツ腕伸ばせるの? このままだと捕まっちゃう。これで)
と春子が目を閉じると、春子の姿は消えた。
黒い影の手は空を掴むばかりだった。
黒い影は怒りでからだを振るわせて、アーケードの天井を叩いた。
カンカンと鉄を叩く音が鳴り響き、商店街を歩く人たちは天井を見上げた。
春子は黒い影の背後に現れた。
(今のうちに)
春子は再び姿を消して、その場を後にした。
春子はアーケード商店街から離れたところにある公園のベンチに座っていた。
浮く能力と姿を消す能力を両方使ったからなのか、疲れた顔をしていた。
(あの影の声、どこかで聴いたことがあるけど……あっ!)
春子は思い出した。
あの夜、春子が死ぬ場所になった草むらの中で、
「おい暴れんな。殺すぞ!」
と耳元で低い声で脅されたことを。
(そうよ、アイツだ! でもなんであんな姿? 私、人間じゃないやつに殺されたの? いや普通に人の姿をしていたよ。呪い殺しやがってって何?)
春子は頭を抱えた。
(こんなとき友達や家族に助けを求めることができたのに、幽霊じゃ何もできない。どうしたら良いの?)
「浦山?」
春子は顔を上げた。
目の前に、春子が通っていた高校の制服を着た男の子が立っていた。
「き、清瀬くん!」
春子の声は自然と上擦った。
清瀬は春子と同じクラスの子だ。
あまり目立たないが、何度か話したことがあった。
(なんで私、緊張しているの? ただの同じクラスの子でしょ?)
とドキドキする胸を手で抑えた。
「清瀬くん、私のことみえるの? お母さんや友達、色んな人たちに全然気づいてくれなかったよ」
「実は俺、みえるんだよ。幽霊が」
「そうなの。霊感があるってこと?」
「死んだばあちゃんが降霊術していたんだけど、もしかしたらそれと関係して俺もみえるみたいな」
「すごい、初めて知った。4月の自己紹介のとき、言わなかったよね」
「そんなことみんなに言ったら、気味悪がって距離おかれるから言わないようにしていただけ。もしかしてだけど、数週間前に学校に来てた? なんとなく気配感じてたけど」
「実は1週間だけ、学校に来てた」
「そうなんだ。というか、どうしたの? 怖い顔して」
と清瀬は春子の顔を見た。
春子は恥ずかしくなり、清瀬の目から逃れるように顔を俯かせた。
「ちょっと変なやつに追われていて……」
「変なやつ?」
「うん。なんか黒い影みたいなやつが目の前に現れて、俺を呪い殺しやがって、許さねえ。殺してやるって追いかけられて、今逃げきったところ」
「何それ。死ぬ前に何かした覚えとかないの?」
「全然! でも、声が私を殺した人の声に似ていたんだよね」
「声?」
「曖昧だから、もしかしたら気のせいだったかも」
「それ浦山を殺した犯人じゃない?」
「犯人? なんで?」
「浦山、死ぬとき犯人に対して呪い殺してやる、とか言った?」
「言わなかったけど、そう思いながら死んだよ」
「昔、ばあちゃんが言ってたんだけど、誰かを恨んだり妬んだりすると、その人に災いを与えることができるって聞いたことがある」
「思っただけで、人って死ぬの?」
「思いの強さによるけど、殺されたことによる恨みならありえるんじゃないかな」
「死ぬ直前に思っただけで、こんな目に遭うなんて最悪。今すぐ、そんなやつがいないあの世に行きたい」
「そういえば、どうしてここに残っているの? 死んで1ヶ月経つよな?」
「わかんないよ。死んだら勝手にあの世に行くと思ったら、起きたとき死んだ場所にいて。待ってれば誰かが迎えに来てくれるのかなと思ったら、全然来る気配がないの」
「これも、ばあちゃんが言っていたんけど、この世に留まる幽霊って、この世に思い残していることがあって、それを無くさない限りあの世に行けないって」
「そうなの」
「浦山はこの世に思い残していることってある?」
「……思いつかない」
「なければすぐにあの世に行けると思うけどなあ」
「じゃあ、清瀬くんが何か術とか儀式とかで、私を無理矢理あの世に送ってよ」
「いやできないよ。俺はただ霊がみえるだけだから」
「えー」
と春子が落ち込んでいると、背中がゾクっとした。
清瀬も何かを感じて、周りを見た。
「なあ、浦山が言ってた黒い影ってあれ?」
と清瀬が浦山の後ろを指さした。
春子は後ろを見ると黒い影、春子を殺した男が立っていた。
「見つけた。殺してやる!」
と走って向かってきた。
「逃げるぞ」
清瀬は春子の手を掴んで、走り出した。
春子は自分の手を清瀬の手が握っているのを見て、ドキドキと体温が上がるのを感じた。
「清瀬くん、どうするの?」
「とりあえず逃げるしかないだろ」
「ずっと逃げ続けるなんて、もうやだよ!」
「こんなとき、ばあちゃんどうしてたっけ……」
清瀬は周りを見て、何かを見つけた。
清瀬は春子を見て、
「あそこにある神社まで走るぞ」
と遠くにある朱色の鳥居を指さした。
「うん!」
2人は鳥居がある方へ走った。
神社の前まで来て、清瀬は鳥居を通った。
春子も続いて通ろうとしたとき、
バチッ!
繋いでいた春子の手と清瀬の手の間に静電気が走り、離れてしまった。
2人はそのまま地面に尻餅をついた。
「浦山、早く!」
「うん」
と春子はもう一度鳥居を通ろうとするが、透明な板でも入っているのか、通ることができなかった。
「なんで?」
「まさか、幽霊って神社の中に入れないのか?」
「そんな! 私、超善良な幽霊ですよ。神様、私を神社に入れてください!!」
「……ちょっとそこで待ってて」
と清瀬は走って奥の方へ消えてしまった。
「え、置いてかないでよ!」
と春子が叫んでいると、
「待てぇ!!」
春子は後ろを振り向くと、黒い影が迫ってきていた。
春子は宙に浮こうと体に力を入れるが、さっきのアーケード商店街で能力を使い切ってしまったのか、浮くことができなかった。
姿を消して隠れようと目を閉じるができなかった。
(ああ、もうダメだ)
春子は目をギュッと閉じたとき、
バシャ!!
と水を掛ける音がした。
目を開くと、黒い影はびしょ濡れだった。
「間に合った」
と後ろから清瀬の声がして振り向くと、手酌を持った清瀬がいた。
「や、やめろぉ!!」
黒い影が大きな声をあげて、大きく動いた。そして、影から大量の白い煙が出て、そのまま消えてしまった。
春子はその様子を愕然と見ていた。
「何したの?」
清瀬は春子のそばに立ち、
「お参りする前に手清める水掛けてやった。良かった、間に合って」
と言い終わる前に、春子は清瀬に抱きついて、
「怖かったよお!!」
と泣き出した。
清瀬は驚いた顔で、涙目の春子を見た。
「浦山?」
「清瀬くん、どこか行っちゃうから怖かった!」
「……ごめん」
清瀬は手酌を持っていない手をどうしたら良いのか、頭の上まで挙げた。
春子は顔を上げて、清瀬を見た。
清瀬の顔が近くにあることに驚き、自分が清瀬に抱きついていることに気づいて、慌てて離れた。
「ごめん!」
「いやいいよ。浦山ってそういうところあるんだ。いつもツンとしているイメージがあったから」
「そう? というか、ツンとしているイメージって何?」
と春子は笑った。
「思い出したんだけど。これ死んだ浦山に言って意味があるかわからないけど」
「何?」
「浦山が死んだ日に、俺の下駄箱にラブレター入れたよな?」
「ラブレター……」
春子は思い出した。
あれは亡くなる日の放課後。
春子は誰もいない学校の昇降口で、清瀬の下駄箱にハートのシールで封をしたラブレターを入れていた。
そしてその夜、春子は殺された。
亡くなる直前に、
(まだ清瀬くんにラブレターの返事聞いていないのに、死ねないよ)
と思っていた。
春子は清瀬を見た。
清瀬も春子を見て、
「浦山、俺……」
「ごめん! 私、ちょっと急用が」
「え?」
「清瀬くん。助けてくれてありがとう!!」
と目を閉じて、姿を消した。
その場に残された清瀬は
「浦山?」
と消えた春子を探した。
数日後。
清瀬は教室で授業を聴いていた。
清瀬は後ろがすごく気になっていた。
(いるよな……)
清瀬はチラッと後ろを見た。
いちばん後ろの席の子の背後から春子がこっちを見ていた。
清瀬は前を向いて、
(まさかだけど、浦山の思い残しているのってラブレターの返事? これって返事を言うべきなのか? いや言わないと、ずっと後ろから見られ続けることになるよな……)
「清瀬、聞いてるか?」
「はい!」
清瀬は先生に声を掛けられて、勢いよく立ち上がった。
周りのクラスメイトがクスクス笑った。
春子はクラスメイトに笑われている清瀬を見ていた。
(もし清瀬くんの返事がごめんだったら、傷ついたままあの世に行きたくない。でも、向こうも好きだったら恋人っぽいことができないままあの世に行くのも、もっとやだなぁ)
清瀬は席に座るとき、後ろを見た。
そのとき、春子と清瀬は目が合った。
春子は顔を赤くして、その場でしゃがみ込んだ。
(成仏したくないよ)
と思った同時に、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
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