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もう上野にシャンシャンはいない

春だった。
駅まで歩くと春だったのだ。冬から春への移り変わりをどこで一番感じるかというと、駅までの道のりだ。
家から駅までは徒歩7分。汗ばむには十分な時間だった。

1週間くらい前、鶴ちゃんと遊ぶ約束をした。
鶴ちゃんは、同じ事務所の一緒にお酒を爆飲みしてくれるビーマイエンジェルである。
わたしは「遊ぶ約束」をほとんどしない。つまり、当日に誘って当日に遊びに行きたいタイプなのだ。
なぜかというと、「その日気分じゃなかったらどうしよう…」とか「前後の予定が気になる…」とか、前々から約束をすることに弊害を感じているのだ。
だが、今回は1週間前に約束をしてから今日の日までずっと楽しみだった。鶴ちゃんよ、約束をとりつけてくれてありがとう。

前日の晩、「どこ行く何するライン」をして、上野に初上陸することになった。
ここでのわたしたちのラインは「何する?」と形式上言っているが、「どこで飲む?」ということを指している。
「明日暖かいらしいよ」「外で明るい内から飲もう」「春やん」となり、我々は上野の、アメ横とやらに上陸することを決めたのだ。

当日は昼まで寝る予定だったので12時半に起きた。
溜まりに溜まった家事をやりたいことだけやり、久しぶりに買ったミニスカートを履いた。

わたしは男の子とのデートより、女の子とのデートの時の方が気合いが入ってしまう。
男の子とのデートで、「こいつ気合い入った格好してんな~」と思われるのがすこぶる恥ずかしいのだ。多分、そんな天邪鬼だからモテない。
女の子とのデートでは、フリルもリボンもギャザーもOKだ。ちなみに個人的に似合わない3大要素である。
逆に男の子とのデートでは、色々と考えあぐねた末にTシャツにGパンとかになってしまう。冬はトレーナーにGパンだ。トップスの分厚さが変わっただけである。どう頑張ってもカジュアル要素を取り入れてしまう。この世の男性は、デートの時わたしの服装がカジュアルであればあるほど熟思黙想したと考えて欲しい。

そんなこんなで今日はどれだけお洒落しても鶴ちゃんには「気合入ってる(笑)」と思われないのだ。そんな意地悪なことを思う男の子とデートした記憶は人生一度もないけども。

家から上野まで45分くらい電車に揺られた。
都会に引っ越してきてから、電車の中でゆっくり何かをすることがなくなった。なくなったというか、すぐ目的地に着いてしまうから、ゆっくり音楽を聴いたり、本を読んだりする時間がなくなった。
そのため、45分というのはなかなかのリラックスタイムだった。特に何をしたわけでもないのだけれど。
東京の東の方はなかなか行く機会がないけれど、渋谷や原宿に行く時とは違うワクワク感がある。

上野は未開の地で混んでいたけれど、信号の向こう側にいる鶴ちゃんのことをすぐ見つけられた。
人と雑踏の中で待ち合わせる時、友達だけやけにはっきり見える現象に名前をつけたい。

鶴ちゃんと合流してから、アメ横の街を練り歩いた。
人生二度目の上野、アメ横。なんでもシャンシャンは中国に帰ってしまったらしい。

ちゃんとアメ横を歩いたのは初めてだったのだが、「好きー!!」と思った。

初めてちゃんと歩いた初春のアメ横


この雑多とした感じ、ガード下に所狭しと並ぶお店の数々。煙を出しまくるお店の隣に、商品がむき出しになった洋服屋さんがあるところも、決して購買意欲がそそられるわけではないけれどなんだか良い。

ガード下にひしめき合うお店たち


居酒屋だらけの中にゲーセンとパチンコ屋がいきなり出没するところも、異国情緒のあるお店が急に出てくるところも上野らしくて良いな、なんて、上野ビギナーのくせに立派に生意気なことを思った。

突然の異国情緒
ガード下と鶴ちゃん

アメ横を何週かしたところで、なんだか気になる海鮮がメインとなるお店にたどり着いた。年のせいか、最近肉より海鮮の方がテンションが上がったりする。

新宿の末広通りも、浅草のホッピー通りも、わたしは半分外に飛び出している居酒屋が大好きだ。なんだか開放的な気分になる。夏なんて開放的になりすぎていつか全裸になってしまわないか心配だ。
この時期は寒くて全裸になる心配はいらないし、足を遠ざけてしまうが、お待ちかねの春が顔を出したという事で、半分、というか全開になっている外の店先に腰を下ろした。

わたしと鶴ちゃんは感情に乏しい。いや、細かく言うと乏しいわけではないけれど、二人ともキャッキャしていないのだ。
「最近はどうだ」「最近といえばだな…」と、定年間近のおじさんのような語り口調で会話が始まる。

定年には程遠い女子二人でボチボチ話したところで、お酒と食べ物がやってくる。

突然気合い入っちゃったミニスカート

このお店はなんと生牡蠣が200円。破格である。
牡蠣をビールで押し流し、海のミルクが血液のようにわたしの体内を巡るのを感じる。この美味しい生牡蠣は、私の身体の一部となって生きることになったのだ。
外で飲むお酒はなんでこうも特別な気分になるのだろうか。まるで大人のピクニックのような気分だ。

ベイビー鶴ちゃんと生牡蠣だよ

いくらキャッキャしていないと言えど、わたしは鶴ちゃんの可愛いところをたくさん知っている。
鶴ちゃんは酔うと甘えん坊のベイビーガールなのだ。いつもはしっかりしているお姉さんキャラなのに、とんでもねえ可愛いギャップである。酔うと同じ事を何千回と繰り返し、ピーチクバードになるわたしとは天と地の差である。
それに、いつもはお姉さんキャラの子が甘えてくれるのはなんだか嬉しい。

春というのはきまぐれで、「あったかい!」と思っても「やっぱ春やーめた」と、すぐ冬に帰って行ってしまうのだ。
この日も同様で、2.3杯飲んで、陽が沈んできたところで冬が「お待たせ!」と戻ってきた。あんたのことはお待ちでない。

寒すぎたので撤退して、2件目は室内ならどこでも良くて、上野じゃなくても良さそうな居酒屋に飛び込んだ。
ここでもローテーショントークを織りなし、かと思えば突然ツボにハマって呼吸ができなくなる我々特有のトークを繰り広げた。鶴ちゃんが笑ってくれるとなんだか嬉しい、と、片想いしているメンズのようなことをふと思った。

この時点でまだ18:30、飲み足りぬ我らは本日第二の街、新宿のへと向かった。

上野から新宿までの山手線もなんだか楽しくて、うちらのローテーションは、ローテーションでもハイテンションなのだ。
鶴ちゃんも同じことを思ってくれてると嬉しいなと、またここから始まる夜を楽しみに、新宿の細い月を見た。

おしまい

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