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自分に酔っていただけではない

勤め先の歯科医院に、性格も外見も真逆だが、なんかウマが合う子がいた。
わたし、身長167cm。彼女、147cm。身長差20cmの歯医者イチの凸凹コンビだ。
彼女とは歯医者のラストの締めを一緒にすることが多く、絶対に残業したくないから治療の内容をよく加味して予約をとったり、とにかく1秒でも早く帰りたくてオールフォーワンワンフォーオールの気持ちで二人仲良くやってきた。おかげでシメの早さは驚かれるほどピカイチであった。

そんな彼女が無限に推し続けてきた海外ドラマがあった。それが世にも有名な「ウォーキング・デッド」である。
ウォーキング・デッドといえば、海外ドラマをまったく知らない私でも知っている有名海外ドラマだ。24とプリズンブレイクと肩を並べている。いずれも見たことはないが。

本当の偏見なのだが、海外ドラマを見る人は、まず部屋がオシャレで、夜になるとホットワインを飲み間接照明をつけてプロジェクターで海外ドラマを見なければならないという謎のオキテがあると信じきっていた。家にワインも間接照明もプロジェクターもない私は、海外ドラマを見るにふさわしくない人間だと思っていた。そんな時、配信サイトでウォーキング・デッドが無料配信されていることを知り、歯医者の休憩時間、真昼のソファーの上、スマホでウォーキングデッドを見るというわたしの海外ドラマを見る時の心得から著しく反した行動をした。

~1時間後~

え、死ぬほど面白い。脳汁飛び出たわ。
死ぬほど面白いし、海外ドラマを面白いと思ってる自分、超イケてる。
早く誰かに「ウォーキング・デッド超おもろくね?」と言いたくて仕方ない。
そう、わたしはミーハーだ。「ちょっと一狩りしてくるわ」というセリフが言いたいがために、ゲームなんてまったくやったことがないのにモンハンを買おうとしていたミーハー女なのだ。
ウォーキング・デッドを面白いと感じた自分に酔いしれていた。

昼休憩が終わり、相方である同僚に「ネエ、サッキサ…ウォーキングデッドミタンダヨネ…」と、恐る恐る伝えた。まさに古参にはへりくだる新規である。さっきまでのドヤりたい気持ちは大気圏の中に消えたらしい。
もちろん同僚はそんなことを知る由もなく、「どうだった!?面白かったでしょ!?」と、ニコやかに返してくれたのだが。

そこからはウォーキング・デッド中心の毎日が始まった。
ウォーキング・デッドは、日本のドラマと違い、主要人物でもバッタバッタと死んでいく。
この人こんなとこで死ぬん!?」というところで情け容赦なく殺されていく。それが面白いと思った。
シーズンを重ねるたびに、作品中の登場人物は自分にとって家族のような存在になった。一緒にこのゾンビが蔓延る世界を生きている仲間のように思えるのだ。だが、思いもよらぬところで命を落とし、もう〇〇には会えないんだ…と数日引きずったりした。夜にウォーキング・デッドを見た日は、森の中でウォーカーに追いかけられる夢を何回も見て、どっぷりとこの世界にハマっていった。暗闇や森林を見ると、「ウォーカーがいるかも…」と、痛すぎる発言をしたりもした。
歯医者の受付では「今ここを見てるよ!」と、古参の同僚と、ここが受付という事も忘れて盛り上がったりもした。


そしてこういう人類滅亡系の物語は、初めはゾンビVS人間だったものの、しばらくするとどうしても、土地や物資の関係で、人間同士の争いになってきてしまう。それが心苦しくなり、視聴を妨げたりする。「これは、お前が始めた物語だろ!」と、私の中のエレンが叫んでいるのを聞いたが、聞こえぬフリをした。だって見るの辛いんだもん…。

ある時、シーズン1からずっと好きだったキャラが蹂躙されて絶命した。
その時の私は、家族が殺されたのと同じような気持ちを味わい、まるで「主要キャラであるこいつが死んだということは、ヤバい章の幕開けだぜ!」と言われているような気がして、絶望した。

そのシーンを見てから3年経った今、そこからわたしの物語は進んでいない。
話によると、ドラマは完結しているらしいが、私の物語は家族が殺されてしまったあの日からストップしてしまっている。
続きも気になっていることは間違いないが、どうもあの人がいないウォーキング・デッドを見る気が進まないのだ。

あの日の歯医者の休憩時間、確実に自分に酔っていた気持ちがあったけど、今は違う。長年この世界で共に生きてきた仲間が殺されてしまったのだ。
続きを見るのにも勇気がいる。だけど、他の仲間たちに背中を押されて、近い内に、仲間たちの行く末を見守ることになるんだろうと思う。

おしまい

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