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宇宙人と話した日

ぼくは、宇宙人とお話したことがある。
父さんにも、母さんにも、親友のけんにも、だれにも話していないことだ。

その日、ぼくは父さんと車でとなり町まで出かけていた。何か買い物があったわけではないけれど、父さんとはときどきそんなお出かけをする。母さんとはしない、男同士の特別なお出かけだとぼくは思っている。

大きなショッピングモールに行った。そこには、子ども服売り場もあるし、文ぼう具売り場もある。それから、UFOキャッチャーとかシューティングゲーム機とかが何種類もあるゲームセンターもある。

ぼくと父さんは、そういうところはたいてい素通りだ。文ぼう具コーナーはたまに見るけれど、ノートやえんぴつ、ボールペンの芯など、ふだん使っているものが無くなった時だけである。

じゃあ、何をしにショッピングセンターに入るのか?
きっと不思議に思う人がいるだろう。それは、その場所の空気を感じるためなのだ。ぼくはそう思っている。父さんは何も言わないけれど。そうに違いない。だって、ほとんど何も買わずに駐車場に戻るのだから。

それから、ぼくたちは、近くにあるカフェや喫茶店に入って、のんびりと過ごす。それがぼくと父さんのお決まり。

それぞれ飲み物だけ頼む。父さんは「何でも好きなものを頼んでいいよ」と言うけれど、父さんはコーヒーだけだから、大人の男はコーヒーだけがかっこいいものなんだ。だから、ぼくもオレンジジュースや温かいミルクを頼むようにしている。たまに、ケーキを追加することもあるけれど、2回に1回くらいだ。ぼくは立派な大人になるんだ。

だからその日もぼくはオレンジジュースだけ頼んだ。お店の人が注文を聞いて立ち去ったその時、父さんの携帯電話が鳴り父さんは電話に出ながらぼくに目配せをして席を立った。

その時だった。あの、不思議なできごとが起きたのは。

ぼくは、テーブルに貼ってあるシールを見つけた。それは最近ではよく見るもので、マスクのマークが描いてあった。そして、他の人から2メートルはなれてというようなことが書いてある。何気なく見たそのシール、「あ。宇宙人みたいだ」と思ったんだ。あのゴムの部分がうさぎの耳のようでいてちょっと短い感じ。そして口をおおう部分は顔。そんなふうに考えていた。

すると、

そのうさぎの耳にして短い耳をもった生き物が、そのシールからちょっとずつ浮かびあがって来たんだ。

ぼくはそのようすをじっと見ていた。じっと見つめて、そのあと何が起きるのか考えていた。すると、耳と顔がほんのり浮かび上がって、ぷくぷくしたシールに見えるくらいになった時、それはぼくに話しかけてきた。

それはまるで、ぼくはテーブルと話しているようだったんじゃないかと思う。でも、それは違う。不思議な生き物と話していたんだから。「きみは人間だね。でも小さい人間だ。大人は近くにいる?」と、聞かれた。

「ぼくは子どもだ。だから小さい。父さんは大人だけれど、今はお店の外だよ」とぼくはその生き物に答えた。そうしたら「子どもか。よかった。大人よりずっといい」と言った。なぜか聞いてみたら「大人はすぐに調べたがる。調べるためにぼくらを捕まえて閉じ込める。本当は知っているはずなのに『理由』や『証拠』を集めたがる」とその生き物は言った。

「ぼくの父さんはそういう人じゃない」と伝えると、その生き物はいくぶん安心したようだった。それでも「ぼくはこの星の生き物じゃない。見つかるわけにはいかない」と言って、その姿を全部は見せてくれない。

大人になっていないぼくは、ただ知りたかった。僕の目の前に現れた不思議な生き物がなにをたべて、どこで、どんなふうに生きているのか。そして、どんな姿をしているのか。彼に聞いてみると、「食べ物…エネルギーのことだな。ぼくらは太陽の光をエネルギーにしている。ほかにも、土星の美味しいガスや、木星の石、いろんなものがある」そう言った。そしてこうつけたした「宇宙で君らと何ら変わりない生活をしているが、我々の姿はこのシールにとっても似ている」とさらりと答えた。

それ以来、ぼくはあのマスクのシールを見ると、「宇宙人さん?」とこっそり話しかけてしまう。もちろん、だれにも内緒の約束は守ってひそひそ声だ。でも、あの日以来、返事が返って来たことは一度もない。

ぼくは次はいつ宇宙人さんに会えるか楽しみでしかたない。最近では、顔に見えるものには「もしかして宇宙人さん?」と声をかけてみるほどだ。世界には実はたくさん宇宙人さんたちがひそんでいる気がしている。


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