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いのちの削ぎ落とし

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短編、掌編小説など。
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2019年11月の記事一覧

小説「わたしのともだち」6(全6話)

小説「わたしのともだち」6(全6話)

 体育館が騒がしくなっているのに気づき、由紀は顔を上げた。
 いつの間にか友香里の他に女の子たちが五人、集まってきていた。由紀とおなじように車いすに乗っている女の子もいた。ベリーショートの髪型がよく似合っている。背もたれは赤いチェック柄で、両側のサイドガードにはコカ・コーラやペプシ、ルート66、ニューヨーク・ヤンキース、ロサンゼルス・レイカーズなどのステッカーがたくさん貼られていた。
 友香里たち

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小説「わたしのともだち」5(全6話)

小説「わたしのともだち」5(全6話)

 一年前、千鶴の姉に長女が誕生した。
 早く子どもが欲しいと、結婚当初から願っていた姉夫婦にとっては待望の第一子、千鶴の両親にとっても待ちかねた初孫だった。
 千鶴がその子にはじめて会ったのは、生まれてから三日目のことだった。仕事が忙しく、平日は会いに行けなかったのだ。土曜の休日、可愛いぞお、とにやける父の車に乗って会いに出かけた。母と叔母は千鶴たちよりも先に病院に向かっていた。
 病室のドアを開

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小説「わたしのともだち」4(全6話)

小説「わたしのともだち」4(全6話)

 千鶴と友香里は、幼馴染だ。
 元々母親同士が中学からの親友で、結婚したのもほぼ同時期だったという。家もどうせならと、近所になるように求めたらしい。
 友香里はその家の長女として誕生した。千鶴が五歳の時だった。
 千鶴のきょうだいは二歳年上の姉だけだったので、妹ができたみたいですごく嬉しかった。幼稚園から帰るとすぐ友香里の家に遊びに行き、友香里と遊ぶのが習慣になった。友香里の母親も、お姉ちゃんがき

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小説「わたしのともだち」3(全6話)

小説「わたしのともだち」3(全6話)

「ねえ、由紀ちゃん」
 弾むボールの音に紛れ、千鶴が言った。
「ん?」
「変なこと、訊いていい?」
「なに?」
「友香里ちゃんみたいな人って、これから良くなったりとか、しないのかな? もうずっと、あのまま、なのかな? 少しずつでも治ったりしたりとか、ないのかな?」
 ひと言ひと言を区切るように、千鶴は由紀に問いかけてきた。
 予想もしなかった質問に、由紀は眉をひそめて千鶴を振り返った。切羽詰まった

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小説「わたしのともだち」2(全6話)

小説「わたしのともだち」2(全6話)

 出入り口付近に据えられたテレビの前で、数人が二時間サスペンスの再放送を観ていた。性別も年齢もばらばらだ。電動車いすに乗った初老の男性がテレビの真ん前に陣取っていたが、ほぼ居眠り状態だった。
 千鶴がそっと出入り口に歩み寄りかけた時、彼女に気づいた女の子が椅子から立ち上がり、こちらに近づいてきた。まわりの人の視線が一斉に集まった。
「千鶴ちゃあん」
 女の子は食堂から飛び出してくると、はなやいだ笑

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小説「わたしのともだち」1(全6話)

小説「わたしのともだち」1(全6話)

「ああ、そうだ。こんな山だっけなあ」
 その施設の敷地に車を入れ、こんもりとしたその山が目に飛び込んできた時、由紀は思わず声を上げた。
 駐車場に車を停め、助手席の後ろ側に積み込んでいた車いすを降ろす途中も、その山を眺めた。木々のみずみずしい若葉色の中に、山桜の淡い薄紅色がところどころに彩りを添えている。ぴー、という鳥の鳴き声も響いている。
 由紀は運転席から車いすに乗り移ると、すうっと息を吸い込

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