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【小説】いつか扉が閉まる時(1)
あらすじ
高校の司書の先生が突然亡くなった。先生と親しかった図書委員の私はショックを受ける。ある日、先生が書いた日誌を偶然読んでしまい、自殺だったのではないかと疑う。
しばらくして図書館が再開されたが、先生の代わりは仕事をしない司書さんで図書館が荒れ始め、私は図書館の平穏を守るために奮闘を始める。将来の仕事をどうするか、働くって何なのか、考えながら高校2年の3学期を終える、私の物語。
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うちの学校の司書の先生が、亡くなった。
駅のホームから転落した、と急に行われた全校終礼の体育館で教頭先生が沈痛な面持ちで言った。
お葬式は家族葬とのことなので、私たちはここで黙祷をしてご冥福を祈りましょう。
教頭先生のマイクを通した低い声が、妙に体育館に響き渡ったのを今でも思い出せる。
生徒の小さく驚きを含んだざわめきも、黙祷の最中の、遠くから車の音だけが聞こえていたあの静けさも。
その日から数日間、転落ではなく飛び込んだのでは、自殺ではないかという根拠のない噂が生徒の間でささやかれた。
同級生の誰かが自殺したと聞いた場合、すぐには受け入れられない一方で「もしかして」と心の片隅で思う私たちだ。
教室で、部活で、うまくやっているように振る舞っているだけで、たぶん…私たちは本心を周りにあまり見せない。
それに「藤井先生は自殺なんかしない」と言い切れるほど、先生を知っているわけでもない。
私たちの話をよく聞いてくれたし、時には冗談を言って笑わせてはくれた。でもどんなに近くにいても、生徒と先生という関係でしかないのだから、知らないことの方が多いはずだ。
「紗枝ちゃん、先生さ、自殺なんか…してないよね」
ある日、クラスで同じく図書委員のあずさが思いつめたように小さい声を震わせて話しかけてきた。
あずさはちょっと不安定なところがある。小柄な身体なので、余計に守ってあげなければという気持ちにさせるような子だ。
この件に関して、私としては何とも言えないけれど、
「最近ダイヤ改悪されて、ラッシュの時は電車に乗れない人がホームにあふれるほどで、うちの生徒も遅刻が増えたじゃない?
遅刻くらいならいいけど、ホームからいつか誰か転落するんじゃないかって、電車通学の子たちが言ってたよ」と暗に自殺を否定しておく。
「確かにね。私、あれから1本早い電車に乗るようにしたもの」とホッとしたように、あずさが言った。
「1本早く来てるんだ、偉いなー。私、家が近くて助かった。ぎりぎりまで寝てられるよ」
あずさが小さく笑った。仔リスのようなその笑顔に、私も和んだ。
これまでは昼休みや放課後だけでなく、10分休みの時間など開館時間内ならいつ行っても藤井先生が対応していた図書館だったが、しばらくは図書委員会担当教諭の田辺先生が昼休みだけ付いて開館することになった。
放課後の司書室で、藤井先生と最近読んだ本や面白かった映画の話をすることも、一緒に作業をしたり図書館だよりを作ることも、もう無いのかと思うと胸が苦しくなる。
もちろん、そんな気持ちは表に出さずに、毎週水曜日に回ってくるカウンター当番を今日もこなす。
他の生徒だってたとえ親しくなかったとしても、先生が亡くなって何も思わないわけはないのか、いつもより静かな図書館だ。
田辺先生に「図書館のことよくわからないから、よろしくね」と声をかけられた私は「はい」と笑顔で答えてカウンター席に座る。
藤井先生に受けた指導の通り「利用者には感じ良く」を心がけて、本の貸出と返却手続きをする。
当番はもう1人、久保という男子生徒だが、部活顧問に呼ばれて今日は来られないとのことで、今はカウンターに私だけ。当番開始時間は多くの生徒が昼食を終えた頃で、利用者がたくさん来て忙しいのはいつものことだ。
貸出返却手続きの列が一段落して、ほっとする。今日はいつもより利用が多かった。
このあとにカウンターが混むのは予鈴前。何を借りるか散々悩んだ生徒がやってくるはずだ。
少しできた空白時間。
いつもなら本を読むが、今日は何もする気になれず、ぼんやりとパソコンを見つめた。
デスクトップの壁紙はつぶらな瞳の白いオコジョ。可愛いでしょと藤井先生が見つけてきたのだ。
その白に映えるピンク色の図書館ソフトを見ていて、ふと思い出した。
藤井先生がソフトの日誌機能に書き込みをしていたことを。
日誌にはパスワードが設定されていないので、カウンターにいる人なら誰でも見られる。しかし当然、私たちはそんなものに興味がない。当番中の委員の多くは本や雑誌を読むか宿題をしている。
だから私も見たことはなかったが、藤井先生はここに何を書いていたのだろう。
図書館ソフト左下の「日誌」ボタンをクリックしてみる。
すると今日の日付が出て、名前を入力できるよう空欄にカーソルが合っていた。私は「橋本紗枝」と入力し、ついでに日誌画面に入力する。
「藤井先生が亡くなりました」
自分で入力したその文字が改めて私に何かを突きつけて来るようで、いたたまれなくなり、すぐ消す。
日誌は過去に遡っていけるようで、そちらを読むことにした。
一番新しい日誌は先生が亡くなる前日のもので、こう書かれていた。
「疲れた」
一言だけ。
(続く)