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長編小説『処刑勇者は拷問好き王子を処刑する。命乞いをしてももう遅い【人体破壊魔法】特化でサクサク、サクリファイス 第1話「拷問」

「エリク王子様も勇者遊びは、ほどほどに」

 リフニア国の王国騎士団長が、俺を憐れんだ目で見るのが許せない。地下牢の拷問部屋で俺はこいつに剣で腹に穴を開けられ、両腕を縛られて天井から吊るされているが、この程度で泣きつくほどやわではないつもりだ。仮にも魔王を倒した勇者なのだから。騎士団長の剣先の血のりはもう乾きはじめているが俺の脇腹の穴から溢れる血はまだ止まらない。

 でも、問題はそこじゃない。血を失うことより俺を攻める変態王子の方が厄介だ。騎士団長を後ろに下がらせてから、嬉々として俺に鞭を振るう。息を止めて耐える。恐れ多いことにこの異世界ファントアのリフニア国のエリク王子様の娯楽がこれだ。

 背中に走った痛みを身体をよじって、なんとか紛らわせる。すると、美しい金髪をなびかせて、俺の目の前で汚いものを触ったとばかりに手を払うそぶりをする。

「貴様の銀髪を赤に染めてやってるんだ、感謝しろ。ただの異世界人が僕より英雄になることなどあり得ない。そうだろうキーレ?」

 いいかげん覚えろ。俺は、喜入(きいれ)晴彦(はるひこ)だ。異世界ファントアのリフニア国による召喚の儀で、銀髪の勇者として召喚された。ここの人間は俺の名前が上手く発音できずキーレと俺のことを呼ぶので、好きに呼ばせておいたけれども。

 転移したことで俺の外見は銀髪に変わり、運動神経もよくなった。王子と国王の依頼を嫌々承諾したが、旅をするうちに女の仲間も増えて楽しくなってきたので速攻で魔王を倒すことにした。有言実行。なのに、どうしてこんな目に……。

 エリク王子の愛用する鞭は幾度となく俺の肩を砕いた。背中のみみず腫れにも飽きたのか、面と向かって振り下ろしてくる。乾いた高音と自身の肌の裂ける音。悲鳴を上げることは絶対にしないと誓ったが、さっきと勝手が違うので押し殺していた声が漏れ出てしまった。エリク王子は気をよくして、一旦、手を洗いに行った。再び戻ると今度は愛用の竹でできている鞭を用意していた。

「これはね、この国にはない植物でなかなか探すのに苦労したんだよ。何でも東方の地に生息する木材に似ていて、加工品としても優れているんだよ。それをわざわざ、君のためだけに取り寄せたんだ。そう、君の肉を打つためだけに」

 しなる鞭は鞭としての効果だけでなく、ささくれとなって棘が打たれたところに残る。皮下に食い込んで、その上からまた同じ軌道で鞭が届いたときなんかは赤黒くなって肉に埋まっていく。俺は血反吐を吐いて、泣く泣く今日はこれぐらいにして下さいと頼み込んだ。涙だけは出すもんか。だけど、自分の声が非力で、それがエリク王子に快感をもたらすことが分かっているだけに、喉が焼けるみたいに辛い。

「泣き叫んでもらわないといけないからね」

 俺は半目を押し開けて睨んでやった。王子のその傲慢な態度を見ると、抵抗しなければという意識が自らの頭を殴りつけてくる。

「誰が泣くか」

 ぼそりとつぶやいた俺の腹を容赦なく王子は鞭打つ。声を殺したが竹の先端が腹を裂いたので思わず叫ぶ。今度は胸を容赦なく叩きつけてくる。声にもならない声がまたしても押し出される。悶絶していると、エリク王子は薄ら笑いを浮かべた。

「これで、このファントアの世界を魔王の手から救ったとか笑わせてくれる。魔王亡き今、この世界は僕の手にあるというのに、何を英雄気取りしているんだか」

 周りの民が俺を誉めそやしただけだ。お前だって魔王を倒してこいと俺を送り出した張本人だろう。

 もう何時間経っただろう。いつもなら、飽きて床に就くころ合いなのに。ひどく長く感じる。

「さあ、泣け! その命がある限り、お前は僕のために泣き続けるしかない。分かるか? お前は僕の所有する新しいおもちゃだ。壊れないおもちゃだ。壊れないよね?」

 王子としての職務を放棄してもなお、俺を拷問することには畏敬の念さえ抱いた。満月が空高く昇っている。鉄格子からほのかに入り込むほの暗い明かりが拷問を終わらせてくれると信じた。だが、俺は叫ぶことしかできない。もう、自分の意思や王子に対する不平不満を告げることができないくらいに痛めつけられていた。

 エリク王子が情けない悲鳴を上げる。どうせ、シルクのブラウスに返り血がついたことで動転しているのだろう。

「ま、またかけたな? 僕はお前のために何回、服を新調してると思ってる?」

 そう言い残しては俺を鞭打ってから手を洗いにいく。やっと終わった……。俺は天井に吊るされたまま気を失っては、疼痛や鈍痛で覚醒を繰り返した。

 朝の小鳥の呼び声に、朦朧とした意識で応える。拷問好きの変態王子め、絶対に殺してやる。一度や二度殺したぐらいでは満足できない。後悔させて、懺悔させた上で殺してやる。

 俺は、自分を不幸だとは思わない。ただどうしても許せないことが一つある。今こうして俺が苦しんでいる間、もしかしたら俺の恋人のマルセルはエリク王子と眠りについている。俺はマルセルに捨てられた。でも負け犬なんかじゃない。どこが間違っていたんだ。俺と王子の何が違う。容姿? 権力? それとも力か? 

 俺と王子はどちらもクズだ。この世界に来る前の俺は地味だった。だから、こっちの世界でははめをはずして、マルセルと寝た。マルセルは回復師として、俺と約一年も魔王討伐の旅を共にし、何度身体を重ねた? それなのに、マルセルは俺を裏切った。

 俺のことなんてすっかり忘れて栗色の髪を王子に触らせているのか? 白い肌も? 太すぎず細すぎない張りのある足も? なだらかな丘のような腹も? 包み込む優しさを持つ二つの胸の谷間も?

 俺は何度か覚醒し、マルセルの甘い声を思い出そうと喘いだ。再び途切れる意識。暗闇から逃れるように押し開けた目に自分の首についた鎖が見える。首輪がついていた。看守が俺をこづいて歩かせようとしたが、足腰立たなかった。背中の皮膚が剥がれる音がして、痛みを感じた。処刑場へと引きずられている。

 大きなどよめきと群衆の歓声が聞こえる。眩しい太陽が積み上げられた木材を称えている。処刑場にはかつての魔王討伐の旅を共にした仲間たちと、マルセル姫の姿があった。俺のマルセルは王子に肩を抱かれている。

 エリク王子が合図して、元仲間が俺に松明を持って近づいてくる。俺は火あぶりにされた! 

 喉を潰して泣いた。叫んだ。俺は焼けただれていく皮膚の痛みや、朽ちていく己の身を嘆いていない。マルセルの緑色の瞳が、俺をもう愛していないことに絶望したんだ――。


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