長編小説『処刑勇者は拷問好き王子を処刑する【人体破壊魔法】特化でサクサク、サクリファイス 第22話「処刑の醍醐味」
俺は馬鹿らしくなって鼻で笑ってやる。行くわけないだろ。回復魔法が使えないのは戦闘中だけで、俺にはリディがついていることをこの女は知らないからな。
詠唱団(えいしょうだん)は俺を今、捕らえる気はないのか、結界を張ったままで誰も動かない。騎士たちも距離を維持して俺に毒が回るのを待っている。あー、だるい。息が詰まって苦しいなぁ? なんて言うと思ってるのか? 下っ端の騎士たちですら俺を嘲笑っている。びびって逃げ帰れとでも言われているみたいだ。冗談じゃない。
一秒ごとに槍で突かれる感触。二秒に一回は視界に影まで見え始める。危機的状況になると俺は愉快になれるってこと、こいつら知らないな?
「おい、アデーラ」
語気を強めて、お前らの思い通りに俺が行動するはずがないことを教育してやる。だいたい、一番最初に伝言ゲームをしたのは、俺なんだぞ。
「お前、戦うつもりがないって言ったよな?」
口の端からよだれを垂らす。毒のせいなのか、興奮してきたからか分からないけど、たぶん後者。
「そういうやつを一方的になぶり殺すのも、処刑の醍醐味って知ってるか?」
アデーラが身構える。俺の殺気を感じてももう遅い。
「お前は俺の視界に入った時点、処刑(サク)ることが決定してるんだよ」
騎士団長のいない騎士団などごみ以下。時速百キロの蹴りを繰り出す。騎士団は将棋倒しになっておしまいだ。アデーラは詠唱団の後方に避難する。逃げるなよ。アデーラの血はきっとマスカットのさっぱり味に違いないんだから、期待してるぞ。
「待てよ。アデーラ。今なら愛してやるよ、その美貌。だって俺は今喉から手が出るほどお前の命が欲しい。お前の命を愛してやるよ」
詠唱団が歌のように合唱する。空間隔離魔法を俺が指で切り裂いたので、次の呪文に入ったのだ。広場の地面が巻物のようにめくり上がって、上から襲い掛かってくる。
「さすが。毒の沼地、切り開いただけあるよな。お前ら土木業でもやってろ」
腹立たしいので十本の指全てで細切れにする。ひっかくように指を振るって、ついでに詠唱団をタッチしていく。破裂魔法は即死させるのにもってこいだ。じれったいのは背中からも汗が噴き出てきたこと。
こんな雑魚どもに時間を食うわけにはいかない。目に入りそうになった額の汗を腕で拭う。肺に空気を送り込むことを意識しながら息を吸ったり吐いたりする。
呼吸が乱れているのはマルセルの愛の毒のせいか。愛のおかげなの? マルセルの肌の匂いを思い出した。あいつはラベンダーの香料をつけていた。清め? いや、あれは消臭剤の匂い。あいつは消臭女だ。
顔を矢がかすめた。顔はやめてくれよ。勇者が台無しになる。アデーラが詠唱団に隠れて撃ってきたのはなかなか卑怯だ。詠唱団の残り半分も死体になってもらおう。
「サクサク、処刑(サクリファイス)」
あ、呪文みたいに言っちゃった。これはもう、呪文でいいか。俺だけの呪文だ。誰も唱えることも実行することもできない。詠唱団は全滅。首を一人ずつ丁寧に切断している暇はない。アデーラがまだ逃げるからな。俺の毒が回るのを待つことを隠そうともしない。こいつの腹積もりはよく知っているとも。
魔弾の弓兵がアデーラをかばうべく狙撃位置を変更してくる。上からも鬱陶しい。この場にいる奴らは俺を挑発し愚弄した罪で本日、死刑に処す。
白(ルス)隼(ティコルス)のブーツで弓兵の狙撃地点まで高く飛ぶ。弓は空中でもかわせるということを分からせてやるため、空中で身をひねって着地する。弓兵など近距離では何の意味もない。
「俺のスピードについてこれるか?」
無理だろう? 狙いをつける暇なんて与えてやるわけがない。ただ、いちいちかわすのがじれったい。弓兵を処刑(サク)っている間に、アデーラは馬を見つけてきている。馬なんかに乗ったところで俺はすぐに追いつくぞ。ずきりと腹が痛んだ。
でも味わってやる。これはマルセルの愛だ。俺にはご褒美にしかならない。アデーラのほかにリフニア国とノスリンジア国の護衛やら側近やら要人が次々に馬を出していく。全部を始末する時間がもったいない。
全速力で馬に追いつくと、アデーラは騎乗したまま弓で撃ってきた。顔を横に傾けてよける。エルフが弓を射る姿は様になって美しい。
「今のは美しかったぞ」
久しぶりに褒め称えてやる。頬を赤らめるか? どうだ? どうだ?
「……キーレ」
ちょろい! ちょろいな。魔王討伐以来、俺のことを勇者としか呼ばなかったこの女が、ただの一声で落ちるとは。勇者としての肩書もまだまだ使えることが証明されたので、走りながら高笑いしてしまう。もっとアデーラをからかってやりたいが、もう処刑の時間だ。
恋人同士に戻れたのはほんの数秒で残念だ。ここから先は、一方的に楽しませてもらおう。馬を白(ルス)隼(ティコルス)のブーツで蹴ると内臓をまきちらして馬が転倒し、アデーラも投げ出される。足で内臓破裂魔法しちゃった。よし、これでいこう。
騎士たちは落馬したアデーラを助けようと舞い戻ってきたが、俺の残虐な行いに戦いて誰も馬から降りようとはしない。
アデーラの顔面を白(ルス)隼(ティコルス)のブーツで蹴る。単純に時速百キロで。
「はぅ!」
いいぞ、もっと泣け。
「鼻血が出てるぞ?」
アデーラが腰の短剣に手を伸ばすので、足に骨折魔法をまとわせ彼女の細長い指を粉々に踏み潰す。親でも殺されたみたいな悲痛な叫び声だ。自分の一部を失うのは恐ろしいことだと、よく分かってもらえたことだろう。
靴底にねっとりとアデーラの血糊と粉砕した骨が、ガムみたいにひっつくので、振り払うついでに内臓破壊魔法を足にまとわせて、後ろに引く。サッカーボールを蹴るようにアデーラの腹を蹴る。
でも、気持ちは優しめにな。中身を外にまき散らさなくてもいいんだ。内臓破裂なんだから、じわじわ行こうか。
「ぐふうう!」
エルフって鳴き声も美しいな。その血反吐もヴァネッサと違って朱色で独特だ。その白い髪、また優しくなでてやるよ。ほら、俺の髪も見ろ。そっくりだろ。白い髪と銀髪が血で染まってるだろ?