見出し画像

長編小説『処刑勇者は拷問好き王子を処刑する【人体破壊魔法】特化でサクサク、サクリファイス 第16話「矢文」

 アデーラの思い出を反すうすると、自分の舌がざらざらしてくる。今一番、処刑(サク)りたい女だ。でも、森に入る前に気合を入れとかないと。小さな村で村人、つまり一般人の家に土足で上がる。寝室にお邪魔してかわいい女の子だと分かった瞬間に抱きつく。

 でも、マルセルにも似てない女じゃ、なかなか腰が入らないな。女にあんあん言わせて喜んでもらえたのなら、勇者としても本望だ。

 家をあとにして、サクサク歩いているとリディが漆黒の宝石から飛び出て、俺の鼻先までくる。もしかして宝石の中からでもさっきの「えろしーん」は丸見えなのだろうか。

「何だよ、リディ。不満そうだな。誰彼構わずに手をつけてるわけじゃないさ。俺はマルセル似の女を探してるんだよ」

 リディは人差し指を突き出して、猛抗議をはじめた。お前は俺の保護者かよ。

「あんたはもっと、勇者の肩書を大事にしなさい。ほんとこれじゃあ、フロラ様に何て報告すればいいのか分からないわよ。あんたが寂しい気持ちは分かるけど」

 俺が孤独だって言いたいのか? 何を馬鹿げたことを。

 リディは怒っていたが、俺の瞳をじっと見つめてきた。マルセルに俺の目を見てもらうことは、もう望めないとうのに。小さいくせに、瞳孔(どうこう)まで覗き込んでくるから一瞬たじろいだ。俺はまだ弱いのか。魔王を倒したこの俺がピクシー妖精ごときに怯えるなんてことがあっていいはずがない。

 自分の優位性を示すためにはこの女を愛してやるしかない。ああ、その小さな口が俺と同じサイズならキスしてやれるのに。いや待てよ、やろうと思えばできないこともなくはないか?

「なぁリディ。俺の乱交を止めたいなら、そう言えよ。自分が身代わりになるって」

 俺はリディをひっつかんで、そのふくよかな胸、といってもサイズは一センチあるかないか? にそっと舌を伸ばす。彼女、目を閉じて、じっと待っていてくれるじゃないか。おっと、よだれが落ちる。

 怖がっているな。よだれで汚したことだし勘弁してやるか。

 俺ははにかんで、彼女を握る指を解放した。彼女は怖気づいたからか、すぐには飛び立たない。いや、違う。潤ったその目。俺のために悲し気な顔をするじゃないか。最高だな! 全く溜息が出る。おずおずと宝石の中に帰っていく去り際、ちらりと俺に非難する視線を投げかけてくる。途端に興奮してきた。逆効果だぞ、リディ。

 俺がリディに逆らうことに快感を覚えていると、空から一矢降ってきた。足元にサクっと落ちたそれには、何やら文がついている。おっと、誰か尾行でもついていたか? 辺りには誰もいない。

 でも、文は明らかに俺宛てだと確信する。書いてあるのはただ一文だ。目を何度走らせても胸を抉(えぐ)る残酷な文言にしか見えない。

 俺はたいがいのことなら拷問のおかげで我慢できると思っていた。たった一行の文字列で、自身の髪を引き抜きたくなるほど怒りが頭まで駆け上がった。嘘であってくれと女神フロラ様に願う。

 俺の処刑対象を……俺より先に処刑(サク)るなんて、絶対に許せない!

 『ディルガン国にて勇者の元仲間である魔女ヴァネッサを、深夜三時に処刑する』と文には書かれている。

 リフニア国と同盟を結んでいるディルガン国。軍事力はほぼ皆無で、リフニア国にいいように使われている弱小国だ。

 整理して考えてみよう。一番大事なターゲットであるアデーラは、俺を地下牢にぶち込むよう計った張本人で、マルセルと俺の純愛を邪魔した罪により極刑が望ましい。だが、魔女ヴァネッサも顔を握りつぶしたいほどに捨てがたい。過去に、俺の肉体を三度も火で焼いてくれている。

 ディルガン国がヴァネッサ処刑を強行することになった経緯については記載されていない。必要最低限の情報で俺の神経をかき乱してくるとは。はーん、人の嫌うことを行うやり口、汚さはエリク王子の策略か。相変わらず、やることは早いな。

 二択を迫られるわけだ。ここまで来て引き返すべきか? アデーラを諦めて? 深夜三時はもうすぐだぞ。距離で考えても五分(ごぶ)五分(ごぶ)。森の最深部へは徒歩二十分。ディルガン国には、「白(ルス)隼(ティコルス)のブーツ」装備の俺なら、瞬時に時速百キロぐらい出して走ることができるので同じく二十分ほどで着く。「白(ルス)隼(ティコルス)のブーツ」が時速百キロっていうのは体感で、実際に計ったことはないけど。

 俺のサクサク、サクリファイス。ターゲットを俺以外の奴に奪われることは我慢ができないなぁ。

 マルセルを奪われたときの焼ける嫉妬に似ている。二人の女のどちらの唇にも、生き返った俺の姿に驚愕して悲鳴を上げてもらいたい。もしくは、大いに罵り合うのも楽しみだ。二人とも正反対の美しさで、どちらを処刑するか決めるのは難しい。

 アデーラはエルフというだけあり、骨格からしてすでに完璧の美を誇り、白い髪は背中まで長くて森の中ではじめて見たときは透き通る髪が朝日で輝いて神秘的だった。美人至上主義なのもうなずける美の塊だ。

 一方の魔女ヴァネッサは、妖艶で悪魔と寝たとか言われても納得の邪悪な美をまとう。黒髪で肌は褐色。すらりとした生足と短めのブーツ。ローブの中身はブラだけ。アーマーとか呼ぶ代物だけど。

 深夜三時の大人の時間に寝取るのならヴァネッサだなと決断する。俺が死を告げる悪魔になってやろう。

 ディルガン国に走る。二十分で着く。城壁が松明の明かりで照らされ、木製の見張り台も増設されている。罠と知りながら来てやったんだ。攻略を考えると乾いた喉に、はちみつみたいな唾液が満ちてくる。女神フロラ様、俺にはちみつ味を覚えさせていいのか?

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?