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ポーランド旅行記・10.5日目(ウクライナ0.5日目)

今回は深夜のリヴィウ(ウクライナ)到着〜日の出までに起こったゆかいなエピソードについて書いたものです。リヴィウ観光については次回から。

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バスの明かりがついて目が覚めた。時刻は夜の10時前。国境に着いたらしい。テレビはいつの間にか消えていた。子どもは相変わらずはしゃいでいる。

出入国の検査自体はシンプルだった。バスに国境警備の人が来て全員分のパスポートを持っていき、終わったら全員に返されてバスは動く。それを出国と入国で、国境のあっちとこっちで2回行う。ロシア国境では空港並みのチェックがあって全員いちいちバスから降りなければならなかったが、それはなかった。ひとりポーランド人でもウクライナ人でもない自分がやけに目立っていたのは同じだが。結局、国境を挟んで1km程度の移動に2時間かかった。

目的地のリヴィウで降りたのは、自分と一緒にバスを乗り損ねたお姉さんの2人だけだった。午前2時半。幹線道路沿いの普通のバス停。どうしようか、と思っているとおじさんが近づいてきた。タクシーが要るかとお姉さんに訊いているが、お姉さんは携帯で既に呼んだようで、こちらに話が向く。相場なんてわからないしこの時間、とにかく移動ができればいいと思って駅まで頼む。150フリヴニャ、日本円では600円くらい。日本に比べれば安い。駅の周りには24時間営業のカフェがあることはわかっていた。おじさんに先導されて暗がりの中を歩いていく。この手のおじさんは怪しすぎて怪しくないというのがあるあるだが、一応警戒する。ぽんやりと暗い駐車場のような広場に1台車が停まっていた。念のため後ろに座る。車の上に乗っているはずの「TAXI」の表示が中に転がっていた。「駅までだな?」「駅まで!」「チャイナか?」「日本!この車と一緒だよー」この返しは割とウケる。おじさんの車はマツダのデミオだった。夜中のリヴィウを駆ける。ラジオからはレディーガガが流れていた。

ギアは少し調子外れに繋がり、石畳の上ではこれでもかというくらいに跳ねる。念のためにオフラインでも使えるようにしていたGoogleマップでこっそり道を確認していたが、地元の人間が洗練に洗練を重ねたようなルートだった。「これが1番速いんだ!」と嬉しそうに言うおじさん。あっという間に駅に着いた。料金は150フリヴニャだったが、「お釣りはいらないよ!」と200フリヴニャ渡した。

まっすぐカフェに行ってもよかったが、意外と人がいたので駅の中を見てみることにする。ロシアを思い出す重厚感のある駅。重い扉を開くと広いホールだった。壁に切符売り場が並んでいるだけで、椅子も何もない。ぼーっと立っていると近づいてきた若い男の人が声をかけてきた。「ニーハオ?」 とりあえず無視。「Do you speak English?」食い下がってくる。無視するのも面倒なので少し相手をすることにした。わかりやすくぶっきらぼうなロシア語で返事をするとあからさまに驚いた顔をする。英語の練習がしたくて声をかけたとのこと。念のため壁にくっついて立つ。軽く身の上話をする。ドネツク、ロシアとウクライナの紛争があったところから仕事を求めてきているとのこと。こちらが日本語を教えたりしていたと言うと、自分も体育の先生をしていたと話す。紛争で、学校も、コーチをしていたサッカークラブも活動がなくなってしまったとのこと。戦争は嫌だね、とそのまま伝えるのもアホっぽい気がしたので神妙な顔をして息をつく。戦争は嫌なものである。仕事はリヴィウから少し離れたところで見つかったが、昼までに行かなければならないのに電車があるか分からない、とのこと。そんな話をしていたら別の男の人が声をかけてきた。タバコを吸いに外に行くから荷物を見ていてほしい、と。指差す先には大きいボストンバッグが1つと中くらいのビニール袋が2つ。そんなに頻発しているわけではないが、こういうものが爆弾である可能性は十分ある。ましてウクライナ、ましてヨーロッパ寄りの西部の中央都市。実際に見ていてくれと頼まれたのは自分ではないから、「駅の中見てくるー」とできるだけ自然にその場を離れた。一気に離れすぎないように、なんとなくあれこれと目を向けながら、いかにも「へえここはこんな風になってるんだ、こっちはどうかな」といった様子に見えるようにホールを出た。駅の中も見たかったのでちょうど良かったが、あまり情報が頭に入ってこない。ホールの隣の部屋は同じくらいの広さで待合室のようになっていた。椅子が部屋中に並び、人で埋め尽くされていた。ほとんどが寝ていた。天井は低く明かりは少ない。時間のたったコートの匂いが充満していた。長い時間が凝縮された匂いだった。上の階のホームに上がってみると電車が停まっていた。

下に降りると、最初の男性がいた。「荷物の人は戻ってきたの?」「来たよ」ホールに戻る。
彼は「電車のチケット見てくる」と窓口に行った。落ちていたバス会社の広告を眺めていると戻ってきた。
「早朝の便はあることはあったけど、高くて買えない値段のやつしかなかったわ……」「そう」
実際は「そう」とも言ってない。口は半開きで「あぁ〜」と共感するような音を出して、よそを見ていた。身の上を聞いて同情する気持ちもあった。色々話して仲良くなったような気もした。いくらくらい足りないんだろうか、それを訊いたらなんだかもう手助けをしないわけにはいかない流れだ。でも、それを見越してのこの流れだったら……?

「それでさあ、切符を買う手助けをしてくれないか、俺の日本人の友達、150フリヴニャでいいんだ」

押し黙っていたら向こうからきた。150フリヴニャ、600円くらいだ。財布には10000円分のフリヴニャがある。出せない金額ではない。でも、これ、本当に電車のチケットを買うのか?そう言ってただ小金をせびろうとしているだけでは?なんと言っても「俺の日本人の友達」と言い添えてくるのが怪しい。日本語でこう書くと余計に怪しく感じるが、オリジナルのロシア語でもなかなか怪しく響く。それに、もしこれが本当だとしても、なんでお金もないのにここまで来てんねん、と、そういう話だ。君のためにならない、ってロシア語でどう言うだろう。モスクワのおばあさんはホームレスに「働け!」と一喝していたが。逆ギレされても嫌だな、というのを10秒くらい考えていると「20ズウォティでいいんだ……」
これは、こちらがポーランドにいた話をしていたから、それを踏まえての発言か?なんだか、だいぶあてにされているような気がする。やっぱり、そういうことなんだろうか。この時点ですっと冷めた。彼はまた窓口に行った。こちらには視線をよこさない。こちらもすっ、と動いた。こちらの動きに気付いていないようなのを横目で確認して、ホールを出て、隣の待合室へ。時間が止まった部屋の中を早足で歩く。不審な動きかもしれないが、こんな時間に駅の中をうろうろしているだけでどうせ怪しい。待合室の扉から外に出た。少し歩調が速くなる。泥で足を滑らせないように。少し離れたカフェへまっすぐ歩く。駅とカフェの間には車が止まっているくらいで何もない。気付かれてホールからすぐ外に出てこられたら見つかる。真っ黒な服装は夜の暗さに紛れているだろうか。
カフェに入り、カフェラテを注文。2階席に上がる。建物は宇宙船のような形をしており、1階は駅の方が全面ガラス張りになっている入り口で、注文カウンターにほんの少しの席があるだけ。2階席は全面ガラス張り。360度外が見える。逆に言えばどこからでも中が見える。できるだけ駅から見えにくい席にしたが、回って来られたらすぐ見つかる。とはいえそこまで目をつけられている気もしない。それに1階には警備員もいた。金がないと言ってきた人間がわざわざ何か注文してまで追いかけても来ないだろう。

席に座って一息つく。手で包んだラテがあたたかい。座ったことも加わってようやく落ち着く。「もー!」と思いながらラテをすする。大変な思いをした人の話を聞いて、ニュースの中の出来事も遠くないんだな、と思ったりして、なんとなく「旅先で仲良くなった人」ができたと思ったのに。振り返ってみると、「体育の先生をしていた」というのもこちらが先生をしていたと言うのに合わせただけだったのかもしれない。しかし本当に困っていたのだったらどうしようか。それなら他の人に頼むだろう。自分はあてにならなかった、それだけだ。

時刻は4時前。夜明けは8時前ごろ。追いかけてきたらどうしよう、という不安も落ち着いた。寝ようと思って机に突っ伏していたら警備員に起こされた。寝るのはダメらしい。本でも持って来ればよかった。警備員は定期的に上がってきては寝ている人を起こしている。まずはSIMカードを買わねば、とかどこを見に行こう、とか、ぼーっとしながら色々考えていれば時間は過ぎる。午前6時ごろ、トラムが動き出した。駅前のトラム乗り場にも人の姿が見える。車通りが増えてきた。ここで生きている人達がいるんだな、と思った。カフェラテのグラスは空になっていた。

本とか買います。